【10】喘ぎの先にー僕を食べてくださいー

 

 

目尻に涙を溜めて、僕はキキに哀願の眼差しを向けた。

 

能面のように無表情だったキキの頬がきゅっと上がって、笑ったのが分かる。

 

「チャンミンの願いを叶えてあげる」

 

仰向けになった僕は、両腕を頭の上で固くきつく縛られている。

 

こんな風に拘束された自分の姿を、第三者の目で想像してみたら、とても興奮した。

 

僕の性癖は、歪んでいるんだろうか?

 

誰もが皆、縛られて興奮するものなのだろうか。

 

「チャンミンのって、真っ直ぐで硬くて、美しい形をしているのね」

 

キキは僕のものをゆらゆらと揺らしていたかと思うと、手を添えてゆっくりと腰を落としていった。

 

「ふっ...!」

 

腰が反応して、ぴくりと震えた。

 

少しずつ少しずつ、僕のものがキキの体内に飲み込まれていく。

 

僕のものを飲み込みながら、キキは僕から目をそらさない。

 

欲を浮かべたキキの目を見返す僕の目も、同様に違いない。

 

僕自身が彼女の中に飲み込まれていくのか、それとも僕自身が彼女の中を貫いているのか。

 

この眺めだけで、イッってしまいそうだった。

 

「ふぅ...」

 

快感のひと波をやり過ごした。

 

僕の根元まで沈めたキキは、上半身を反らして腰を水平に回転させた。

 

「ひっ...あっ...」

 

キキのねっとりとした動きに合わせて、僕は嬌声を上げる。

 

快楽によがりながら、僕の上で上半身をくねらすキキを美しいと思った。

 

キキが動くたび、彼女の肌の上を艶めかしい黒い影が舐める。

 

結合部がにちゃにちゃと厭らしい音をたてる。

 

「は...ん...あっ...あっ...」

 

うねるように四方から締め付ける粘膜に包まれて、これはこれで気持ちがいいのだけれど、もっと背筋を貫くような刺激が欲しい。

 

物足りなくて、腰を突き上げようとしたら、

 

「駄目よ、チャンミン。

じっとしてて、いい子だから」

 

と、僕の腰骨をマットレスに押しつけた。

 

キキに従って、背中も腰もマットレスに付けて大人しくしていても、すぐにじっとしていられなくなる。

 

「キキっ...!」

 

踏ん張ったかかとが、マットレスにめり込んで、両手を握り締める度、二の腕の傷に痛みが走った。

 

「...お願いだから...うっ...」

 

身をよじりたくてもキキに制された僕は、熱い喘ぎをこぼすだけだ。

 

焦れている僕を面白がって、キキは腰を左右にくねらす。

 

「は...ぁっ...!」

 

「可愛いね」

 

恍惚にゆがんだ僕の表情に満足したのか、キキは両手を僕の胸に置いて前のめりになった。

 

そして、僕が待ち望んでいた上下運動を開始した。

 

キキが上下するたび、とろとろのキキの膣内を僕のものが出入りして、視界が歪むほど気持ちがいい。

 

一方的に快楽を与えられるだけでは、自分の欲望のはけ口がなくて苦しい。

 

なみなみとたたえられた黄金色の蜜の池の底に、静かに沈んでいく光景が浮かぶ。

 

セックスに支配されかけた僕は、もう浮上できない。

 

平凡な日常を不満げに生きてきた僕の目の前に、突如として現れた一人の女性。

 

理解が追い付かないまま、僕の身体に刻みつけられた肉体の繋がりから生まれる幸福感。

 

身体の芯から揺さぶられて、目覚めさせられて、僕はもう日常に戻れないかもしれない。

 

僕の目の前で揺れる乳房に触れたくて、揉みたくて、先端の尖った乳首を口に含みたくても、手首を縛られている僕にはそれが叶わない。

 

腰を突き上げたい欲求を、ぐっとこらえた。

 

「あ...あ...あっ...」

 

耐えきれなくなって腰を上下に揺らしてしまうと、その度に腰骨を押し付けられる。

 

上擦った声が漏れる。

 

僕のものが出入りする粘り気のある音が、聴覚から僕を煽る。

 

(もう...駄目だ)

 

恨めしそうにキキを見上げると、キキは瞳を揺らめかして僕に微笑みかける。

 

今のキキの瞳は、紺碧色になっているに違いない。

 

そうだ。

 

キキの瞳は、色を変える。

 

不思議な肉体の持ち主だ。

 

ぐいとキキの身体が深く沈み込んだとき、キキの奥底のぐりっと固い箇所に当たって、短い悲鳴が出た。

 

「ひっ...」

 

キキが腰をくねらしながら、大きなスライドで上下し出した。

 

ぺちぺちとキキの尻が僕の腰にあたる音が、静寂の廃工場に響く。

 

性感のとりこになってしまった僕は、キキの動きに合わせて切羽詰まった喘ぎをこぼすばかりだ。

 

(もう我慢できない)

 

僕は両膝を持ち上げ、彼女の腰を挟み込んだ。

 

「わかったよ、わかったから」

 

キキは、持ち上がった僕の尻をなだめるように軽く叩いた。

 

「しょうがない子ね」

 

キキは僕と繋がったまま、上体を伸ばして僕の手首に手をかけた。

 

そして、僕の手首をぎっちりと縛り付けていたベルトを外してくれる。

 

拘束がとかれて、手指に血流が戻ってきた。

 

強張ってきしむ肩の痛みに顔をしかめながら、両腕をキキの背にまわした。

 

そして、キキの身体を胸に力いっぱい引き寄せた。

 

キキと一体になりたい。

 

「チャンミン!

これじゃあ、動けないよ」

 

キキの下から両手両足でしがみつく僕に、キキは呆れた声を出す。

 

力持ちのキキだから、僕の腕など簡単に跳ね飛ばせるはずなのに、キキはそのまま僕に抱きしめられたままでいてくれた。

 

ひと息ついた僕は、自由になった腰をキキに向かって突き上げた。

 

ズンと快感の衝撃が僕の脳を痺れさせる。

 

キキの腰をつかんで、僕の腰の動きに相反して上下させる。

 

力いっぱい突き上げると、ぐりっとキキの奥底に当たって、その度キキが息をのむ。

 

その反応が、僕を悦ばせる。

 

「ふっ」

 

腰のスライドに強弱をつける。

 

小刻みに揺らしたり、一気に突き上げたり、緩急をつけたり。

 

背筋を突き抜ける快感の波もそれに応じて変化するから、夢中になる。

 

「チャンミン...」

 

キキの息遣いが乱れてきた。

 

「どこでそんないやらしい動きを、覚えた?」

 

キキの中がひくひくと痙攣して、僕のものを積極的に締め付けたり緩んだりする。

 

(それは...ヤバイ)

 

僕の上でのけぞるキキの乳房が揺れて、その光景もますます僕の欲情を刺激した。

 

僕に余裕がなくなってきた。

 

狂ったように腰を突き立てる。

 

互いの肌を打ち当たる音が大きくなって、僕も恥ずかしげもなく喘ぎを漏らした。

 

「あっ!」

 

肩が引っ張られて、ぐるりと身体が反転し、気づけばキキが下になっていた。

 

「がむしゃらに動けばいいってものじゃないのよ」

 

(今回もあっという間にイッてしまうところだった、危なかった)

 

イキそうになっていた僕は大きく息を吐きながら、こくりと頷いた。

 

頷いたとき、僕の額からぼたぼたっと汗がキキの胸に落ちた。

 

僕の両手の間に、キキの白くて小さな顔が僕を見上げている。

 

潤んだ瞳が揺らめいていて、唇も濡れていて、ぞっとするほど美しかった。

 

キキは腕を伸ばすと、両手で僕の頬を包んだ。

 

ひやりとした手の平が、僕の熱を冷却する。

 

「一生懸命なのね...。

可愛いわよ、チャンミン」

 

早すぎる鼓動がますます速度を増して、胸が苦しい。

 

たまらずキキに口づけた。

 

貪るようなものじゃなく、優しいキスをした。

 

キキにも喘いで欲しい。

 

マットレスについていた両手を離すと、僕は身を起こした。

 

キキの両腿に手を添えて、腰の律動を再開した。

 

ただ突き立てるだけじゃなく、角度や強さや速度に注意を払って。

 

しかし、股間から弾ける快感の調節はどうしようもできず、うめき声は駄々洩れだったし、意識しないとついつい乱暴に突き立ててしまうのだ。

 

ぴったり合わさった僕らの結合部が目に入る。

 

暗い影に隠されている分、そのいやらしさに全身がカッと熱くなった。

 

腹部からぐねりと腰をくねらす。

 

キキの膣内に僕のものをこすりつけるように、腰の動きに変化をつける。

 

声には出さないまでも、キキが顔をゆがめたり、息をのんだりしているのに気付いて、僕のものがぐんと膨張した。

 

キキの反応を見ながら、突き刺すべき箇所を探る。

 

結合部からとろとろと滴り落ちるもので、滑りが一気によくなった。

 

キキの放つ甘い、百合のような、はちみつのような香りに包まれて、僕の欲情が沸点を迎えた。

 

汗ばむ手のひらをマットレスで拭って、キキのウエストを掴む。

 

その細いくびれに僕の征服欲が煽られて、僕の動きは早く、激しくなってきた。

 

僕の意識はもはや股間に集中していた。

 

押し広げたキキの両膝についた手をてこに、無我夢中にキキの中を出し入れした。

 

「...もう...いきそっ...」

 

股間が固く引き締まってきた。

 

「っく...」

 

たまらず僕は、キキに口づけた。

 

僕の下敷きになっているこの人が愛おしくてたまらなくなった。

 

キキと唇を合わせて、キキの舌を咥え吸いながら、喘ぎ声もこぼして。

 

上も下も絡みついて侵入して、ぐちゃぐちゃに一緒になった末、口走っていた。

 

「...好きだ...!

キキ...好き...」

 

キキの身体が一瞬強張った.

 

意識がどこか遠くへ飛んでいくような感覚に襲われた後、僕は絶頂を迎えた。

 

キキの膣内の一番奥に放った後も、腰が何度も勝手に跳ねた。

 

キキの上に崩れ落ちて、はあはあと乱れに乱れた呼吸を整える。

 

「!」

 

突然、息が出来なくなって目を剥く。

 

「さっき、なんて言った?」

 

低く、固い声だった。

 

「キキ...く、るし...」

 

キキの小さな指が僕の喉を締め上げた。

 

「チャンミン...何て言った?」

 

喉仏を圧迫する手を引きはがそうと、指をかけるが石のようにびくともしない。

 

「キ...キ...!」

 

視界が暗くなり、耳鳴りがしてきたところで、解放された。

 

喉をおさえて、ゲホゲホと咳き込んだ。

 

「僕を...殺す気か!」

 

涙を手の甲で拭いながら、キキを睨みつけた。

 

「...何て言った」

 

マットレスの脇に全裸で立ったキキを、横向きで寝転がった全裸の僕は見上げる。

 

「好きだって...言ったんだ」

 

キキは無表情で、しんとした眼差しで僕を見下ろしていた。

 

せき止められていた血流が頭に流れ込んで、僕の思考も回復してきた。

 

「悪いか!

好きだと言って、悪いのか!」

 

「そっか...」

 

ぽつりとつぶやいたキキは、哀しそうに微笑んだ。

 

キキの表情の意味が僕にはわからなかった。

 

キキの瞳の色を確認したくなって、懐中電灯に手を伸ばそうとしたが、セックスの振動でマットレスの反対側に落ちてしまっていた。

 

 


 

 

「傷が開いてしまったね」

 

僕の隣に腰を下ろしたキキは、僕の腕をとった。

 

虚脱感著しい僕は無言だった。

 

絶頂の際、口走ってしまった言葉について考えていた。

 

僕は性的にいたぶられているけれど、貶められている気がしない。

 

密かに僕が望んでいたことを、心の襞の奥底に潜んでいた僕の本性を、キキが引っ張り出したのだと思う。

 

いちいちものごとを難しく考えるのが僕の性だ。

 

股間への刺激がもたらす恍惚感だけに惑わされていてはいけない。

 

僕が快楽の嬌声をあげるためには、ぴたりとキキの身体に接触していなければならない。

 

僕は初心な男だから、心と身体を切り離せるような器用な真似はできない。

 

ここまで、どろどろに身体を繋げておいて、心だけを他所に置いておくなんてことは、僕には出来ない。

 

身体の繋がりに引きずられて、心をキキに向けてしまっても仕方がないだろう?

 

僕の傷は熱を持って、ズキズキとうずいている。

 

「可哀そうに」

 

キキは自身の指をくわえると、くっと噛みついた。

 

キキの指が、濡れて光っていた。

 

「っつ!」

 

ズキリと傷口に痛みが走った。

 

キキの指が僕の傷口をつーっとなぞった。

 

顔をゆがめている僕を、慈しむかのような優しい表情だった。

 

こんな表情をするキキを、初めて見た瞬間だった。

 

全身がだるくて、重くて、とにかく僕は眠かった。

 

「眠りなさい」

 

キキの指が僕のまぶたに触れた。

 

眠りにつきながら、僕はこんなことを想像していた。

 

絡み合う僕らの姿を、窓の外から覗く自分の姿を。

 

廃工場の割れた窓から、中で営まれている行為を覗き見る。

 

たよりない懐中電灯の灯りが、僕らの裸の凹凸の影を作っているだろう。

 

それはそれは美しく、なまめかしい光景だろうと僕は思った。

 

 

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