【19】N?ー僕らはそれぞれにー

 

~民~

 

ユンさんの作品作りのアシスタントをするのも私の仕事だ。

 

ユンさんはアーティストでもあるのだ。

 

オフィスの端に設置されている螺旋階段を使って7階に上がったところに、ユンさんのアトリエがある。

 

「半分以上は道楽だよ」って謙遜しているユンさんだけど、ユンさんの雅号は聞いたことがあった。

 

ユンさんに名刺を渡された翌日、ユンさんは「見せたいものがある」と私をドライブに誘った。

 

連れて行かれた先がホテルだったから、凍り付いた私の様子を気付いたユンさんに

「食事をするだけだよ。

君は何を想像してたんだい?」って笑われた。

 

ホテルのラウンジ中央に鎮座していたのが、鳳凰を象った真っ白な彫刻像だった。

 

「俺の作品だ」

 

そう紹介した時のユンさんの目がギラっと光って私を射貫き、「この人は嘘はついていない」と確信した。

(他人の作品を指して『俺が作った』と、いくらでも嘘はつけるものだから)

 

料理の味なんてほとんど覚えていないけれど、鳳凰の頭部が人間のものというシュールな造形だった。

 

ナイフで荒く刻んだ鳳凰の部分に対して、人間の頭の部分(女性の頭だった)は精巧だった。

 

1つの彫刻作品の中で、男性的で荒々しいところと、女性的で繊細なところの両方が表現されていて、心をわしづかみにされたみたいに、私は感動した。

 

口を開けて間抜けな顔をしていたんだろうな。

 

「そこまで魅入られてもらえると、光栄だね」って、

ユンさんが私の背中を押すまで、ぽかんと突っ立っていた。

 

粘土の捏ね方の指導を受けている間、粘土を捏ねるユンさんの手を食い入るように見ていた。

 

ユンさんの大きな手の中で、石膏粘土の真っ白な塊が形を変える。

 

ユンさん手の甲に浮かんだ血管だとか、節が太くて力強そうな指だとか、短く整えられた爪だとかに目を奪われていると。

 

「民くん?」

(ユンさんは私のことを『民くん』と呼ぶ)

 

「届いたばかりの粘土は固すぎるから、水を少し加えて練ることで、手の平の体温でほど良い柔らかさになる」

 

ユンさんは、ポリ容器からどろりとしたものを、捏ねかけの粘土にひと垂らし加えた。

 

「これは水を加えてゆるくした粘土ペーストだ。

液状にまでゆるくしたものも、完全に硬化させたものも使うよ。

作品の部位によって、使い分けているんだ。

君には、こういった『頃合いのいい』粘土をあらかじめ作っておいてもらいたい」

 

ステンレス製のラックにずらりと並んだポリ容器を指した。

 

「へぇ...使い分けるんですね」

 

「君の仕事になる」

 

「はい」

 

ユンさんは脇にどき、私が粘土を捏ねる番になった。

 

べニア板を貼っただけの作業台にかがんで、両手でぎゅっと押し、ひっくり返してまた押しを繰り返した。

 

ユンさんの高い身長に合わせて作られた台だったから、高さはちょうどよい。

 

(ひっ)

 

耳の後ろに生温かい息がかかった。

 

ユンさんが私の真後ろに、触れそうで触れない距離に接近している。

 

近いです。

 

近すぎます。

 

これっていわゆる、セクハラ...?

 

シチュエーション的にそう感じてもいいはずなのに、ユンさんの場合は全くそう思わないの。

 

もしユンさんが、私の好みじゃない中年オヤジで、異性としての好意を持てない人だったら、張り倒してた。

 

でも、私はユンさんのことが好きだから、全然そんな風に思ったことない。

 

「そんな優しいやり方じゃなくて...」

 

私の背後からユンさんの日焼けした腕が伸びて、私の手の上にユンさんの手が重なるから、私は卒倒しそうになった。

 

「もっと力いっぱい」

 

(まるで映画のワンシーンみたい!)

 

「分かった?」といった感じに、私を横目で見て、そのくっきりとした二重瞼の下の黒い瞳に吸い込まれそう。

 

「あとは、一人でやってみて。

それにしても...君の腕は細いね」

 

ユンさんは粘土で白く汚れた手を、濡れタオルで拭きながら言った。

 

「...そうですか?」

 

「栄養足りてる?」

 

「毎日、お腹いっぱい食べてます。

横にじゃなく、縦に栄養が取られてるんだと思います...」

 

「それじゃあ、横にも栄養がいきわたるように、美味しいものを食べさせないとね。

来週あたりに夕飯を食べに行こうか?」

 

「え...?」

 

粘土を捏ねる手が止まった。

 

「はい...お願いします」

 

上司にあたる人と、勤務時間外に1対1で食事をするなんて...ユンさんが初めて。

 

ユンさんは、誰に対してもいつもこんな感じなんですか?

 

前にいたアシスタントの子にも、こんな感じで接してたんですか?

 

スキンシップとか誘ったりしたら、私、いっぱい勘違いしてしまいますよ。

 

下のオフィスから、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「行かなくちゃ!」

 

ユンさんはちらりと壁の時計を確認すると、慌てて応対しようとする私を押しとどめた。

 

「俺が行ってくる。

手が汚れているだろ?

君はこの続きをやっていなさい」

 

私の肩をポンと叩くと、ユンさんは螺旋階段を下りて行った。

 

「ふう」

 

ユンさんに“ポン”とされると、私のハートもポンと跳ねて、腰から力が抜けてしまいそうになる。

 

チャンミンさんに頭を“ポン”とされる時、私の気持ちはどんな風だったっけ...?

 

 


 

 

~チャンミン~

 

ユンのオフィスに呼び出された。

 

後輩Sは別の案件で外出中だったため、僕が出向くことになった。

 

ライター同席のインタビューを終え、その草稿をメールで送ると伝えたら、直接会ってその場で添削したいとの要望を受けたのだ。

 

ユンは若いくせに、メールや電話を信用せず、面と向かうことに重きを置く人物のようだ。

 

こういうタイプは珍しくないけど、ユンのことがどうも苦手な僕だったから、この面談は気が進まなかった。

 

気温は30℃、額やうなじから吹き出る汗をハンカチで拭った。

 

エレベーターを6階で降り、ゴージャスな歯科医院の前を通り過ぎて、ユンのオフィスのインターフォンのボタンを押す。

 

『お待ちしておりました』

 

ユンの低い声に続きドアが開くと、相変わらずスマートで涼しげな美青年が僕を迎い入れた。

 

今日は長髪を束ねず、背中に真っ直ぐ垂らしている。

 

「暑い中ありがとうございます」

 

スタイリッシュな打ち合わせスペースに通され、一旦奥に引っ込んだユンがアイスコーヒーを乗せたトレーを持って戻ってきた。

 

「早速見せていただきましょうか」

 

ライターが書き起こした原稿をフォルダーごと、「どうぞ」とユンの前に提出した。

 

ユンは顎を撫ぜながら、無言で書類に目を落としている。

 

「メールで済む話なのに、わざわざ足を運んでいただいて申し訳ない。

しかし、こうやって顔と顔を突き合わせると」

 

ぐいっとユンの鋭い眼差しが、直球で僕に刺さる。

 

眼力の強い奴だ。

 

「言葉で説明しきれないニュアンスも、伝わります。

チャンミンさんは、そう思いませんか?」

 

なるほどその通りだったため、「そうですね」と同意した。

 

僕の視線に気づいたユンが、肘までまくった腕をちらっと見て苦笑した。

 

「作品を作っていたもので。

全身粘土まみれになるんですよ」

 

目線で螺旋階段の上を指した。

 

「アシスタントの子が見つかりましてね。

今どきなかなかいない、『使える子』です」

 

訂正箇所が記された原稿を手渡すと、キャンバス地のスリップオンを素足に履いた脚を組んだ。

 

ユンの熱い視線が僕の腕に注がれていることに気付いて、「何か?」の意味を込めて見返した。

 

「申し訳ない。

美しい造形を目にすると、つい観察してしまうのです」

 

「はあ」

 

「失礼」

 

ユンが僕の腕を手に取った。

 

「!」

 

「筋肉の付き方がいいね」

 

(おいおい)

 

僕の手首を持って、ひっくり返したり、肘を曲げたりした。

 

額の真ん中で分けたストレートヘアが、ユンの彫の深い美貌によく似合っている。

 

それは認める...が。

 

「腕に力を入れてみて」

 

「はあ」

 

気味が悪いと思いつつも、落ち着いた口調でありながら逆らえないユンの命令に従ってしまう。

 

手の平が汗ばんできた。

 

「!」

 

力を入れたことで浮き上がった筋肉に沿って、ユンの指につつーっとなぞられて、思い切りビクッとしてしまった。

 

こいつ...気味が悪い。

 

「男に腕を撫でまわされて気持ち悪いでしょう。

次の作品は『腕』がテーマなんですよ」

 

「腕?」

 

「ええ。

3本の腕を柱として...」

 

僕の腕から手を離したユンが、身振りで1,2、3と3本の腕を交差させてみせた

 

「中央に『顔』があります。

モデルとなる顔については未だイメージが湧いていません。

腕の1本は男の腕でして、チャンミンさんの腕を目にしたら、作品のイメージにぴったりだと思いましてね。

つい、拝見させていただきました」

 

さぞかしモテるだろう、浅黒い精悍な頬をゆがめてほほ笑んだ。

 

「是非とも、作品のモデルに。

スケッチさせてください」

 

「あ、あの...今日はこれから...」

 

次のアポイントなんてなかったが、早くここから逃げ出したくなった僕は首を振る。

 

こちらは大いに動揺していたというのに、ユンは落ち着き払った余裕ある態度で、からかわれているように感じられて不愉快だった。

 

悪いが僕には「その気」はない。

 

脇の下にじっとりと汗をかいていた。

 

「チャンミンさん」

 

呼び止められた

 

「ご兄弟は?」

 

「はい?

います...が?」

 

「そうですか。

変なことをお尋ねして申し訳ない」

 

口の片端だけ上げた笑みを浮かべたユンに見送られて、僕はオフィスを後にした。

 

次は後輩Sを僕の代わりに行かせよう。

 

 

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