~君は女の子~
「......」
チャンミンはひとりリビングに残された。
(民ちゃんは、ペチャパイだと思ってたけど...。
正真正銘のペチャパイだった...)
チャンミンは両手の指先を曲げたり伸ばしたりしてみる。
(ギリギリ揉めるか、揉めないか...くらいか...揉めないな...)
チャンミンは自分の胸を触ってみる。
(違う。
ペチャパイだけど、僕のとは違う。
ペチャパイって連呼してごめんね、民ちゃん。
胸はないけど、民ちゃんは女の子の身体だった、うん)
チャンミンは先ほどの光景を思い出す。
~チャンミン~
鎖骨は僕のものより華奢だった。
肌は白くてきめが細かかった。
ホクロがあった。
首から下へたどると、あるかなきかの...ほとんどないに等しい膨らみ。
(民ちゃん、ごめん)
そこから視線をずらすと...両胸の先端がピンク色で...。
民ちゃんがかがんだ背中に、浮き出た背骨に色気を感じた。
女らしい身体とは、柔らかくて弾力に富んだくびれを言うのだろう。
例えばリアが持つ肢体のような。
でも。
民ちゃんの骨ばった身体でも、女を感じた。
どこを?と聞かれたら、具体的に答えられないけれど。
女らしいってなんだろう?
大きい胸か?
ぷにぷにした感触か?
そのいずれも民ちゃんは持ち合わせていないけど、ペチャパイだけど、全然オーケーだよ。
付き合ってる彼女の胸が小さかったとしても、だからと言って嫌いにならない。
さらに下へ辿ると...バスタオルが邪魔で見えなかった...って、おい!
続いて脳裏に、ぼわーんと民ちゃんのお尻の映像が浮かぶ。
巻き付けたバスタオルの端からはみ出してた。
前を隠すのに必死で、後ろのガードが甘いよ、民ちゃん。
太ももからお尻が筋肉で一直線につながってる僕のとは違う、民ちゃんのお尻。
太ももとお尻の境目があって、お尻のほっぺがふっくらしていた。
1、2秒足らずの瞬間、しっかり観察していた僕。
そして、それをしっかり記憶してる僕。
やれやれだ。
民ちゃんは隙だらけだ。
それにしても...民ちゃんの乳首はピンクか...。
可愛いなぁ...。
「ん?」
違和感に気付いたチャンミンが、そろそろと股間を確認した。
(こらー!
こらー!
何、反応してるんだ!
僕ときたら、僕ときたら!
民ちゃん相手に、反応したら駄目だろうが!?
Tに殺される!
いててて...勃ち過ぎて...腹が痛い...)
・
チャンミンはソファに仰向けになって寝転がった。
翌日の仕事の段取り、この部屋の賃料、そしてリアへ告げる言葉。
つらつらと考えていた。
昼間のうちに、残高不足を起こした口座へ送金処理を済ませた。
(早急に決着をつけなければ。
僕の財布事情も、限界が近い)
次に、昼間会ったユンについて考えを巡らした。
(ユンに近影写真の撮影を断られた。
ミステリアスさを演出するためか、写真嫌いか、どんな風貌の人物なのかを事前に確認することができなかった。
遠目で撮ったぼやけた斜め後ろのものが何枚かあるだけだった。
会ってびっくり、男の僕から見てもハッとするほどいい男だった。
近影写真を断られたため、ページ構成を工夫する必要があるな。
Sが指摘したように、確かに僕の顔を食い入るように見ては、目が合うと意味ありげに微笑したんだっけ。
気持ち悪いな)
チャンミンは先ほどから、民のいる6畳間に注意を払っていた。
ことりとも音がしない。
民が部屋から出てこない。
~リア~
見た目が派手なせいで、放埓だと誤解されがちだった。
熱しやすく冷めやすい恋愛をしがちなのは認める。
文字通り「炎のよう」に熱く燃え上がって、全身全霊でその男性を愛す。
2,3か月もするとその炎の勢いが落ちてくるけれど、気持ちが冷めた訳じゃないの。
彼からの焚き木の追加が欲しいだけなの。
私の激しい恋に疲れるのか、飽きたのか、離れていってしまう人が多い中、チャンミンは違った。
熱く激しい火力はないものの、チャンミンが恋人に注ぐ愛情とは、熾火のように、長く注ぎ続けるもの。
チヤホヤされることに慣れていた私だったから、チャンミンの控えめな愛情表現じゃ物足りなかった。
照れ屋で「愛してる」の言葉も、ベッドの中で絶頂の最中で口にするくらい。
顔もスタイルもいいものを持っているのに、トレーナーにデニムパンツという野暮ったい恰好ばかりしてるから、私好みのファッションに仕立ててあげた。
私の手によって、見栄えのする男に変身させていくのを楽しんでいたのは事実。
家事が苦手な私に代わって、料理も掃除もすべてを担ってくれて助かった。
住まいを共にして1か月もしないうちに「長年連れ添った夫みたい」になってしまったチャンミンにがっかりした。
レシピ通りに忠実に料理をするチャンミンの背中を見ると、手にしたマスカラを投げつけたくなる。
キツイ言葉を投げつけても、最初はムッとした顔が、困った表情に変化して、「嫌なことでもあったのか?」って心配してくれたの。
イラつくけれど、チャンミンの存在は私にとって大切なものだ。
チャンミンには100%、私の方を見ていて欲しい。
だから、過去の女の思い出の品は、全部捨てさせた。
携帯電話の履歴も、チェックする。
ロックもせず置きっぱなしにしておくチャンミンが悪い。
チャンミンに他の女性の影がちらついてもらったら困る。
私の心のバランスを保つために、チャンミンが必要だから。
チャンミンを留守番役に仕立てている一方で、私は新しい恋をしていた。
モデルの仕事は下降線だったけど、誘われて始めたラウンジの仕事は割と楽しい。
沢山の男の人たちと接することができるし、彼らを褒めたたえる振りをして、「君こそキレイだよ」のお返しを期待していた。
私は男好きじゃない。
熱烈な恋愛をしたいだけ。
今回の恋は、のめりこみ過ぎて危なっかしい空気をはらんでいた。
いつ捨てられてもおかしくない。
その人は惹きつけたかと思うと冷たく突き放すのを繰り返して、私は翻弄され余計に燃え上がった。
深夜、あどけないチャンミンの寝顔を横目に、アルコールでむくんだ脚を毛布に滑り込ませる。
この人は、待ってくれる。
この恋が破れて捨てられても、帰る場所がある。
だからやっぱり、チャンミンが必要。
チャンミンに拒まれた翌日の夜、6畳間から出てくるチャンミンと顔を合わせた。
そういえば、妹だか弟だかがしばらく滞在するって言ってた。
「おかえり、早かったね」
ぎくりとした表情を見せたチャンミンにイラっとして、同時にホッとした。
~チャンミン~
「民ちゃん?」
コツコツとドアを叩いてみたが、返事がなかった。
寝てしまったのかな?
それとも恥ずかしくて出てこられないのかな?
そっとしておけばいいのに、僕は放っておけなかった。
「入ってもいい?」
そっとドアを開けると、部屋の中は真っ暗だ。
「民ちゃん...」
リビングから指す灯りに、横座りした民ちゃんが、畳んだままの布団に突っ伏していた。
(やっぱり...寝てた)
民ちゃんはバスタオルを巻き付けただけの姿で、細い脚を折り曲げ、上に置いた枕を抱きしめる恰好で眠っていた。
「風邪ひくよ」
指の背で民ちゃんの頬に触れた。
ミルクみたいな香りがする、すべすべで柔らかいほっぺ。
初めての土地で、慣れない電車に乗って、仕事の面接を受けて緊張したり、採用されて喜んで。
疲れて当然だ。
民ちゃんは布団に横顔を埋めて眠っていた。
民ちゃんの寝顔を、こんなに早く見られるなんて思いもしなかった。
(つづく)
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