~君は女の子~
~チャンミン~
膝を立てて座る民ちゃんに倣って、伸ばしていた両膝を曲げた。
「?」
民ちゃんの膝と僕のそれと交互に見比べた。
「ほら。
僕の膝の方が大きいよ」
「あら、ホント」
民ちゃんに膝を撫でまわされて、くすぐったかった。
「今日はお洋服を貸してくださって、ありがとうございました」
手のサイズを比べようと、民ちゃんは自分の手の平を僕のものと合わせた。
「少しだけですけどサイズが違いますね。
よかったー、私の方が小さい」
と、無邪気に喜んでいる。
「心強かったです。
ほのかにチャンミンさんの匂いがしました」
「え!
臭かった?」
焦った僕は、民ちゃんが着ているシャツの匂いを嗅ぐ。
「ちゃんと洗濯してたんだけど、ごめん!」
「臭くないです!
いい感じの匂いです」
恥ずかしくなった僕は、テーブルから新しい缶ビールを取って、ぐびりと飲んだ。
僕と民ちゃんの違いってなんだろう。
わずかなサイズの違いは確認した。
「チャンミンさんは、男の人の匂いがしますー」
「!」
民ちゃんが僕の肩にもたれかかった。
「靴もありがとうございました。
ブラシをかけておきました」
「いいよ、そんなの...」
座高が一緒だから、民ちゃんの横顔は僕の頬のすぐ脇にある。
民ちゃんの頬から、ミルクのような甘い匂いがした。
「チャンミンさんといると、不思議な気分になります」
「同感」
「チャンミンさんにくっついていると、安心します。
不思議です」
そう言って民ちゃんは、僕の手の平に合わせていた手を放し、もたれていた頭を起こしてしまった。
初日には気づけなかった、民ちゃんの肌が放つ甘い香りが遠のいた。
民ちゃんといる時に襲われる、不思議な感覚の正体は何なのか、答えを見つけようと僕の頭はフル回転だ。
僕と同じところ、違うところ。
まじまじと観察してしまう。
不気味な気持ちが5%、愉快な気持ちが20%。
答えのみつからない妙な気持ちが75%。
この「妙な気分」についての分析は後日と言うことで...。
「こんなにあっという間に仕事が決まっちゃうとはね」
「とんとん拍子でした」
こんなことを言ったら民ちゃんに失礼だけど、就職活動が苦戦するのでは、って思っていた。
不採用の通知の際に、かけてやる慰めの言葉を考えていたくらいだ。
(民ちゃん、ごめん)
どこか世間知らずで呑気そうな民ちゃんが、世知辛い都会でちゃんとやっていけるのかと心配していた。
僕が守ってあげないと。
純朴な民ちゃんを騙したり、泣かしたりするような奴から守ってあげないと。
民ちゃんは僕の妹じゃないし、民ちゃんにはホンモノの兄がいる。
身近で見守ってあげるのは僕が適任だと、不思議な使命感を抱いているんだ。
どうしてなんだろうね。
「汗をいっぱいかいたので、お風呂をお借りします」
よいしょっと民ちゃんは立ち上がり、目の高さに民ちゃんのお尻が迫ってドキッとする。
浴室に向かう民ちゃんの背中を見送った。
僕が貸した白いシャツは、僕が着るよりずっとずっと、民ちゃんに似合っていた。
・
「チャンミンさーん!」
「はっ!」
浴室から僕を呼ぶ民ちゃんの大声で目が覚めた。
知らぬ間にうたた寝をしていたみたいだ。
「チャンミンさーん!」
「み、民ちゃん!!」
僕は飛び起きると、浴室まで走った。
「大丈夫?」
曇りガラス越しに、浴室内の民ちゃんに声をかけた。
この直後に、プチ・ハプニングが起きたのだ。
「民ちゃん?」
チャンミンは、曇りガラスの向こうへ声をかけた。
「お願いがあります」
ドアのすぐ傍から民の声がする。
「どうした?」
「あのですね。
私の服を、取ってきてくれませんか?
着替えを持ってくるのを忘れてました」
(そういえば民ちゃんは、部屋に寄らずに浴室に直行していたな)
「着ていた服も...」
チャンミンの背後で洗濯機が回っていた。
「洗っちゃったんだ、全部?」
「...はい」
「適当に何か持ってくればいいんだね?」
「引き出しの一番上に、Tシャツが入ってます」
「どれでもいい?」
「はい。
それから、一番下にパンツとブラが入ってますので...」
説明をしかけた民の言葉が止まる。
(チャンミンさんに、私のパンツを持ってこさせるわけにはいかない!)
「パンツとブラだね?
適当に選んでいいんだね?」
リアの下着を1年間洗濯してきたチャンミンは、民のパンツ程度では動じない。
「ストップ!」
民の部屋へ向かいかけるチャンミンを、民の大声が引き留めた。
「チャンミンさん、ストップです!」
「ズボンもでしょ?
適当に持ってくるから」
「持ってこなくていいです!」
「なんで?」
「恥ずかしいからです!
パンツを見られたくありません!」
「パンツくらい、どうってことないよ」
「そういうわけにはいきません!
バスタオル、取ってください!」
浴室のドアがわずかに開いて、その隙間から民の手がにゅっと伸びた。
(そこまで恥ずかしがらなくてもいいのに...)
「はい」と、民の手にバスタオルを握らせる。
「チャンミンさん、後ろ向いててくださいね!」
「へ?」
「私、部屋まで走りますから!」
(そっちの方が恥ずかしいだろ!)
「ちょっと待った!
僕、あっちに行っ...」
民が勢いよく開けたドアが、
「あでぇっ!!!」
チャンミンの鼻に直撃した。
「ううう...」
「わー!ごめんなさい!」
民はうずくまるチャンミンを覗き込む。
「鼻血!?
鼻血ですか!?」
「鼻血は...出てない」
「ごめんなさい!」
「だ、大丈夫だから...。
民ちゃんは、着がえておいで...」
チャンミンは鼻を押さえたまま、ひらひらと手を振る。
「了解です!
すぐに手当てしに戻りますから。
待っててくださいよ!」
「オケ...」
びしょ濡れのまま、バスタオルを身体に巻き付けた民は洗面所を出ていく。
「!」
(ミミミミミミミンちゃん!
お尻が!
お尻が見えてるから!)
と、赤面した直後、
「ひゃぁっ!」
悲鳴と共にドターンという音。
「民ちゃん!」
鼻の痛みを一瞬で忘れてチャンミンは、音がしたリビングへ走る。
民が仰向けでひっくり返っていた。
濡れた身体から落ちた水で足を滑らせたのだ。
「民ちゃん!」
民の側に駆け寄ったチャンミンは、白目をむいた民の頬をペチペチと叩く。
「民ちゃん!」
「う...うーん...」
うめき声をあげて民の目が開き、しばし視線をさまよわせていた。
民を見下ろすチャンミンの顔とピントが合った。
「よかったー。
濡れた足で走ったりしたら転んじゃうって、そりゃ..」
民を抱き起しかけたチャンミンがフリーズした。
「...すみません。
あわてんぼうのおっちょこちょいなんです」
後頭部をさすりながら、チャンミンに肩を支えてもらう民がフリーズした。
(ミミミミミミミミミミンちゃん!?)
(ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!)
民は腰まで落ちたバスタオルを猛スピードで、胸へ引き寄せる。
「あのっ!
あのっ!
服着てきます!」
「そうした方がいい!」
民は立ち上がると、バスタオルを胸に抱きしめて6畳間に飛び込んだ。
(恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!
チャンミンさんに、おっぱい、見られてしまったー!)
民は床にぺたりと座り込むと、畳んだ布団に顔を埋めた。
「うっ、うっ、うっ...」
民は半泣き状態だった。
(つづく)
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