【19】NO?

 

 

~君は女の子~

 

 

~チャンミン~

 

 

膝を立てて座る民ちゃんに倣って、伸ばしていた両膝を曲げた。

 

「?」

 

民ちゃんの膝と僕のそれと交互に見比べた。

 

「ほら。

僕の膝の方が大きいよ」

 

「あら、ホント」

 

民ちゃんに膝を撫でまわされて、くすぐったかった。

 

「今日はお洋服を貸してくださって、ありがとうございました」

 

手のサイズを比べようと、民ちゃんは自分の手の平を僕のものと合わせた。

 

「少しだけですけどサイズが違いますね。

よかったー、私の方が小さい」

 

と、無邪気に喜んでいる。

 

「心強かったです。

ほのかにチャンミンさんの匂いがしました」

 

「え!

臭かった?」

 

焦った僕は、民ちゃんが着ているシャツの匂いを嗅ぐ。

 

「ちゃんと洗濯してたんだけど、ごめん!」

 

「臭くないです!

いい感じの匂いです」

 

恥ずかしくなった僕は、テーブルから新しい缶ビールを取って、ぐびりと飲んだ。

 

僕と民ちゃんの違いってなんだろう。

 

わずかなサイズの違いは確認した。

 

「チャンミンさんは、男の人の匂いがしますー」

 

「!」

 

民ちゃんが僕の肩にもたれかかった。

 

「靴もありがとうございました。

ブラシをかけておきました」

 

「いいよ、そんなの...」

 

座高が一緒だから、民ちゃんの横顔は僕の頬のすぐ脇にある。

 

民ちゃんの頬から、ミルクのような甘い匂いがした。

 

「チャンミンさんといると、不思議な気分になります」

 

「同感」

 

「チャンミンさんにくっついていると、安心します。

不思議です」

 

そう言って民ちゃんは、僕の手の平に合わせていた手を放し、もたれていた頭を起こしてしまった。

 

初日には気づけなかった、民ちゃんの肌が放つ甘い香りが遠のいた。

 

民ちゃんといる時に襲われる、不思議な感覚の正体は何なのか、答えを見つけようと僕の頭はフル回転だ。

 

僕と同じところ、違うところ。

 

まじまじと観察してしまう。

 

不気味な気持ちが5%、愉快な気持ちが20%。

 

答えのみつからない妙な気持ちが75%。

 

この「妙な気分」についての分析は後日と言うことで...。

 

「こんなにあっという間に仕事が決まっちゃうとはね」

 

「とんとん拍子でした」

 

こんなことを言ったら民ちゃんに失礼だけど、就職活動が苦戦するのでは、って思っていた。

 

不採用の通知の際に、かけてやる慰めの言葉を考えていたくらいだ。

 

(民ちゃん、ごめん)

 

どこか世間知らずで呑気そうな民ちゃんが、世知辛い都会でちゃんとやっていけるのかと心配していた。

 

僕が守ってあげないと。

 

純朴な民ちゃんを騙したり、泣かしたりするような奴から守ってあげないと。

 

民ちゃんは僕の妹じゃないし、民ちゃんにはホンモノの兄がいる。

 

身近で見守ってあげるのは僕が適任だと、不思議な使命感を抱いているんだ。

 

どうしてなんだろうね。

 

「汗をいっぱいかいたので、お風呂をお借りします」

 

よいしょっと民ちゃんは立ち上がり、目の高さに民ちゃんのお尻が迫ってドキッとする。

 

浴室に向かう民ちゃんの背中を見送った。

 

僕が貸した白いシャツは、僕が着るよりずっとずっと、民ちゃんに似合っていた。

 

 

 

 

「チャンミンさーん!」

 

「はっ!」

 

浴室から僕を呼ぶ民ちゃんの大声で目が覚めた。

 

知らぬ間にうたた寝をしていたみたいだ。

 

「チャンミンさーん!」

 

「み、民ちゃん!!」

 

僕は飛び起きると、浴室まで走った。

 

「大丈夫?」

 

曇りガラス越しに、浴室内の民ちゃんに声をかけた。

 

この直後に、プチ・ハプニングが起きたのだ。

 

 


 

 

「民ちゃん?」

 

チャンミンは、曇りガラスの向こうへ声をかけた。

 

「お願いがあります」

 

ドアのすぐ傍から民の声がする。

 

「どうした?」

 

「あのですね。

私の服を、取ってきてくれませんか?

着替えを持ってくるのを忘れてました」

 

(そういえば民ちゃんは、部屋に寄らずに浴室に直行していたな)

 

「着ていた服も...」

 

チャンミンの背後で洗濯機が回っていた。

 

「洗っちゃったんだ、全部?」

 

「...はい」

 

「適当に何か持ってくればいいんだね?」

 

「引き出しの一番上に、Tシャツが入ってます」

 

「どれでもいい?」

 

「はい。

それから、一番下にパンツとブラが入ってますので...」

 

説明をしかけた民の言葉が止まる。

 

(チャンミンさんに、私のパンツを持ってこさせるわけにはいかない!)

 

「パンツとブラだね?

適当に選んでいいんだね?」

 

リアの下着を1年間洗濯してきたチャンミンは、民のパンツ程度では動じない。

 

「ストップ!」

 

民の部屋へ向かいかけるチャンミンを、民の大声が引き留めた。

 

「チャンミンさん、ストップです!」

 

「ズボンもでしょ?

適当に持ってくるから」

 

「持ってこなくていいです!」

 

「なんで?」

 

「恥ずかしいからです!

パンツを見られたくありません!」

 

「パンツくらい、どうってことないよ」

 

「そういうわけにはいきません!

バスタオル、取ってください!」

 

浴室のドアがわずかに開いて、その隙間から民の手がにゅっと伸びた。

 

(そこまで恥ずかしがらなくてもいいのに...)

 

「はい」と、民の手にバスタオルを握らせる。

 

「チャンミンさん、後ろ向いててくださいね!」

 

「へ?」

 

「私、部屋まで走りますから!」

 

(そっちの方が恥ずかしいだろ!)

 

「ちょっと待った!

僕、あっちに行っ...」

 

民が勢いよく開けたドアが、

 

「あでぇっ!!!」

 

チャンミンの鼻に直撃した。

 

「ううう...」

 

「わー!ごめんなさい!」

 

民はうずくまるチャンミンを覗き込む。

 

「鼻血!?

鼻血ですか!?」

 

「鼻血は...出てない」

 

「ごめんなさい!」

 

「だ、大丈夫だから...。

民ちゃんは、着がえておいで...」

 

チャンミンは鼻を押さえたまま、ひらひらと手を振る。

 

「了解です!

すぐに手当てしに戻りますから。

待っててくださいよ!」

 

「オケ...」

 

びしょ濡れのまま、バスタオルを身体に巻き付けた民は洗面所を出ていく。

 

「!」

 

(ミミミミミミミンちゃん!

お尻が!

お尻が見えてるから!)

 

と、赤面した直後、

 

「ひゃぁっ!」

 

悲鳴と共にドターンという音。

 

「民ちゃん!」

 

鼻の痛みを一瞬で忘れてチャンミンは、音がしたリビングへ走る。

 

民が仰向けでひっくり返っていた。

 

濡れた身体から落ちた水で足を滑らせたのだ。

 

「民ちゃん!」

 

民の側に駆け寄ったチャンミンは、白目をむいた民の頬をペチペチと叩く。

 

「民ちゃん!」

 

「う...うーん...」

 

うめき声をあげて民の目が開き、しばし視線をさまよわせていた。

 

民を見下ろすチャンミンの顔とピントが合った。

 

「よかったー。

濡れた足で走ったりしたら転んじゃうって、そりゃ..」

 

民を抱き起しかけたチャンミンがフリーズした。

 

「...すみません。

あわてんぼうのおっちょこちょいなんです」

 

後頭部をさすりながら、チャンミンに肩を支えてもらう民がフリーズした。

 

 

 

 

(ミミミミミミミミミミンちゃん!?)

(ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!)

 

 

 

民は腰まで落ちたバスタオルを猛スピードで、胸へ引き寄せる。

 

「あのっ!

あのっ!

服着てきます!」

 

「そうした方がいい!」

 

民は立ち上がると、バスタオルを胸に抱きしめて6畳間に飛び込んだ。

 

(恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!恥ずかしー!

チャンミンさんに、おっぱい、見られてしまったー!)

 

民は床にぺたりと座り込むと、畳んだ布団に顔を埋めた。

 

「うっ、うっ、うっ...」

 

民は半泣き状態だった。

 

 

 

(つづく)

 

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