【22】NO?-僕に押し倒されたいの?-

 

 

深酔いしたチャンミンの頭でも、民ちゃん発言が突拍子もないと認識できた。

 

「私、入ったことがなかったんですよね、ああいうところ」

 

民は自身の思いつきに満足そうで、声が弾んでいた。

 

「民ちゃん...」

 

「後学のために、見学してみたいです。

さささ、チャンミンさん行きましょう」

 

チャンミンと腕を組むと、民は元気いっぱい歩き出した。

 

「そんなの、よくないよ」

 

(今の僕は民ちゃんと『そういう関係』になるわけにはいかないんだって!)

 

「民ちゃん...駄目だよ」

 

民に引きずられまいと抵抗するチャンミン。

 

「チャンミンさーん。

お家へ帰りたくないって駄々をこねたのは、チャンミンさんですよ」

 

「民ちゃん、僕らは...まだ」

 

「チャンミンさん!

何を想像しているんですかぁ?

チャンミンさんも、えっちですねぇ。

お泊りするだけです!」

 

「うっ...」

 

「そんなに嫌なら、お家に帰りましょうか?」

 

回れ右をして歩き出そうとする民の腕を、チャンミンは引っ張る。

 

「帰りたくない...」

 

「ほらね?

行きますよ!」

 

ふんと民は鼻を鳴らすと、チャンミンの肩に腕を回してずんずん歩き出した。

 

(全くチャンミンさんときたら、甘えん坊さんですね!

私がしっかりしないと!)

 

(そうだった。

民ちゃんは大きい身体してるから、力持ちだったんだ...)

 

チャンミンは民に引きずられるようにして、怪しくライトアップされたアーチの下をくぐったのである。

 

 


 

 

「さてさて、チャンミンさん!

どのお部屋にしましょうか?」

 

チャンミンは民の足元でしゃがみこんでいた。

 

「おー!

すごいですよ、プールがありますよ、このお部屋!

...でも、お高いですね。

もうちょっと、リーズナブルなところにしましょうね」

 

「好きなところを選んだらいいよ」

 

「了解です」

 

ぐらぐらする視界の端で、民がパネルに並ぶ写真の中から品定めをしている。

 

後から入ってきた20代カップルが、民とチャンミンの姿を見てぎょっとしたようだった。

 

民は後ろに下がって、彼らに先を譲った。

 

カップルは、民とチャンミンをちらちらと不躾に見ている。

 

(そうだった。

僕らは双子に見えるんだった。

いろいろと誤解されてるんだろうなぁ)

 

チャンミンはとろんとした目付きで、20代カップルをエレベータの扉が閉まるまで見送った。

 

(僕は全然構わないけれど)

 

「ピンクのお部屋にしました。

ほら!立ってください!

行きますよ」

 

チャンミンは差し出された民の手を握った。

 

点滅するライトを頼りに、目当ての部屋を探し当てドアを開ける。

 

「わあぁ...!」」

 

目をキラキラ輝かせて立ち尽くす民をすり抜けて、チャンミンは中央に据え付けられた円形のベッドに倒れこむ。

 

(メンタルが弱っていると、駄目だな。

あれっぽっちの量でここまで酔っぱらうとは!)

 

合成繊維のすべすべするベッドカバーに、じっとり火照った横顔をくっつけて、部屋の設備を1つ1つチェックする民を、ぼーっと眺めた。

 

「サービスでご飯が食べられますよ。

あとで注文しましょうね」

 

ラミネートされたメニューを手に、ワクワクを隠し切れない民が歌うように言った。

 

「さて、と。

チャンミンさんはお風呂はどうします?」

 

「家でもう入ってきた」

 

チャンミンはくぐもった声で答える。

 

「了解です。

私はお風呂に入ってきますね」

 

民はチャンミンのビーチサンダルを脱がせ、ベッドカバーでチャンミンを包んだ。

 

「チャンミンさんは、寝ててくださいね」

 

そう言って民はバスルームに消えた。

 

「ひゃー。

すごいですよ、チャンミンさん!

お風呂、広いですよー。

ライトアップできるんですねぇ」

 

チャンミンはうとうとしながら、民のはしゃぐ声を聞いていた。

 

 

「一緒にはいりませんかぁ?」

 

(は!?)

 

チャンミンの目が瞬時で開く。

 

「冗談でーす」

 

(民ちゃんったら...全く。

 

僕は一体どうして、『今』、『民ちゃんと』、『ラブホテル』にいるんだ?

民ちゃんは悪くない。

 

一人になりたくて街に出てきたのに、独りは寂しくて、民ちゃんを呼び出してしまった。

 

民ちゃんの顔を無性に見たくて...。

 

僕が『帰りたくない』と言い張って、民ちゃんを困らせたくて。

 

民ちゃんったら...解決方法が面白すぎる)

 

「!!」

 

突然、チャンミンの耳に冷たいものが押し当てられて、チャンミンは飛び起きる。

 

「お水ですよー。

冷蔵庫の中も無料ですって。

冷たくて美味しいですよ」

 

「民ちゃん...それ」

 

チャンミンは民を一目見ると、思わずぷぷっと吹きだした。

 

薄ピンク色のシャツ型ガウンは、民が着るとつんつるてんだった。

 

「変...ですか?」

 

甘ったるく安っぽいボディーソープの香りを漂わせていた。

 

「変じゃないよ」

 

(変どころか...可愛い)

 

チャンミンはベッドの上にあぐらをかいて座り、民から受け取ったミネラルウォーターをあおった。

 

からからに干上がったチャンミンの喉を、冷えた水が滑り落ちていく。

 

民はチャンミンの隣に座ると、ごくごくとオレンジジュースを一気飲みすると、ぷはーっと息を吐いた。

 

「さて、と。

さっぱりしたところで、チャンミンさんのお話を聴きましょうか?」

 

ハイテンションだったこれまでとうって変わって落ち着いた、労わるような口調だった。

 

「大丈夫じゃないですよね。

辛いですね」

 

「......」

 

チャンミンは頭をとんと、民の肩にもたせかけた。

 

民はチャンミンの頭を撫ぜながら、静かに話し出した。

 

「私はフラれてばかりだから、フる側の気持ちは想像するしかできませんし、

 

誰かと両想いになったことなんてありません。

 

誰も私を、カノジョにしたくないみたいなんですよ、悲しいかな。

 

でも、お付き合いしていた人との関係を終わらせるのって、大変なんだろうなぁ、って思います」

 

チャンミンの鼻先は、合成繊維の布越しに民の細い鎖骨を感じていた。

 

「......」

 

 

「私でよければ話を聴きますよ。

 

せっかく同じ顔をしているんですから。

 

独り言だと思って、お話しくださいな。

 

楽になりますよ」

 

 

「民ちゃん...」

 

チャンミンの目から、ぶわっと涙が湧いてきた。

 

チャンミンは堰を切ったかのように、リアとの出会いから同棲を始めるまでの経緯、

その後の虚しい日々まで、全部、民に語っていた。

 

チャンミンの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 

「別れたいと口に出さなければ、今までのように暮らしていけたのに...」

 

(リアへの恋愛感情は消えてしまったけれど、リアと過ごした1年を思い出すと、胸が切なくて苦しいんだ)

 

「チャンミンさんは、今までの暮らしに戻りたいんですか?

もしそうなら、今ならリアさんとやり直せるんじゃないんですか?」

 

チャンミンは激しく左右に首を振った。

 

「...別れなくちゃいけなかったんだ。

僕はもう、リアの彼氏でいたくなかった」

 

(悲しいのは、僕らは『終わってしまった』、という事実だ)

 

 

「チャンミンさんは、そう決めたんでしょ?

自分の気持ちに正直でいることは大事、だと私は思ってます」

 

肩を震わせて泣くチャンミンの背中を、民はポンポンとあやすように優しく叩いた。

 

 

「失恋は...辛いですねぇ」

 

(民ちゃんの言う通りだ。

別れを告げたのは僕の方からだったとしても、やっぱりこれは失恋なんだ)

 

民のガウンに次々と溢れるチャンミンの涙が染みを作った。

 

 

(民ちゃんの前で泣いてしまった。

 

僕の色恋沙汰を赤裸々に暴露してしまった。

 

甘ったれた姿を見せてしまった。

 

民ちゃんなら全てを受け止めてくれそうな、安心感がある。

 

目の前にいるこの子に惹かれてしまうのは、僕と同じ顔をしているからか?

 

違う。

 

僕と同じ顔をしているからこそ、僕と違う部分がつまびらかに分かるんだ。

 

僕にはない美点が、宝探しのように次々と発見できるんだ)

 

「ほらほら、涙を拭いてくださいな」

 

民はガウンの裾を引っ張って、チャンミンの顔を拭った。

 

民の黒いショーツが目に飛び込んできて、チャンミンはここにきて初めて自分たちがどこにいるのかを、リアルに認識した。

 

(ラブホテルの円形ベッドの上...。

 

ヘッドレストの上には、ティッシュの箱とコンドームが2個並んでいて。

 

なんていう光景だよ)

 

 


 

 

~チャンミン~

 

「民ちゃん...パンツ見えてる」

 

「わっ!」

 

民ちゃんは短すぎるガウンの裾をかき合わせ、枕を引っつかんで膝の上に抱きしめた。

 

「民ちゃんときたら無防備過ぎるよ。

 

相手が僕でよかったね。

 

僕じゃなかったら、民ちゃん押し倒されてるよ」

 

ネオンピンクの照明の下でも、民ちゃんの顔がボッと赤くなったのが分かった。

 

民ちゃんに全てを打ち明けて、胸のつっかえが取れた僕は余裕を取り戻してきた。

 

民ちゃんに意地悪をしたくなってきた。

 

「押し倒されても文句は言えないよ」

 

民ちゃんの肩がビクッとした。

 

「ごめんなさい...。

そういうつもりじゃ、なかったんです」

 

警戒心のない民ちゃんに、僕は複雑な心境だった。

 

民ちゃんに「そういうつもり」が全然なかったことは、よく分かってる。

 

「チャンミンさん、お家に帰りたくないって言ってたし、

辛そうだったから、元気になってもらおうと...」

 

民ちゃんは本当に、お泊り「だけ」するつもりだったんだ。

 

「分かってるよ」

 

 

垂れ下がって片目を覆った前髪を、耳にかけてやった。

 

分かってはいたけど、寂しいなぁ。

 

民ちゃんと今夜、どうにかなってしまったら困るけど、何もないってのもなぁ。

 

「ありがとう、民ちゃん」

 

民ちゃんは、目を伏せたまま「どういたしまして」とつぶやくように言った。

 

怪しい照明が民ちゃんの顔に、怪しい影を作っていて、僕のとは違う、ややふっくらとした頬のラインや小振りの顎に気付いて、胸が苦しくなった。

 

 

僕と同じ顔をしているのに、どうして民ちゃんは男じゃないんだよ。

 

どうして女の子なんだよ。

 

民ちゃんの目には、僕は「男」として映っていないんだろうか?

 

 

知らず知らずのうちに握りしめていた手をほどいて、民ちゃんの肩にかけた。

 

「ひゃっ!」

 

 

力任せに民ちゃんを仰向けにベッドに押し倒した。

 

 

真ん丸の目で僕を見上げる民ちゃんが可愛すぎて。

 

 

民ちゃんの首筋の、柔らかくて薄い皮膚に僕は唇を押し当てた。

 

 

ミルクのようないい香りがする。

 

 

無防備過ぎる民ちゃんを滅茶苦茶にしたくなった。

 

 

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