【39】NO?-君の隣にいるのは誰?-

 

競技とショーイングを終えた面々は、結果発表を待つだけとなった。

 

カイとA、民は自販機で買った冷たい飲み物で一服をしていた。

 

競技会では審査員たちがボードを片手に、ステージにずらりと並ぶモデルをつぶさに見て審査していく。

 

息がかかるくらい顔を近づけてカットラインを観察したり、中には胸ポケットに入れたコームでカラーの染まり具合を確認する審査員もいた。

 

その間、民は息を止めて腰に片手を当てたポーズをキープしていた。

 

長時間の同じ姿勢でいたのと大勢の人からの視線、眩しく熱いライトで、民はへとへとだった。

 

「記念写真を撮りましょうよ」

 

一息ついた後、Aはカイと民を誘う。

 

「いいね!」

 

「民さん、あの柱の前に立ってください」

 

カイは携帯電話を片手に、背景にうってつけの太い柱を指さした

 

写真を撮られることが苦手な民だったが、一生に一度あるかないかの晴れ姿だ。

 

ステージに上がった高揚感も手伝って、カイの指示通りにポーズをとる。

 

「私の携帯電話でも撮ってください」

 

「もちろん」

 

「最後は3人一緒に!」

 

近くにいた者にカメラマンを頼んで、3人顔を寄せ合って笑顔の1枚をおさめた。

 

短い期間だったが共に頑張った「戦友」同士の記念写真だ。

 

民は口元をほころばせながら撮影した写真を1枚1枚見ていく。

 

(カットモデルをやってみてよかった。

カイさんもAちゃんも、いい人だった。

一生懸命になってる人たちの側にいられて、楽しかった。

それから...こんな自分は初めて!)

 

かかとは靴擦れを起こしてヒリヒリしていたし、肩も腰もバリバリと音がしそうなくらいに凝っていたけれど、民は幸せだった。

 

その中の1枚に、気取ってポーズをとった後恥ずかしくなって顔をくしゃくしゃにして笑った写真があった。

 

目は糸のように細く、思い切り笑っていたため歯茎も見えてしまっていたが、「この写真が一番好きだ」と民は思った。

 

(チャンミンさんに送ってあげよう)

 

撮ってもらった中から、選りすぐりのものを5枚ほど続けさまに送信した。

 

 


 

~民~

 

 

今は仕事中だから、休憩時間に見てくれるといいな。

 

きっと驚くだろうな。

 

こんな私でも、綺麗に見える時があるんですよ、って。

 

そこで、初めて気づいた。

 

綺麗に撮れた写真を真っ先に見てもらいたいのは、お兄ちゃんや友達や、それからユンさんでもなく、チャンミンさんだということに。

 

平日開催のコンテストに、会社勤めのチャンミンさんを誘うわけにはいかなかったが、もし週末開催だったとしたら、絶対にチャンミンさんを招待していたのに。

 

実は、ユンさんを招待したことをほんの少しだけ後悔していたのだ。

 

ランウェイでユンさんを見つけた時、嬉しさよりも猛烈な恥ずかしさが自分を襲った。

 

「見られたくなかった」と思った。

 

仕事を通じた顔しか知らないユンさんに、私の赤裸々な部分を見せるのは、まだタイミング的に早いと思った。

 

そして、ユンさんは秘密だらけで、求められてもいないのに自分をさらけ出すのは怖いと思った。

 

憧れの人には、丸ごとの自分を見せたくない

 

でも、チャンミンさんには丸ごとの自分を見せても大丈夫だという安心感があった。

 

なんでだろうね。

 

顔が似ているから?

 

チャンミンさんは優しい人だから?

 

分からない。

 

私はため息をつくと空いているベンチに腰掛け、ロビーのあちこちで写真撮影をする人々を眺めた。

 

カイさんとAちゃんは、「また後で」とどこかへ行ってしまった。

 

今後の勉強のため、気になるスタイリングを写真におさめにいったのだ。

 

私の方も可愛いモデルさんが何人かいたので、見かけ次第声をかけて写真を撮らせてもらことにした。

 

ごく稀にプロのモデルさんもいるけれど、大半はスカウトされたり、知人友人関係なんだとか。

 

「失礼ですが、男の方ですか?」と、何度か尋ねられた。

 

いつもだったら苦笑まじりに「女です」と答えていたけれど、今日は「はい、そうです」と真逆なことを言える余裕があった。

 

カイさんと同じテーマの「フューチャー」のモデルさんたちは、シルバーや白、ブルー系統でまとめているものが多い。

 

ステージ上で「お!」と思ったのが、3人向こうにいたレインボーカラーに染めた「作品」。

 

「フューチャー」なのに7色にカラフルでポップだったから、同じテーマでも解釈によってガラリと世界観が変わるんだ、と思ったのだ。

 

グラデーションに染めるのは難しいとカイさんは苦労していたから、どうやって染めたんだろうと、そのテクニックが凄いと思った。

 

そう。

 

私たちモデルは、選手たちが作り上げた「作品」なのだ。

 

今の私は「私」じゃない。

 

カイさんの「作品」なのだ。

 

私という髪と顔と身体がキャンバスになっただけなのだ。

 

打ち込めるものと才能を持つカイさんやAちゃんが羨ましかった。

 

私も、自分自身の手で私自身を創ることはできるのだろうか。

 

自分の特技や趣味ってなんだろう、と考えていたら、

 

 

「民くん」

 

背後から聞き覚えのある声をかけられ振り向くと、ユンさんだった。

 

「ユンさん!」

 

慌てて立ち上がると、頭を下げた。

 

今日のユンさんは、麻のパンツにスモーキーピンクのサテン素材の開襟シャツを着ていた。

 

見慣れた白いシャツにチノパン姿とは違ったコーディネートに、ドキッとした。

 

豊かな黒髪を真っ直ぐ背中に垂らしているのに、涼し気な雰囲気だった。

 

半分裸みたいな恰好が恥ずかしい。

 

ユンさんを前にすると、自分のこと全てが恥ずかしくなってしまうのだ。

 

ユンさんはふっと笑って、指を伸ばし私の頬に触れた。

 

ユンさんの指がラメやグリッターで汚れてしまう、と心配した。

 

「民くんが綺麗を通り越して可愛らしくなっていて驚いたよ」

 

「嬉しい...です」

 

視線を落とすと、ジュート素材のスリッポンが目に入り、「ユンさんは、何もかもが完ぺきだな」と冷静に思っていた。

 

「結果は未だ?」

 

「はい。

あと30分か1時間くらい後に」

 

「優勝すると海外に行けるんだって?」

 

「はい」

 

「手ごたえは?」

 

「どうでしょうか...。

私の目には、全部優勝候補に見えてます」

 

ユンさんは周囲を見渡していたからきっと、カイさんを探しているだんと思い、

 

「集合時間までは解散なんです」

 

「そう。

じゃあ、しばらく俺が居ても大丈夫だね?」

 

「はい」

 

ユンさんに促されて私は、再びベンチに腰掛ける。

 

「民くんは本当にスタイルがいいんだね?」

 

「いえいえ、背が高いからですって」

 

「俺は事実を言っているんだよ?

もっと自信を持ちなさい」

 

少し前もユンさんから同じことを言われた。

 

「とても、よかった」

 

「ありがとうございます」

 

「次は...俺のモデルになるんだよ」

 

「あ...」

 

「綺麗に作ってあげるから」

 

ユンさんは私を覗き込むと、念を押すようにそう言った。

 

ユンさんの香水のスパイシーないい香りが、鼻腔をくすぐった。

 

 


 

 

俺はヘアスタイリングをもって表現する世界は知らないが、アーティストの目から言わせてみれば、民に似合い過ぎている。

 

民の持つ透明感を活かすあまり、本来のテーマが薄れてしまっている。

 

民の個性が出過ぎてしまっているようだ。

 

固く閉じた身体、少女性が見え隠れした無垢な顔、揺れる透明な瞳に不安感が見え隠れしている。

 

無垢が故に染まりやすいのだ。

 

今の民そのものを表しているじゃないか。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

 

民ちゃんの出番が終わった後も、僕はしばらく惚けた状態で席にとどまっていた。

 

気付くとショーイングは終了して、席を立つ者たちが僕の前後を通り過ぎていた。

 

腕時計を確認すると、Sが迎えに来てくれる時間まであと30分ほどあった。

 

民ちゃんに会いたくて携帯電話を取り出しかけたが、ポケットに戻した。

 

喉の渇きを覚えてロビーに出ると、人混みでごったがえしていてベンチは満席だった。

 

非現実的な恰好の者がちらほら見えるから、出場した選手やモデルたちもロビーで結果発表を待っているみたいだ。

 

この中に民ちゃんがいるかもしれない。

 

自販機で買った飲み物を飲みながら、人並みの中から民ちゃんの姿を探した。

 

ふと、民ちゃんと初めて会った日のことを思い出した。

 

あの日は駅の改札口で、今みたいにきょろきょろと民ちゃんを探しながら待っていたんだった。

 

当時と今とでは、抱えている心境が全く違う。

 

「いないか...」

 

諦めた僕は、飲み終えた缶をロビー端のゴミ箱へ捨てようとした。

 

 

あれは...?

 

柱の陰から見えたのは、上背のあるがっちりとした肢体に長髪の男。

 

淡いトーンでまとめたスマートな装いが周囲から浮いている。

 

「ユン...?」

 

どうしてここに?

 

会いたくない人物を見かけて別のゴミ箱を探そうと踵を返そうとした瞬間、ユンの背に隠れていた人物がちらりと見えて僕は立ち止まった。

 

 

「民ちゃん...?」

 

 

小さな頭、白い顔、黒髪に青いライン、シルバーの衣裳、まっすぐな脚、そしてあの笑顔。

 

僕の口の中が一瞬にしてからからになった。

 

「あの」ユンと「あの」民ちゃんが対面していることだけでもあり得ないのに、加えて二人の間に流れる親しそうな空気に僕の体温がすっと下がった。

 

ユンのことだから、綺麗な子を見かけてナンパのように声をかけているのでは、と思ったが、民ちゃんのふにゃふにゃになった表情が初対面同士のものには全然見えなかったからだ。

 

なぜ?

 

 

知り合いか?

 

 

ユンと民ちゃんとの接点が、これまでどこかであったのか?

 

 

下がった体温が急上昇して、かっかと熱くなった。

 

僕はつかつかと二人の元に接近する。

 

見逃せなかった。

 

 

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