【46】NO?-君が行方不明-

 

~チャンミン~

 

足をひきずるように帰宅した時には、午前2時を回っていた。

 

いつものコンビニにもいなかった。

 

近所の目についた飲み屋はひととおり覗いてみた。

 

不要な心配をかけてしまうと分かっていたが、Tへ電話をかけてみた。

 

「民?

いや、来ていないけど。

彼氏んちにでも行ってるんじゃないか?

彼氏がいればの話だが...ハハハハハ。

お前も心配性だなぁ。

兄の俺より心配してどうする?

もう大人なんだし、明日には帰ってくるさ」

 

Tの言う通り、民ちゃんは大人だし、外見もか弱い女の子風とはかけ離れている。

 

しっかりとした性格だし...。

 

それでも無性に心配してしまったのは、民ちゃんの無防備さが危なっかしいから。

 

「彼氏がいればの話だが...」のTの言葉。

 

嫉妬で胸が焦げそうになるけど、『例の彼』と一緒にいるのならまだ安心だ。

 

でも、僕の許可なく無断で外泊しているとしたならば、心穏やかでいられない。

 

民ちゃんは僕の恋人じゃないのだから、僕の許可なんかいらない、本来ならば。

 

身寄りのいない子犬に寝床と食物を与え続けたのに、その愛犬がもっと美味しい食べ物を求めて家を出て行ってしまった...そんな心境。

 

こんな考え...僕は何様だよ。

 

民ちゃんに衣食住を与えていただなんて...。

 

僕と民ちゃんは対等ではなく、民ちゃんは僕を頼らないとダメな子なんだって、そう考えていたかったんだな。

 

民ちゃんの部屋で、三つ折りにした彼女の布団を抱きしめるように、顔を埋めた。

 

民ちゃんの甘い香りがする。

 

我ながら変態じみている。

 

そんなこと、分かってる。

 

民ちゃんは僕にそっくりで、あんなに大きななりをしてるのに、男みたいな顔をしてるのに、どうして女の子なんだよ。

 

僕の分身みたいに瓜二つなところが、身内のような、自分の分身みたいな親しみさを生んだ。

 

もし、血の繋がりがあったとしたら、それこそ近親相姦になってしまうが、全くの他人であることに安心した。

 

この世に存在するという3人のうちの1人と出逢えたことが、非現実的で、奇跡みたいで、そんな民ちゃんは貴重な存在。

 

こうやって挙げたことよりも、もっと大きな理由。

 

僕が民ちゃんに惹かれた理由。

 

他の人たちだったら見逃してしまうようなこと、僕とそっくりだからこそ、気付けること。

 

それは何だろう、って今あらためて探っていた。

 

待て。

 

今はそれどころじゃない。

 

僕は布団に埋めた顔を上げ、起き上がってリビングに戻った。

 

リアは寝室にいるのか、出かけているのか分からない。

 

確かめる気も起きない。

 

例の小箱はリアが持っていってしまったようで、ここにはもう無かった。

 

アレの精度はどれくらいなのか、中身を確かめたかったから。

 

リアのことも、民ちゃんのことも、2人の女性のことで僕の心はキャパシティを超えそうだ。

 

2本立ての事件で息つく間もない。

 

民ちゃんが帰ってこない。

 

『例の彼』のところにいるんだ、きっと。

 

「あ...!」

 

僕の中にぽっと浮かんだ考え。

 

僕とリアとの会話を聞いてしまって、「リアが妊娠」とか「僕のこども」とかのワードにショックを受けていたとしたら...。

 

誤解を解きたい。

 

そして、誤解してショックを受けて欲しい。

 

僕とリアとのことで嫉妬していて欲しい。

 

 

 

 

興奮状態のせいで眠くならない。

 

出勤時間のぎりぎりまで待ってみたけど、帰ってこなかった。

 

電話も通じない。

 

民ちゃん、何してるんだよ。

 

直接仕事に行っているかもしれないと思い至って、忌々しいけれどユンのオフィスへ電話を入れた。

 

「やあ、チャンミンさん。

どうしました?

写真の校正はSさんへ渡しましたよ」

 

どこか面白がるような言い方にイラッとした。

 

「民ちゃ...じゃなくて、民は出社していますか?」

 

妹を案じる兄のような口調で、質問する。

 

「え?

民くんですか?

...それが、出社していないのです」

 

「そんな...」

 

僕の心臓はうるさいくらいに鼓動していた。

 

「どうしたのでしょう、あの子が無断欠勤とは。

あの子らしくないですね、お兄さん?」

 

「...突然、失礼しました」

 

と、電話を切ろうとした。

 

「待ってください。

どうしたのです?」

 

ユンは僕の様子がおかしいと察したようだ。

 

「チャンミンさんは、民くんと一緒に住んでいるのですよね?」

 

「...はい。

昨夜、帰って来なかったものですから」

 

「...そうですか。

昨日は元気よく仕事に来ていましたよ。

友人のところにでも、外泊したのでないですか?」

 

そう考えるのが普通だろうな。

 

「そうかもしれませんね。

無断で仕事を休むなんて...民に代わってお詫びします。

申し訳ありませんが、もし民が出社してきたら僕のところまで連絡をくれるように伝えて下さいませんか?

お願いします。

...では、切ります」

 

僕は目をつむって、焦燥感を落ち着かせようと大きく深呼吸をした。

 

着信がないか何度も確認した。

 

取引先との通話を終えて受話器を握りしめたまま、放心している僕に気付いたSも「最近の先輩は変です」と呆れている。

 

プライベートで何があろうと、職場には一切持ち込まなかった僕だったのに。

 

民ちゃんに関することだと、平静でいられない。

 

参った、本当に参ってる。

 

ユンからも民ちゃんからも連絡がない。

 

そして、10何度目かの発信でも、繋がらない。

 

そう。

 

僕を不安に陥れている理由は、受話器から流れる音声。

 

『おかけになった番号は、電源が切られているか電波の届かない場所に...』

 

もの凄く嫌な予感がした。

 

 


 

 

~リア~

 

 

人の好いチャンミンのことだから、「僕がなんとかするよ」って、責任をとろうとすると予想していたのに。

 

もしかしたら覚えていないだけで行為はあったかもしれない、って思いこむかと予想していたのに。

 

疑うことをしない、純朴な大型犬みたいな人だから。

 

私にぞっこんだったのに捨てようとした負い目から、別れを撤回してくれるかと思ったのに。

 

浮気を知って、「僕じゃ物足りなかったんだね、ごめん」って、不甲斐なさから謝ってくるかと思ったのに。

 

浮気の末の妊娠で、その浮気相手を頼れないといった状況で、途方にくれているような私を、ほっとけない人だったのに。

 

あんなに怒るなんて。

 

「僕には関係ない」なんて、チャンミンらしくない。

 

私の見込み違いになってしまった。

 

どうしたらいいの?

 

チャンミンは血相を変えて出かけて行った。

 

「好きな人」とやらに会いにいったのかしら。

 

チャンミンの方こそ、「浮気」してるじゃない。

 

私と別れたがったのも、私が留守がちだのあれこれ理由を述べていたものの、結局は「好きな人ができた」のが理由だったなんて。

 

どこの誰?

 

チャンミンのことだから、仕事繋がりでしょうよ。

 

直近に盗み見したチャンミンの携帯電話の履歴を、思い出そうとした。

 

新しく加わった名前はなかった。

 

私は切羽詰まっていた。

 

ぬくぬくと温かい居場所を失いそうだったから。

 

「あの人」には未だ、切り札となるこのことは伝えていない。

 

先の心配は、「あの人」の反応をみてからにしよう。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

身を投げ出すようにソファに横たわった。

 

これで何十回目になるのか、携帯電話を睨みつける。

 

結局、今日一日待ってみたが、民ちゃんから連絡はなかった。

 

あの子は何やってんだよ。

 

「どれだけ心配してるか...」

 

知らず知らず、口に出していた。

 

「いい年して、家出かよ...」

 

帰ってきたらお尻を叩かないと。

 

お尻を叩いて説教しないと。

 

 

 

 

「ただいま、です」

 

僕に怒鳴られることを分かっているのか、両眉を下げて上目遣いで、足音をたてないように民ちゃんが帰ってきた。

 

ソファに横になった僕の傍らに正座した民ちゃんは、「ごめんなさい」って小さな声で謝る。

 

僕は仏頂面で、しばらく目を合わせてやらない。

 

民ちゃんは僕の手を握って、「ごめんなさい」と今度ははっきりとした声で謝った。

 

民ちゃんの長い前髪が、はらりと片目を覆ったけど、今日の僕は指を伸ばす気にもならない。

 

民ちゃんの手を払いのけた。

 

僕の乱暴な行為に、民ちゃんは拒絶された手をそのままに、下がった眉をもっと下げた。

 

「今まで、何してたの?」

 

「えっと...」

 

俯いて言いよどんでいる。

 

僕はむくりと身体を起こし、床に座った民ちゃんを怖い目で見下ろす。

 

民ちゃんの目は赤くなっていて、僕の怒りに怯えた表情をしていた。

 

折り曲げた小さな膝頭や、細い鎖骨や太ももの上で握った小ぶりの手から、目を反らす。

 

「どこで、何をしてた?」

 

「散歩を...してました」

 

「こんな時にふざけるなって!」

 

僕の剣幕に、民ちゃんは身をすくめた。

 

「本当です。

歩いてました」

 

「誰といた?」

 

僕が最もしたかった質問を、とうとう口にしてしまう。

 

「え...?

一人ですけど」

 

「嘘をつくな!」

 

「......」

 

「誰といた?」

 

民ちゃんの澄んだ綺麗な瞳が揺れた。

 

 

 

「...ユンさんです」

 

 

「!!!」

 

 

手の中のものが、振動と共にけたたましい音をたてて僕は飛び起きた。

 

発信者はT。

 

「もしもし!」

 

最初はTの喋る内容が、頭に入ってこなかった。

 

病院、だとか。

 

事件、だとか。

 

救急車、だとか。

 

警察、だとか。

 

「どこ?」

 

全身が冷えていった。

 

ぶわっと皮膚の表面に冷や汗が浮かんだ。

 

意識がどうの、と言っている。

 

電話の向こうのTは、相変わらず声が大きかった。

 

緊急事態であっても慌てている感じがしないのは、Tとはそういう奴だからだ。

 

連絡を受けた僕の方が、よっぽど慌てふためいている。

 

電話を繋いだまま僕は玄関に走る。

 

脱ぎ捨てた靴をつっかけて、部屋を飛び出す。

 

表通りへ出て、タクシーの空車に向かって手を挙げる。

 

『チャンミン、落ち着けって。

今夜は俺だけで十分なんだって』

 

「そっちに行くから!」

 

『おい!

チャンミン!

話を...』

 

通話を打ち切った僕は、タクシーのシートに身を預け、額を流れる汗を手の甲で拭った。

 

さっきの民ちゃんは、夢枕に現れたのだろうか。

 

この世を去る前に、僕に別れを告げにやってきたのだろうか。

 

くっくっと胸が痙攣した。

 

こぶしで嗚咽を堪えた。

 

 

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