【48】NO?-君を騙しているのかな?-

 

~民~

 

はあぁぁぁぁ?

 

チャンミンさん!

 

何を言い出すんですかー!

 

私の『彼氏』ですって!?

 

チャンミンさんが投下した爆弾発言。

 

チャンミンさんは、私をびっくりさせてばかりだ。

 

カーテンから覗かせた顔を見て、「わぁ、チャンミンさん」って声をあげそうだった。

 

でも、我慢して開きかけた口を閉じた。

 

嬉しい気持ちが、その後すぐにぎゅっと嫌な思いで覆われたから。

 

今一番会いたくない人を見て、動揺してしまった自分を必死で堪えて、不機嫌な表情でいた。

 

絶対に笑ってやるもんか、って。

 

私のところに来るよりも、側にいなくちゃいけない人が他にいるでしょう?って。

 

本心は嬉しかった。

 

嬉しかったけど、迷いなく喜べなかった。

 

チャンミンさんとリアさんが緊迫した空気を作っていて、しかも私が首を突っ込めない話題で、あの場を離れるしかなかった。

 

チャンミンさんと目が合ったから、あの場に私がいたことはちゃんと認識していたはず。

 

ショックを受けた私を案じて...弁解をしようと、私を追っかけてきてくれたらいいな、なんて思った。

 

チャンミンさんの嘘つき。

 

半年以上、リアさんとエッチしてないって言ってたくせに、どうしてリアさんに赤ちゃんができるのよ。

 

リアさんは恋人なんだから、リアさんと「そういうこと」するのは当たり前のことなのに。

 

チャンミンさんは、リアさんを支えていかないと。

 

引っ越しも中止して、あのお部屋でリアさんと暮らし続けるんだ。

 

全然、喜ばしいことじゃない、私にとって。

 

どうしてだろう。

 

どうしてこんなに面白くないんだろう。

 

どうしてこんなに、私の心は狭いんだろう。

 

チャンミンさんに甘えられなくなることが、どうしてこんなに寂しいのだろう。

 

お兄ちゃんみたいだけどお兄ちゃんじゃなくて。

 

優しいくせにしょっちゅう私を触ってくる、ちょっとスケベな人。

 

触られて嫌じゃなくて、もっと触って欲しいなぁ、なんて思う自分もいて。

 

だから、チャンミンさんが他の女の人...リアさんといちゃいちゃされると嫌な気持ちになるんだ。

 

今頃になって、ようやく気付いた。

 

私はチャンミンさんのことを、異性として見ているんだ。

 

私のことをちゃんと、「女」として扱ってくれた初めての男の人だから。

 

『民ちゃんは女の子なんだよ』って、しょっちゅう言ってた。

 

毎回聞き流していたけど、チャンミンさんは私のことを「女の人」として見てくれていて、

 

それにもかかわらず私は、チャンミンさんを異性として意識したらいけない気がして、心にストップをかけていた。

 

だって、チャンミンさんには「彼女」がいるんだもの。

 

『リアとは別れるつもりだ』と聞いた朝の食卓で、嬉しいと思ってしまった自分がいた。

 

 

 

 

チャンミンさんをこらしめてやりたかった。

 

忘れてるフリをした。

 

頭を打った拍子に、チャンミンさんのことなんて、忘れちゃってるフリをした。

 

リアさんと結婚するかもしれないチャンミンさんなんて、知らない。

 

チャンミンさんに抱く不信と苛立ちの感情が、私を意地悪にさせた。

 

リアさんと仲の良いチャンミンさんなんか、これ以上知りたくない。

 

「あなたは誰?」って、チャンミンさんなんか「知らない」って言ってみた。

 

記憶喪失の人みたいに。

 

うんと冷ややかに聞こえるように、演技した。

 

チャンミンさんのショックを受けた表情。

 

心底哀しそうな顔をした。

 

意地悪で子供っぽい私は、「チャンミンさんなんか知らない」を貫いた。

 

そうしたら、チャンミンさんは焦ってきて、「僕だよ、チャンミンだよ」って何度も繰り返した。

 

そのうち引っ込みがつかなくなって、「冗談です」って言い出せなくなってしまった。

 

それくらい、チャンミンさんは真剣だった。

 

チャンミンさんに何て言ってもらいたかったのかな。

 

チャンミンさんにとって私はどんな存在なのか、はっきりと聞いてみたかったのかな。

 

「大事な存在だよ」みたいな言葉を期待してたのかな。

 

私は幼稚だ。

 

大きな体を持て余してる甘ったれ屋だ。

 

口ごもって目を伏せたチャンミンさんは、顔をあげると今まで見たことがないくらい真剣な面持ちに変わっていた。

 

私をまっすぐに見つめて言った。

 

予想もつかないチャンミンさんの言葉。

 

 

「僕は民ちゃんの彼氏だよ」

 

 

はあぁぁぁ?

 

 

チャンミンさんはやっぱり、私をビックリさせる人だ。

 

心のキャパシティを一気に超えて、溢れて、洪水になって、私の頭は真っ白になってしまった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

しまった!

 

僕の願望を、そのまま口にしてしまった。

 

「彼氏」って...「彼氏」って...僕は馬鹿か?

 

僕の言葉に、固く冷たかった民ちゃんの表情が緩んだ。

 

ぽかんとした顔。

 

続きの台詞を待っているかのような、問うような眼をしている。

 

そりゃそうだろう。

 

目の前に知らない男がいて、突然「君の彼氏だよ」なんて聞かされたら。

 

僕の気持ちをはっきりと口に出せなくて、リアとのことが決着してから本腰を入れようと思っていたのに、今回の非常事態で頭がいかれたんだ。

 

僕の恋愛の始め方とは、段階を踏むとか、相手の意志を確認してからとか、理性を働かせたものだ。

 

激しく恋に落ちたリアとの時も、順序を守っていた。

 

確かに、双子みたいな民ちゃんだから、他の人以上に親近感は抱きやすい。

 

元は1つだったのが、2つに分かれてしまって、再び1つに戻ろうするみたいに。

 

民ちゃんに触れたくて触れたくて。

 

触れてしまってから、「なーんてね」って冗談めかして誤魔化して。

 

伸ばした手を払われてしまい、それならば言葉で民ちゃんに近づこうと考えて、思いついた結果がこの発言。

 

僕は馬鹿か?

 

民ちゃんを前にすると、数センチずれたことをしでかしてしまう。

 

 


 

 

~チャンミンと民~

 

 

「民ちゃん?」

 

目も口も大きく開けて固まってしまった民の肩にチャンミンは手をかけた。

 

民の身体は弛緩していて、容易にぐらりと揺れた。

 

「思い出した?」

 

(ええい!

このまま突っ走ろう)

 

しばし空を彷徨わせていた民の焦点がチャンミンと合う。

 

「うーんと...あまり...」

 

(どうしよう!)

 

民は顔をしかめながら、上半身を起こした。

 

チャンミンに見下ろされ続けるのは、顔が近くて恥ずかしかったからだ。

 

「私...の、彼氏さんでしたか」

 

「...えっと...。

そう!

そうだよ」

 

チャンミンの声は上ずったものなってしまう。

 

「そうですか...」

 

(チャンミンさんったら...冗談にしてくれないんだ)

 

民の頭頂部の髪がネットからはみ出してはねている。

 

チャンミンは傷に触らないよう、ずれたネットを直してやる。

 

その手つきが優しくて、民は泣き出しそうになる。

 

(チャンミンさんはいつも優しいの)

 

「どれくらい、前ですか?」

 

「民ちゃんがこっちに来てからだから...一か月だよ」

 

「未だそれ位なんですか...最近ですね」

 

(まずい。

引っ込みがつかなくなってきた)

 

「へえぇぇ。

私はチャンミンさんの『彼女』ですか...」

 

(『彼女』だって。

いい響きだ)

 

ふふふっと民は笑う。

 

自分がついた嘘に、思いきり拒絶されるかと覚悟していたチャンミンは、「本当は違うんだけどな」と複雑な心境になる。

 

すんなりと受け入れた様子の民に、「嘘うそ!冗談だよ」と先ほどの発言を打ち消せなくなっていた。

 

(困ったな...。

チャンミンさんに意地悪したかっただけなのに、おかしな展開になってしまった)

 

一方、民の方も、チャンミンのことを忘れてしまった演技を続けるしかなかった。

 

(でも...悪くない。

イイ感じだ)

 

(これが本当の話だったら、どんなによかったか)

 

お互いに複雑な思いを抱えて、流れにのって「フリ」を続ける。

 

民はかけ布団を足でよけると、胡坐をかいて座りなおした。

 

「点滴が邪魔、ですね」

 

民が俯いた拍子に、病衣の合わせから民の薄い胸がのぞいて、チャンミンは即座に目を反らす。

 

「あっ!」

 

病衣のウエストゴムから、シリコンチューブがベッドの下へと続いていることに気が付いた。

 

(おしっこのヤツだ。

恥ずかしい!)

 

幸いチャンミンがいる反対側にそれは吊るされている。

 

「チャンミンさん...でしたよね」

 

「ん?」

 

「絶対にこっちを見ないでくださいよ」

 

「何を?」

 

「いえ、何でもないです」と民の視線の先を覗こうとするチャンミンの頬を押しのけた。

 

「気になるなぁ」

 

「気にしないでください」

 

ぐいっと力強く押しのけられた頬をさすりながらチャンミンは、「やっぱり民ちゃんは力持ちだ」と思う。

 

(話題を変えよう!

えーっと、もし自分が記憶喪失だったとしたら、チャンミンさんと顔を合わせた時に、何を思うかな...)

 

民は想像力を働かせる。

 

(そうそう!

私たちにとって、重要ポイント!)

 

「どうしてチャンミンさんは、私と同じ顔をしているんですか?」

 

(ここが驚きポイントなのよ、普通。

チャンミンさんの顔を見て、何の疑問もわかなかったら、おかしいからね)

 

「えっ!?」

 

「双子のお兄さんなのかと思い込みそうでしたが、違いますよね?

兄は一人しかいないので」

 

「それはね...」

 

気の利いたことを言えないかと、チャンミンはしばし天井を見上げ思案した。

 

(よし!)

 

「この世には、自分とそっくりな人間が3人いるって、よく言うだろ?

そのうちの一人なんだよ。

僕らはなかなか...運命的だよね」

 

(これが僕の本心だ)

 

「運命ですか...」

 

ところが直後、民の心がすうすうした。

 

(リアさんがいるのに、

すぐにバレるような嘘をつくなんて、チャンミンさんはどういうつもりなんだろう。

『運命』なんて、簡単に言っちゃうんだから。

 

チャンミンさんって見かけによらず、実は相当な女たらしなんだ。

私をからかっているんだ。

 

そうだとしても、こんなやりとりはくすぐったくて、楽しい)

 

「あの...。

チャンミンさんは、ここに居ていいんですか?」

 

民は探りをいれる。

 

リアの側にいないといけないのに、民に会いに来ているチャンミンに。

 

それだけじゃなく、「彼氏」の振りをしているチャンミンに。

 

「それは...」

 

リアの顔が一瞬浮かんだチャンミンは、首を振ってその像を打ち消した。

 

「居ていいに決まってるよ。

民ちゃんは僕の大事な人だから、僕はいくらだってここに居るよ。

いい加減に帰れ、って看護師さんに怒られるまで」

 

(大事な人...)

 

民の胸はじーん、と温かいもので満たされる。

 

(奇妙なシチュエーションで聞かされた言葉だけど...嬉しい。

うん、とっても嬉しい。

この言葉が欲しかったんだ)

 

民は手を伸ばすと、おずおずとチャンミンの人差し指を握った。

 

(あ...。

一度だけ、「チャンミンさん、大好きです」って首にかじりついたことがあったっけ。

あの時は、なんの抵抗もなく甘えられたのに。

今の私は、指1本触ることが恥ずかしくてたまらない)

 

人差し指が民の手で包み込まれ、チャンミンの心はドキンと跳ねた。

 

(よかった。

民ちゃんに近づけた)

 

チャンミンは民の手を握りなおすと、ホッと安堵の息を吐いた。

 

 

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