56.好きのその先 -TIME第2章-

 

「シヅクが、好きです」

 

「......」

 

「シヅク?」

 

不安になったチャンミンは、シヅクの背中をつついた。

 

シヅクを覗き込まなくても分かった。

 

寝息。

 

「寝ちゃったのか?」

 

チャンミンは深いため息をつくと、再びこぼれ落ちた涙を手の甲で拭った。

 

「なんだよ...」

 

(初めてだったのに。

シヅクったら、寝てしまうなんて...。

僕の「好き」を聞いてもらえなかった)

 

目尻から次々とこぼれた涙がこめかみを通って、髪を濡らしていく。

 

(どうして涙が出るんだよ...!)

 

「恥ずかしい...」

 

 


 

 

~シヅク~

 

 

私の心臓は痛いくらいにドキドキしていた。

 

気まずくって寝たふりをしてしまった。

 

どうしよう!

 

チャンミンに応えてあげないといけないのに!

 

チャンミンの告白はびっくり仰天、予想外過ぎた。

 

チャンミンの好意は、さりげない言動から伝わっていたけれど、まさか実際に言葉にしてくるとは思いもしなかった。

 

「任務」のために、チャンミンのことを1年間モニタリングしていた。

 

チャンミンの「変化」を注意深く観察していた。

 

チャンミンが熱を出したあの日を境に、チャンミンに「変化」が訪れた。

 

無感動、無感情だったのが、みるみるうちに感情を取り戻していった。

 

実のある会話を交わせるようになってきた。

 

チャンミンの心は、足跡ひとつない朝の新雪。

 

固く閉じられていた扉が開いて、最初の足跡をつけたのは私だ。

 

チャンミンが私に向ける愛情は、「刷り込み」に近いものだったとしても、あんなに綺麗な男の子(男の子っていう年じゃないけどね)に、「好きだ」と言われちゃったりしたら、涙が出るほど嬉しい。

 

こういうことはよくある、と話はきいていた。

 

感情が花開いたその場に立ち会うことの多い『観察者』は、『被験者』たちの変化に感動する。

 

長期間、つかずはなれず側で見守り続けてきたからこそ、その感動が大きいのだ。

 

今の段階で私の口から真実を伝えることは、規則で禁止されている。

 

今すぐ教えてあげたいのに。

 

チャンミンの気持ちに応える前に、教えてあげたい。

 

私の正体を知らせてあげてから、チャンミンの気持ちに応えたい。

 

私もチャンミンのことが好きだよ、って。

 

私も好き、と伝えたら、チャンミンはどうするんだろう。

 

好きと気持ちを伝えたその先、どうしたらいいのか分からないだろうな。

 

キスのその先を、チャンミンは知らない。

 

「先のこと」なんていいじゃない。

 

今の気持ちに素直になればいいじゃない。

 

素直になれないのは、恐れていることがあるからだ。

 

それは、近い将来に真実を知らされたチャンミンが、拒絶の目で私を見るかもしれないこと、

 

そして、私のことを嫌いになるかもしれないこと、

 

でも、これらは全部私の悪い予感に過ぎないかもしれないじゃない。

 

真実を知った後の気持ちの変化については、チャンミン自身が持つ性格や思考に左右されるものだから。

 

過去のデータだと、拒絶される場合とより親密になる場合と半々らしい。

 

そんなことを、わずか30秒くらいの間に考えた。

 

全身がかっかと熱く、頭がボーっとしているけれど、フル回転で考えた。

 

チャンミンに拒絶されるのが怖いから、チャンミンの「好きだ」を無視する気なのか?

 

チャンミンのことが好きなんだろう?

 

拒絶されたらその時だ。

 

受け止めようではないか。

 

チャンミンのぎこちない思いやりの示し方や、ぶっきらぼうなところ、奥手そうで実は積極的なところ。

 

的外れなところも多いけれど、それは仕方がない。

 

彼なりに一生懸命考えて、よちよち歩きで成長しているんだ。

 

それに...。

 

「!」

 

ベッドサイドに置かれた洗面器を見て、ヒヤリとした。

 

「アレ」を見られちゃったな。

 

びっくりしただろうなぁ。

 

チャンミンのことだから、気付かないふりをしていそうだな...。

 

やだな。

 

涙が出てきた。

 

なんでだろ。

 

さらに30秒の間で、結論が出た。

 

シヅクさんは肚をくくったぞ。

 

チャンミンとのキスのその先を、2人で楽しもうじゃないの。

 

よし。

 

「シヅク...?

寝ちゃったのか?」

 

チャンミンが、私の背中を突いている。

 

ため息をついて「恥ずかしい」とつぶやいている。

 

私は勢いよく寝返りを打って、チャンミンと向き合った。

 

「チャンミン」

 

「ん?」

 

仰向けになったチャンミンが、横目で私を見た。

 

泣いてるのか?

 

薄暗い灯りの元、チャンミンの目が光っていた。

 

鼻をぐずぐず言わせていた。

 

どうしてチャンミンが泣いているんだよ...。

 

 


 

 

「泣くなチャンミン」

 

シヅクは指先でチャンミンの涙を拭った。

 

「シヅク...」

 

眉を下げたチャンミンの顔がくしゃくしゃにゆがんだ。

 

「僕は...」

 

あっという間に、シヅクはチャンミンの胸元に引き寄せられていた。

 

チャンミンは火の塊みたいに熱いシヅクを、力いっぱい抱きしめた。

 

(チャンミンにハグされるのは、これで...2度目か?

こらこら、冷静に何考えてるんだ、私?)

 

「聞こえてた?」

 

「うん」

 

「僕の言ったこと、聞こえてた?」

 

「聞いてたよ」

 

「シヅク、寝たふりしてただろ?」

 

(どきぃ)

 

「寝てたよ!

うとうとと。

クスリ飲んだし、熱あるし、ぼーんやりなわけ」

 

「で?」

 

「で、って?」

 

「僕は、シヅクのことが好きです」

 

チャンミンはシヅクを抱く腕に力をこめる。

 

(潔い男だなぁ。

こうもはっきり言われると、調子が狂う。

よし!

私も応えないと)

 

「私も...」

 

シヅクは熱めの湯船に浸かっているかのようだった。

 

38.5℃の体温と、緊張と照れで火照ったチャンミンに包まれて、のぼせそうだった。

 

「私も...好き」

 

チャンミンの腕が一瞬ピクリとしたが、無言のままだった。

 

「......」

 

「こらこら、黙るな」

 

(聞えなかったのか?)

 

「私も、チャンミンのことが好きだよ」

 

「......」

 

「おーい。

チャンミン?」

 

「......」

 

「おい!」

 

「......」

 

「好きだって、言ってんだよ!

聞こえただろ?」

 

チャンミンの胸が小刻みに揺れている。

 

「チャンミン?」

 

(まさか、面白がって笑っているのか?)

 

「おい!」

 

チャンミンを睨みつけようと、胸にくっつけていた顔を上げた。

 

「え!?」

 

チャンミンが嗚咽の声を漏らして、泣いていた。

 

「チャンミン...」

 

シヅクはチャンミンの背中を撫でてやる。

 

「泣くなよ」

 

「だって...」

 

チャンミンはシヅクを深く抱きしめ直して、シヅクの肩に目頭を押しつけた。

 

熱い涙が次から次へと溢れてきて、シヅクのパジャマを濡らしていく。

 

(チャンミン、泣き過ぎだよ)

 

「僕は...嬉しい」

 

「うん、そうだね」

 

「シヅク...好きです」

 

「うん、私も好きだよ」

 

「...嬉しい」

 

「私も、嬉しいよ」

 

(幸せな気持ちというのは、今の気持ちを言うんだろうな。

僕は、幸せだ。

シヅクが僕のことが好きなんだってさ。

幸せだ。

僕もシヅクのことが好きなんだ)

 

「好き」の応酬に疲れた2人。

 

顔を見合わせて苦笑し合う。

 

「チャンミン、鼻水垂れてるよ」

 

「え?

...ホントだ」

 

「しょうがないなぁ」

 

シヅクはパジャマの袖口で、チャンミンの目と鼻をごしごし拭ってやった。

 

 

「......」

「......」

 

自分たちが置かれた状況にはたと気付いた2人の間に、気まずい空気が流れた。

 

(僕はどうして、シヅクのベッドにいるんだ!?

看病するはずが、シヅクと一緒に寝ててどうするんだ!?)

 

(ちっとばかし、くっつき過ぎやしないか?)

 

「チャンミン...腕、離して。

トイレに行きたい」

 

口実を思いついたシヅクは、チャンミンの胸を叩いた。

 

「ごめん!」

 

チャンミンの腕から抜け出すと、シヅクは半身を起こした。

 

(いったん身体を離そう。

クールダウンが必要だ)

 

ぐらりと視界が回る。

 

「おっと!

ふらふらじゃないか!」

 

すかさずチャンミンがシヅクを支えた。

 

「うん...だいじょうぶ...」

 

シヅクの動きが止まった。

 

(足!)

 

床に下ろそうとした脚を素早く布団に隠した途端、

 

「わっ!」

 

チャンミンに抱き上げられて、ふわっとシヅクの視界が高くなった。

 

「こらっ!

チャンミン!」

 

チャンミンの歩みに合わせて揺れるシヅクの裸足に、チャンミンは目をそらさないし、何も言わない。

 

(見られたくないものが、丸見えだ)

 

いたたまれなくなったシヅクは、チャンミンの首にしがみついて顔を埋めた。

 

「......」

 

意外にがっしりとしたチャンミンの首に、無言で頬をくっつけていた。

 

(お姫様抱っこなんて...照れるんですけど)

 

チャンミンはシヅクをトイレの便座に下ろすと、「終わったら呼んでね」とドアを閉めた。

 

「ふう」

 

シヅクは白い天井を振り仰いだ。

 

(夢の中みたい。

吐きそうに具合が悪いのに、頭はふらふらなのに、

喜びがふつふつと湧き上がってくる。

嬉しいよぉ)

 

心の中で「きゃー」っと叫んで、シヅクは自分を抱きしめる。

 

(チャンミンが私のことを好きだって。

私も言っちゃった。

両想いだって。

青春ドラマみたい。

大事件だ大事件だ!!)

 

 

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