「上書きしてやるよ」
そう言って、首の付け根を強く吸われた。
背中にのしかかった彼の重み。
腰をきつくひき寄せられて、これ以上はない程ぴったりと密着して。
「いいか?」
許可なんていらない。
頷いた直後、僕の目の前で光が弾けた。
マットレスに組んだ腕で口を塞ぐ。
悦びの声なのか苦痛の声なのか、どちらともとれる、おかしな声をあげてしまいそうだったから。
嬉しいのか、怖いのか、悲しいのか、幸せなのか...いろんな想いがいっしょくたになって、何がなんだか分からない。
時間をかけて腰を沈めたのち、ユノは
「動かすよ?」と、僕に尋ねた。
その言い方が優しくて、まぶたの奥が熱くなった。
「チャンミンのことがずっと、好きだったんだよ」とユノは言った。
僕にとって、ユノとはどんな存在だったんだろう。
立ち止まって、あらためて考えてもみなかった。
隣に居て当然の存在だった。
面白くて楽しくて、ほっとくつろげて。
ユノと居ると、僕は僕のままでいられた。
「気持ち悪い」と眉をひそめる者も多い中、初めて会ったときからずっと、ユノは平然とユノのままだった。
「で、男が好きって、どんな感覚なの?」と尋ねられた時は、
「女の子を好きになったことはないから比較はできないけど...。
胸がドキドキして、いっつもその人のことを考えていて、近寄りたい、仲良くなりたい、って思うかなぁ。
好きになるって、そういうものじゃないですか?」と答えた。
「ふぅん...」
僕の話を興味深げに聞いた後、ユノは僕に問う。
「男のどういうところを見て、ムラムラっとくるのさ?」
「えーっと。
もちろん、顔でしょ。
身体のパーツで言うと...腕の筋肉とか、ぷりっとしたお尻とか、髪をかきあげるときとか...。
いっぱいありますよ」
僕はその当時好きだった、パソコン教室の講師のことを思い浮かべながら答えた。
「ふぅん...。
じゃあさ、チャンミンは俺を見てもムラムラっとくるときがあるのか?」
その時..まだ2年生だった頃だ...ユノの真顔にドキッとした覚えがあった。
ユノのパーツを挙げて...例えば、笑った時の目尻や、大笑いした時の声とか、「どうした?」って僕に尋ねる時の頼もしさとか...。
そうじゃなくて、ムラムラっときたとき...実はいっぱいあった。
ユノに気付かれないように、そうっと観察していた。
たまに、股間が大変なことになりそうな時があって、ユノにバレないようにするのに苦労した。
ユノの中に男を感じてムラっとくるのは、男が好きな僕の嗜好のせいだって、片付けていた。
ユノは男だもの。
実はそれだけじゃなかったのかな。
スリムなパンツを履いたユノの、あそこばかり目がいってしまうのは、ユノと裸で抱きあって、あそこに顔を埋めたい、そして僕の中に埋めて欲しいと望んでいたからなのかな。
でも、具体的に挙げたらユノを引かせてしまうのが心配だった。
だから僕は、こう答えた。
「ユノ相手にムラムラくることはないですよ。
だって、ユノは親友なんですよ。
そういう目で見たことはありませんよ、安心してください」
ホッとするのかなと思ったら、ユノはちょっとがっかりした顔をしていたから、「あれ?」と思ったんだった。
もしかしてあの時、正直に答えていればよかったのかな。
僕の大事な人...それはユノ。
そんなユノに対して、恋愛じみた想いを持ったり、性的な視線を注いだらいけない気がしたんだ。
ユノを汚してしまいそうで。
いやらしい気持ちを持っていると知られたら、僕の隣を歩いてくれなくなるかもしれない。
ユノはユノ。
女でも男でもない、友人以上の存在、でも恋愛感情は差し挟まない関係。
僕の大事な人...それはユノ。
僕を抱きしめていた腕をほどいて、「医者にいかなくていいのか?」と訊いた。
「行きたくないです」
僕は首を横に振った。
身体じゅう痛くて仕方がなかったけれど、問診での説明、処置室のベッドに横たわる自分を想像したら、自分の恥をさらすことになる。
行けるはずがない。
「このままはよくないよ。
俺もついていってやるから、な?」
「嫌です」
「俺のためにも、『うん』と言ってくれ。
一緒に行こう。
頼むから」
「ひどい顔をしてるし...大ごとになったら困ります。
行きません」
「俺がやったことにすればいい。
俺もひどい顔してるし。
派手な喧嘩をしてしまいました、って」
ユノは自身の顔を指さし、僕の頭を引き寄せてぐしゃぐしゃと髪を撫ぜた。
これまでにどれだけ、ユノのぐしゃぐしゃに安心してきたんだろう。
「言えないよう。
ユノは悪くないのに...」
頑として譲らない僕を前に、ユノはしばらく考え込んだのち、「わかった」とため息をついた。
「チャンミンちに泊まるよ。
心配で一人にしておけないからな」
「え...?
いいんですか?」
「いいに決まってるだろ?」
ユノは僕の大好物なものを沢山、買い込んできてくれて僕を喜ばせた。
湿布を貼ってくれたり、軟膏を塗ってくれたりしてくれた。
甘えてばかりの自分。
「俺は床で寝る」
「どうしてですか?」
「あのなー、チャンミン。
分かんないかなー?
チャンミンのベッドは狭いからな。
好きな奴にくっついていたら、たまらない気持ちになってしまうから」
はははっと、ユノは乾いた笑い声をたてた。
・
夜、カーペット敷の上で背中を丸めて眠るユノに、僕の方がたまらない気持ちになってしまった。
ベッドを抜け出し、ユノの背中に沿うように横たわり、そっと腕を回した。
ユノはびくっと身体を震わせて、「チャンミン...」と低い声で僕を呼んだ。
固い床の上だもの、寝付けなくて当然だ。
でも、優しいユノは僕を気遣って寝ているフリをしていたんだ。
「僕もここで寝ます」
「駄目だって!」
「ここで寝ます」
「駄目だ」
僕はベッドから敷布団を引きずり下ろして、床に敷いた。
「俺を困らせないでくれ」
僕のぎくしゃくとした動きを案じて、途中からユノが手伝ってくれた。
ユノは優しい。
泣きたくなるくらい、ユノは優しい。
僕はこれまで、ユノの何を見てきたのだろう。
どれだけユノの優しさに甘えてきたのだろう。
どうして僕の顔を見てすぐ、ユノは「ごめん」と僕に謝ったんだろう?
ユノが僕に謝ることなんて、何もないのに。
謝るのは僕の方なのに。
再び横たわったユノの胴に、腕をぐるりと巻きつけて、彼の胸に顔を押しつけた。
「...チャンミン...」
ユノの腕が僕の背中に回されると思ったら、彼の手は僕の頭にのせられただけだった。
「...ゴメン...ユノ...」
「どうした?
何が『ゴメン』なんだよ?」
「ユノ、ゴメン」
僕はユノに、謝ることがいっぱいある。
「チャンミンのことがずっと好きだったんだよ。気付かなかっただろ?」と言ったユノ。
うん。
気付かなかった。
じゃない、気付けなかった。
ユノの優しさを、まんま受け取るだけだった僕。
ユノにはいっぱい、謝らなければならないことがある。
(つづき)
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