チャンミンは、夜になれば眠くなるし風邪をひくときもある。
チャンミンは、本来なら使用人の部屋で眠る身分だ。
でも俺はそんなの嫌だったから、駄々をこねて駄々をこねて、しつこく駄々をこねた末、同じ部屋にベッドを置いてもらえることになった。
俺の大きなベッドに比べると、チャンミンのベッドは小さい。
チャンミンはとても背が高いから、ベッドの端から大きな足が突き出ていた。
そんなチャンミンが可哀想で、「ベッドを交換しよう」と提案した。
「それはいけません。
ユノは僕のご主人なんですよ。
ご主人様を、下僕のベッドに寝かせるわけにはいきません」
「ゲボク、の意味が分かんない」
「ユノの身分の方が、『上』という意味ですよ」
「チャンミンは俺と一緒じゃないか。
チャンミンは大人だし。
子供は大人の言うコトをきくものなんだろう?
チャンミンの方が、『上』じゃないか?」
「困りましたね。
僕は大人ですが、アンドロイドなんです。
人間はアンドロイドより、偉いのです。
それに、僕はユノのご両親に雇われている身分なのです」
チャンミンは、納得がいかず膨れる俺の肩をつかむと、俺を覗き込んで諭すように言った。
「意味わかんないよ」
俺は寂しくて、哀しかった。
当時の俺は小さな子供だったから、哀しさの正体は何なのか分からなかった。
小さな身体の俺のベッドは大きくて、大きな身体のチャンミンのベッドが小さいなんて間違ってるって、チャンミンが可哀想だって思っていた。
「チャンミン...俺のベッドで一緒に寝ようよ。
寝相が悪くても大丈夫だよ。
すんごく広いから」
パジャマに着替えた俺は、チャンミンの手を引っ張った。
「わ!
こぼれます!」
おやすみ前のホットココア...女中頭Kが決めたバカバカしい習慣だ...のトレーをサイドテーブルに置くと、チャンミンはいつもの困った顔をした。
「ユノのお願いでも、それだけは絶対にできません。
人間のベッドに僕が上がるなんて、絶対に許されない事なのです」
「それなら、チャンミンのベッドで一緒に寝ようよ!」
「もっといけません!」
「チャンミン...」
ここで諦めないのが、ユノという男。
賢いチャンミンといるうちに、俺にも知恵がついてきたんだ。
今になって思い返すと、チャンミンは俺の才能を引き出す能力に長けていたんだ。
「いいこと考えつーいた!」
俺はベッドカバーを外して床に敷いた。
ソファカバーも外して床に敷いた。
最後に、俺の掛け布団を引きずり下ろして、それも床に敷いた。
チャンミンが俺を手伝わなかったのは、俺の思いつきに賛成していないせいだった。
分かっていたけど、俺は分からないふりをして寝床を整えた。
俺のベッドも駄目、チャンミンのベッドも駄目...それなら、って。
「どう?」と許可を求めるみたいにチャンミンを振り返った。
俺はチャンミンの『ご主人様』なんだから、本来ならチャンミンの許可なんていらない。
チャンミンには沢山、「してはいけないこと」があり、チャンミンは忠実にそれに従わなければならない。
例え俺が命じたとしても、それが「してはいけないこと」だったら、チャンミンは俺の命令に背かざるを得ないのだ。
俺とひとつベッドで眠ることは許されていない。
俺がどれだけねだっても、チャンミンは首を縦にふることが出来ないのだ。
分かってたけど、俺はとにかく納得がいかなくて、子供らしい癇癪をおこしていたのだ。
どんなに俺が、チャンミンと同等だと思って接していても、周囲がそれを許さない。
チャンミンをかばっても、所詮小さな子供だ、大人たちに一蹴されてしまう。
チャンミンはアンドロイドで、召使で、人間以下の身分であることは、俺の力じゃ変えられないのだ、哀しいことに。
チャンミンと共に過ごすうちに、そういうことを実感していった。
全裸になった俺とチャンミンが、手足を絡め合い、ひとつのベッドで眠れるようになったのは、何年も後のことだ。
「あの時は背中が痛かったですね」
「でも、楽しかったなぁ」
「ピクニックみたいでしたね」
「チャンミンは朝まで腕枕してくれたよなぁ...」
「Kさんが突然部屋に入って来たときは、びっくりしましたねぇ」
「絶対にバレたらいけないって。
俺ってば、『腹が痛い、腹が痛い』って大泣きしてさ、無理やりKを便所に連れていったんだよなぁ」
「そうでしたね...。
バレなくて済んでよかったです」
俺がKを部屋の外へ追い出すまで、チャンミンは毛布にもぐりこんでじっとしていた。
大きな背中を丸めて息をこらしていただろうチャンミンを想像すると、十年以上たった今でも胸が詰まる。
俺は寝返りをうって隣のチャンミンと向かい合う。
当時と変わらない美しい人、チャンミン。
片目を覆う長い前髪に指を伸ばし、耳にかけてやった。
当時と変わらない、胸が痛くなるくらい綺麗な瞳。
「バレていたら、今こうして、ユノといられませんでした」
「ああ。
まったくその通りだ」
Kが部屋に飛び込んできた時、俺はバレたらいけないと、Kを部屋の外へ追い出す作戦をとっさに閃いたのだ。
床で寝ていたことがバレるのを恐れていたわけじゃないんだ。
「チャンミンと」一枚の毛布を分け合って、横になっていたことが問題なのだ。
7歳ながら、俺とチャンミンが肩を寄せ合ってひとつの布団で寝ることは、「駄目なこと」だと察していた。
Kを撒いてトイレから戻ってみると、俺のベッドは綺麗にベッドメイキングされていた。
小さな、折りたたみのベッドに腰掛けていたチャンミンは、すまなさそうな泣き出しそうな顔をしていた。
誘った俺が悪いのに、「ごめんなさいね」とチャンミンは謝った。
正直...哀しくて寂しい思い出のひとコマだった。
(つづく)
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