ドンドンとドアを叩かれ、ドキッとした俺は書架棚の陰に隠れる。
「ユンホさん!」の声にホッとし、鍵をかけているんだから隠れる必要はないと思い至ったのだ。
「開けてください!!
大変です!!」
チャンミンの剣幕に慌てて開錠すると、勢いよく開いたドアが俺の額を直撃した。
「いってぇ!!」
額を押さえてうずくまる俺に、「す、すみません...」とチャンミンは駆け寄る。
頭を上げると、俺の肩を抱くチャンミンと間近で目が合った。
う...か、可愛い...。
整髪料でテカテカな頭を見なければ、チャンミンの真ん丸お目目はヤバイ。
チャンミンに見惚れていると、彼は眉をひそめてしまう。
「何ですか?
じろじろ見ないでください」
ぷいっと顔を背けてしまったチャンミンもやっぱり可愛くて、しつこくじぃっと見つめていたら...。
「ユンホさん!」
思いっきり俺の顎を押しのけて、チャンミンは怖い顔をして言う。
「こ、ここは職場ですよ!
見境なく、ぼ、ぼくに、キッ...キスをするなんて!」
「してねーよ!」
「しようとしてたじゃないですか!
エッチな顔して僕を見てたじゃないですか!」
チャンミンは俺に背を向けて立ち上がり、乱れてもない髪を撫でつけている。
「チャンミンが可愛くて、見惚れてただけだって!
キスだってさ...もうしたじゃん。
俺たちは“交際”してるんだろ?」
「ホントですか!?」
くるりと振り向いたチャンミンの弾ける笑顔。
「ホントですか、って。
さっき自分で言ってただろう?
俺たちは“お付き合い”してるんだろ?」
「え...えっと、あれは、ユンホさんの気持ちを知りたくて、カマをかけてみただけです」
「はあ?」
なあんだ、チャンミンも確信が持てずに、まわりくどい方法で俺の気持ちを探っていた訳だ。
ダサい見た目と、カチカチの融通がきかなさそうな仕事ぶりに、恋愛に関して初心なんだろうと判断していたが、そういう小手先も使えるのか...甘く見てはいけない人物だ。
「カマなんかかけなくてもさ、分かってるくせに」
つんつんとチャンミンの腕を突いたら、「じゃれつかないでください!」と振り払われた。
両耳を真っ赤にさせたチャンミンは、顔を手で仰ぎながら、つかつかと入り口まで引き返すと、ガチャリと鍵を下ろした。
鍵をかけるってことは...もしかして、チャンミン!
堅物のくせに、なかなかどうして情熱的な奴だ(『ユンホさん、二人っきりになれましたね。ここなら滅多に人は来ません』って、俺は床に押し倒されるのか!?...っておい!)
せっかくのこの機会。
今週末の『デート』ではっきりさせようと計画していたが、予定変更、繰り上げだ。
ずばりの言葉をチャンミンに伝えなくては...と、口を開きかけたら...。
「はい、そこまで!」
「へ?」
「ここは職場で、勤務時間中です。
浮ついた話は、職場から離れた時にしましょう」
切り替えるように大声を出すと、俺が床に広げた伝票の束にため息をつく。
「ユンホさん。
ぐちゃぐちゃにしちゃって...後で並べなおすとき、苦労するのはユンホさんですよ?」
「無意味に散らかしてるんじゃないって。
得意先別に仕分けしてるの」
胡坐をかいた俺にならって、チャンミンは両膝を折って正座をする(正座!?床の上だぞ?)
「さて、ユンホさん。
見つかりましたか?」
「見つかるも何も、送り状そのものがない」
「...やっぱり。
そうなんじゃないかって思ったんですよ」
「?」
「今回の件で、ユンホさんは2つのミスを問われます。
その1。
納品場所を誤って指示をした件」
「納品の度に、指示なんか出さないぞ。
いつものことだし。
それに南工場しか送ってないものを、今回だけ行先が北工場に変更になってたら、出荷係もおかしいと思うだろう?」
「思うでしょうね。
手口は単純です」
足がしびれたのか、くずした座り方がカマっぽくて、目を離せずにいたらぎろりと睨みつけられた。
「教えろよ」
「後でゆっくり説明してあげますよ」
つんと、顎を斜め上に向けたチャンミンは、得意げだ(いちいち勿体ぶる奴だ。面倒臭い奴だけど、チャンミンだから許す)
「その2。
先日に引き続いてのミス。
今度こそ責任が問われるでしょうね」
「だろうね。
件の伝票はここにはない。
ないものはない。
証拠隠滅だろうね、どうやって業務課から持ち出したのやら...
そんなことより。
大事件って何?」
「ああっ!
ユンホさんのせいですよ、もー!
変なことをするから...」
「何もしてねーだろ!?」
変なことも何も、チャンミンの顔をまじまじと見ていただけのこと。
それを変な意味で捉えたのはチャンミンの方じゃないか、と言いたかったが止めといた。
ごちゃごちゃと話が長くなりそうだったから。
ひとまず目の前のトラブルに集中することにする。
「大事件ってなんだよ?」
「転送は無理でした」
「えええーーー!!
どうしてそれを先に言わないんだ!?」
「だって、ユンホさんがキスしようとしたから...」
「してねーよ」と言いたかったが、同じことの繰り返しになるからぐっと堪えて、チャンミン発言を無視することにする。
「転送できないって、どういうことだ?」
まずいぞまずいぞ!
何事にも鷹揚な俺だが、こればっかりはピンチだ。
「北工場は僻地にあります。
配送業者は山を下りてしまいました。
もし転送して欲しければ、トラックをチャーターすることになります」
「う...」
「そこで僕は解決法を思いつきました!」
「?」
「今から北工場へ向かいましょう!」
「へ?」
「荷物をピックアップして南工場へ運びましょう」
この窮地を抜け出すには、この方法しかない...しかないが...。
「...遠いよ」
長距離運転だ...所要時間は往復10時間...。
「安心してください。
僕も一緒です」
「チャンミンが!?」
「はい。
交代で運転しましょう」
にこにこと楽しそうに言うから、がっくり来ている俺もヤル気が出てきた。
「僕とドライブデートですよ、うふふふ」
ピンチをイベントのひとつにしてしまうなんて、チャンミンは俺以上にポジティブシンキングの持ち主らしい。
「ユンホさんは車を借りてきてください。
商用バンが空いてるはずです。
あれなら全部積みこめるでしょう」
「日付が変わっちゃうぞ?
残業手当も深夜手当も出ないぞ?」
「ユンホさんと一緒なら、構いません。
このピンチを僕らで乗り越えましょう!」
チャンミンは俺の手を握って、ぶんぶんと上下に振った。
「お、おう!」
「軍手も持っていった方がいいですね。
途中で夜食を買いましょうね。
そうそう!
お泊りグッズも持っていかないと、ぐふふふ」
大きな独り言をつぶやき、忍び笑いをこぼすチャンミン。
「遊びに行くんじゃないんだぞ?」
すると、チャンミンはきょとんとして、
「分かってますよ。
仕事で行くんですよ。
いるものリストを挙げていただけです」としれっと言う。
「お!
雪がちらついてきました。
今すぐ向かいましょう」
チャンミンに引っ張られ、備品庫を出た。
チャンミンとロングドライブ、車内で2人きり、6時間越えの残業がこうして始まったのだ。
(つづく)
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