~ユノ33歳~
あっけにとられた風のチャンミンに微笑んでみせた。
「今日はここまでだ」
余裕と主導権があるのはこちらの方で、「一気に関係を深めるのはよくないよ」的な台詞だった。
その実、余裕がなかったのは俺の方だった。
男の身体にここまで欲情してしまった自分に驚くが、対象がチャンミンなら無理もないと思った。
圧倒的過ぎる美貌は、その者を中性的にする。
男でもない、もちろん女でもない、どっちつかずの儚い魅力だ。
とは言え、女にはないものをチャンミンは持っていた。
自分以外のものを握りしめた経験は、ない。
チャンミンも初めてだろうが、俺の方も初めてだ。
チャンミンの中を貫きたい強烈な欲望はあったものの、いざその時になってみると躊躇した。
ほんわずかだけ、我にかえった。
待て...目の前の、恍惚とした顔のこいつは、『男』だぞ、と。
いくら中性的とは言っても、俺の手の中のものは脈打つ男のものだ。
チャンミンの胸と胸とを合わせたときの感触は固く、ふくらみのない胸を愛撫するには、その先端をいたぶるしかなかった。
しかし、俺の手の動きに合わせて喘ぎ、身体を震わせる姿を目にすると、征服欲が満たされた。
そうか、俺はチャンミンのことを、『女』として見ていたのかもしれない。
チャンミンに網ストッキングを履かせ、真珠のネックレスで首を飾り、片手は見る者を誘うように頭の後ろに、もう片方は股間を包み隠す。
作品の中の少年男娼は、鑑賞者を妖しい眼差しで誘っている。
この男娼はもちろん、『受け入れる側』だ。
恥ずかし気に包み隠してはいるが、指の隙間からは覗いてしまっている。
その手のポーズも、細かく注文をつけたくらいだ。
チャンミンの中から、女の性みたいなものを引き出そうとしていたのだろうか?
分からない。
現段階では、指だけで絶頂を迎えさせてやったが、いずれはそれだけじゃ済まなくなってくる。
思いを巡らせながらの愛撫だったから、俺の方には余裕があったんだろうな。
チャンミンに溺れてやる、と開き直ったにしては、肉欲に溺れきれずにいた。
確かに俺のものも、快楽に悶えるチャンミンに欲情した...したけれど...。
「ずっと触って欲しかった」と言ったチャンミン。
睨み目と不愛想なチャンミンが一転し、俺を乞う眼をしていた。
性に目覚めたばかりの少年特有の好奇心に満ちた眼差しで、俺の指の行き先を追っていた。
チャンミンに触れる、ということはつまり、そういうことだ。
身体じゅうを撫でまわすだけじゃないことを、チャンミンは分かっているのだろうか?
「義兄さんに触ってもらいたかった」の真意は、好奇心によるものだけじゃない、と気付いてしまった。
酔った勢いで名前も知らない女とヤッてしまうような、勢いに任せてはいけないと、ブレーキがかかった。
チャンミンに誘われるような形で、奪うようなことをしてしまっていいのか?
分析すればするほど、わけが分からなくなってきた。
...とにかく、俺の頭の中は様々な考えで混乱してしまって、イマイチ集中できなかったのだ。
・
チャンミンの自宅前で降ろすまで、彼は終始無言だった。
何事もなかったかのように「おやすみ」と声をかけたが、チャンミンは軽く頷いただけで、こちらを振り向きもせずに去っていった。
猫背気味の背中と手足ばかり長い、未だどこかアンバランスな身体付き。
そうなんだよな...チャンミンは制服を着て、教室で授業を受ける高校生...16歳なんだ。
チャンミンに対して、何か酷いことをしてしまったかのような罪の意識。
中途半端な関わり合いは、かえってチャンミンの自尊心を傷つけてしまう。
そう思うことで、チャンミンと行きつくところまで堕ちてしまいたい本心を、正当化しようとしている。
俺は33歳で、ある程度の社会的地位もあり、一番忘れてはいけないこと...俺には妻がいる。
「結婚しているかどうかは関係ない」と、チャンミンに言った。
その通りだよ、チャンミン。
その通りだけど、さらに一歩前に進めるだけの度胸が俺にはないみたいだ。
チャンミンが欲しくて仕方ない。
手に入れるのは恐らく、難しいことではない。
問題は、手に入れた後のことだ。
俺を取り巻く現実はそのままに、うまく立ち回れる自信がなかった。
・
遅くなるはずだった夫の早い帰宅に、Bは驚いていた。
「あれ?
遅くなるんじゃなかったの?」
「んー、約束がキャンセルになったんだ」
「あら」と言った風に丸くしたBの眼が、チャンミンにそっくりで胸がかすかに軋んだ。
Bは風呂上がりで、キャミソールと短パンだけの恰好でTVを見ていたらしかった。
俺たちの家は全室、一年中快適な温度に保たれていたから、早春の夜に夏みたいな恰好でいられるのだ。
よく冷えたミネラルウォーターをあおりながら、軽装のBの手足をちらちらと見る俺がいた。
長身の弟に対して、姉のBは小柄で、やや浅黒い肌をした弟に対して、彼女は色白だった。
顔もよく似ているとまではいかないが、二人は姉弟だ。
実を言うと、チャンミンとの接触で火が付いた俺の欲は、鎮まる気配がなかった。
空になったペットボトルをぐしゃりと握りつぶした。
ゴミ箱に放り込んだ音を合図に、俺はBに近寄って羽交い絞めにした。
突然の夫の行動にBは悲鳴をあげたが、俺の性急なキスに応える。
チャンミンの口内で躍らせた舌で、彼の姉を悦ばせる。
小一時間前に、チャンミンにしたかった行為を、妻に施す。
俺は最低だ。
(つづく)
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