~チャンミン16歳~
Mが紹介してくれたのは40代半ばの男で、Mが付き合っている今彼の知人。
義兄さんがデザインを手がけたカフェのオーナーという彼...X氏...は、男でも女でもどちらでもイケる口とのこと。
既婚者で僕と同年代の子供がいるのに、後腐れのない『そういう関係』をあちこちに結んでいる遊び人だ。
X氏の車に乗り込んだ時、ガチガチになっている僕の緊張をほぐそうと、笑いを誘う話題を振ってくれた。
義兄さんの仕事関係の人だから、得体の知れない人物ではないはずだ。
だから、大丈夫。
どういう説明をMから受けていたのか分からないけど、X氏は僕の事情を追求することはなかったし、遊びのひとつだと捉えているみたいだったから、その点は気が楽だった。
車の中で、遠慮なく身体をまさぐられてたらどうしよう、という心配も不要だった。
身なりもきちんとしているし、手首に巻かれた腕時計もきっと高級品で、ハンドルを握る指の爪も綺麗に整えられていた。
(絵筆を持つ義兄さんを見つめ続けるうちに、人の指先に注意が向くようになっていたんだ)
カーウィンドウの外を流れ去る風景を、見るともなく眺めながら、「僕は一体、何をしようとしてるんだろう」と、自分の思いつきに愕然としてみたりして...。
X氏の野太い声は心地よく耳に響いた。
義兄さんに逢いたかった。
でも、今は未だその時じゃない。
翌日は休日で、この日学校から帰宅するとすぐ私服に着替えた。
夕飯について質問してきた母親に(塩味か味噌味か、どちらがいい?というもの)、友人の家に泊まりにいく旨を伝えた。
「友達って学校の?
あなたばっかり泊りに行って、向こうのご家族は迷惑じゃないの?」
母親がそう心配するのは当然のことだから、僕は「友達んちは両親がいないんだ」と適当なことをでっち上げた。
「あら...」と気の毒そうにする母親に、僕はしまったと思い、「そういう意味じゃなくて、両親とも夜は仕事でいないんだ」と、取り繕った。
自宅に呼んで呼ばれての、親しい友人なんて僕には一人もいない。
休み時間や選択教室へ向かう廊下で、雑談に講じる程度の級友がいるくらい。
僕の頭の中は、義兄さんのことでいっぱいだったし、義兄さんの存在を知らずにいる彼らがガキくさかった。
「一緒に食べなさい」と、母親におかずを詰めたタッパーを持たされ、「余計なお世話だ」と突き返せるほどの反抗心もない僕は、素直に受け取った。
さすがにこれを持ったまま、約束の場に行くわけにはいかない。
母親に見送られて玄関を出てすぐ、庭にまわり、サンルームの床下にそれを隠した。
待ち合わせ場所の例のカフェへは、早く到着し過ぎてしまい、飲めもしないエスプレッソを前にそわそわとしていた。
手の中にあるスマホを見つめながら、義兄さんの声が聞きたい、と、彼のアドレスを表示させた画面で、通話ボタンを押すか押すまいか迷っていた。
でも、今じゃない。
義兄さんから届いたこれまでのメールの文面を、ひとつひとつ読み返していると、ポンと肩に乗った手。
不意打ちだったから、X氏を見上げた時の僕は間抜けな顔をしていたと思う。
「食事をしていく?」の問いかけに、僕は首を横に振る。
お腹なんて全然空いていなかった。
自分が決めたことだし、覚悟は決めていたけれど、やっぱり怖気付いてしまう。
僕の不安なんて、X氏には手に取るように分かるんだろう。
「ユンホ君の奥さんの弟さんだって?」
「はい」
「世間は狭いなぁ」と言って、X氏は笑った。
X氏は縦にも横にも大きい人で、大らかな人柄っぽく見せてるけど、ぎょろりとした眼は鋭く観察するものだった。
多分、大丈夫...この人に任せていれば大丈夫。
ドキドキする胸を押さえて、内心で言い聞かせていたら、
「安心しなさい。
私に任せて、リラックスしていればいい」
と、僕の気持ちを見透かしているから、さすがだなぁ、と感心してしまった。
・
「あのっ...キスは...ダメです」
唇を寄せてきたX氏から顔を背けて言った。
「唇は好きな人のためにとっておきたい、わけね。
いいねぇ、若いなぁ」
大きな手...義兄さんの手よりも大きく分厚い...が、僕の裸の胸に押し当てられた。
「ドキドキしているね。
大丈夫?
今なら引き返せるよ?」
「...大丈夫です」
いよいよ始まるのだな、と深呼吸する。
そんな僕を見て、X氏は「ガハハハッ」と大きな声で笑うから、僕はビクッとしてしまう。
「君みたいな綺麗な子を前にすると、まるで犯罪者の気持ちになるよ」
「!」
「会った今日すぐに出来るわけないだろう?」
「え...?」
「君は本当に『何も知らない』んだなぁ。
可愛いね」
おいで、とベッドの上に手を引かれて、X氏に言われるままの姿勢になった。
ベッドの上で四つん這いになった僕の真横に、X氏は腰掛けた。
肩を上から押されて、X氏の方へお尻を突き出す姿勢にされた。
膝が震えているのが、自分でもよく分かる。
「大丈夫だから、リラックスして」
「でもっ...!」
「力を入れたままだと、痛いよ?」
「っひっ...!」
お尻にとろりとぬるいものが。
「最初は変な感じがするかもしれないが、我慢してるんだよ?」
「...はいっ」
僕の穴の周囲を、X氏の指が円を描く。
「...う...あっ...」
「息を吐いて...そうそう...いい子だ」
X氏の指が完全に僕の中に埋められた時、声にならない掠れた悲鳴を喉の奥で殺した。
・
「私の方も、気持ち良くさせてくれないかね?」
目の前に突き出されたモノに一瞬、たじろいだ。
嫌悪感に襲われたけれど、男を相手にするのはこういうことなんだ、と自分に言い聞かせた。
義兄さんのモノも、こんなに大きいのかな。
顔を背けたくなるのを必死でこらえて、咥え込んだ。
さんざん鑑賞したAVや、Mがしてくれた行為を思い出しながら、舌をつかった。
今の僕は、義兄さんを気持ち良くしてあげているんだ。
・
別れ際、X氏に握らされたものの正体が分からず首を傾げていると、彼は僕の耳元で囁いた。
「私からの贈り物だ。
次までに慣らしておくんだ、いいね?」
自宅前まで送り届けられたのはいいけれど、時刻は23:00。
早寝の両親はもう就寝した後で、見上げた窓はどれも真っ暗だ。
母親には泊まってくると出かけたのに、日付が変わる前に帰宅したら変に思うだろうな。
Mの説明通りX氏は、“そういうコト”だけしてお終い、の人のようだった。
てっきり一泊するものだと、思い込んでいた自分が恥ずかしい。
どうしようかな...。
義兄さんの顔がまた浮かんだ。
今からアトリエに行くには時刻は遅いし、もう帰宅しているに決まっている。
義兄さんが帰る場所...姉さんと暮らすマンション。
義兄さんの顔が見たかった。
今頃、義兄さんは姉さんとヤッているんだと想像すると、胸がギシギシ痛んだ。
落ち着け。
姉さんなんかとより、僕との方が断然よくなるから。
サンルームの下から母親に持たされたものを回収し、物音を立てないように家の中に忍び込んだ。
タッパーの中身を無闇に捨てるなんてことは、僕にはできない。
自分がひどくお腹を空かせていたことを思い出した。
あっという間に中身を平らげてしまった自分が誇らしかった。
X氏とのことなんて、取るに足らない事...僕は平気だ。
平気だ。
・
例のカフェの前で、義兄さんに呼び止められた日までに、僕はX氏と4回関係を持った。
自分でも慣らしていたけれど、いざコトに及ぶとなると難しくて。
怖がり痛がる僕を案じたX氏は、膝の上に僕をまたがらせて、時間をかけて慣らしてくれた。
X氏のものを受け入れられるようになったのは、3回目のときだ。
深く差し込んだまま、腰を前後左右に揺さぶられると、下腹の底からはじける快感の強さに悲鳴があがる。
ひんひんと喘ぐ僕の姿にたまらなくなったのか、キスしようとしたX氏の顎を押しのけた。
「駄目っ...駄目です」と。
身体の奥底がぞくぞくと痺れるこの感覚...。
「君は女みたいに柔らかい関節をしているね」
膝が床につくほど身体を折りたたまれて攻められていた時、X氏はこう言った。
「素質があるね」
「...あっ...あ...素質...って...?」
「『受け』の素質。
君の身体は、女みたいだ」
よかった、と思った。
X氏は僕を抱きかかえて立ち上がり、僕の背を壁に押しつけた。
X氏の首に両腕を、腰に両足首を巻きつけてしがみつく。
僕は目をつむり、義兄さんを想う。
僕は今、義兄さんに貫かれている。
「いいね。
締め付けてきている」
あそこが熱を帯びて、じんと痛い。
少しだけ義兄さんに近づけた気がして、僕は幸せだった。
これでよかったんだ。
僕が決めたことだ。
後悔はしていない。
(つづく)