義弟(26)

 

~ユノ33歳~

 

チャンミンは屈んで、ローファーの上のものを拾い上げた。

 

「...どうぞ」

 

固い無表情に、女への贈り物...例えば、Bへ...だと、誤解させてしまったと、ひやりとした。

 

包みを受け取った俺は、そのままそれをチャンミンに突き返した。

 

「...?」

 

「今さらだけど、チャンミンへのプレゼントなんだ」

 

「...僕に?」

 

「誕生日プレゼント。

遅すぎるだろ?

チャンミンの誕生日を知って、あの後すぐに用意したんだ」

 

それは、チャンミンとMちゃんの交際を知り、渡せなくなってしまったものだった。

 

姉の夫から、それなりのものを贈られたりしたら、重く感じるだろうと気兼ねした。

 

Bが車内でこれを見つけ、自身への贈り物だと勘違いした。

 

翌日、同じショップに走り、店員が勧めるワンピースを購入し、同じように包んでもらったのだ。

 

Bに対して失礼なことをしているとは、露ほどにも思わなかった。

 

チャンミンは抱えた包みにじぃっと視線を落としていた。

 

うつむき加減の額から鼻先へのラインが、美しいと思った。

 

「...義兄さんが?

僕に...?」

 

そうつぶやいて、再び黙り込んでしまった。

 

「季節外れだし、俺からこんなもの貰っても迷惑だよな」

 

チャンミンの無表情と無言に耐え切れなくなった俺は、彼の手から包みを奪い返そうとした。

 

抵抗の力を感じて、俺の手は止まる。

 

「ありがとうございます」

 

会釈したチャンミンは、肩にひっかけていたディパックにそれを詰め込んでしまった。

 

ちらりと見えた教科書と、包み紙がしわにならないよう丁寧な手つきに、胸が痛んだ。

 

そうなんだよ...この子は、子供だ。

 

この場で開封しないのが、チャンミンらしいと思った。

 

彼の性格をよく知っているわけじゃないのに、俺はそう思った。

 

 

アトリエに到着した俺たち。

 

チャンミンに対する雑念を頭から追い出し、作品制作に頭を切り替える。

 

今日のところは、チャンミンとの関係を進めるつもりは全くなかった。

 

チャンミンにみだらな行為をしてしまった過去は事実としてあるし、なかったことにするつもりもなかったが、今日はそういうタイミングじゃないと思っていた。

 

俺は既婚者で、チャンミンの義兄にあたる。

 

未成年の少年に手を出す趣味もない。

 

そんな俺だが、チャンミンが欲しい。

 

チャンミンと結びたい関係性とは、例えば、恋人...じゃないな、愛人?...にしたい、とも違う。

 

Bと別れて、チャンミンを選ぶとか...全然ピンとこなかった。

 

チャンミンにその意思があるのかを、まずは確かめないと。

 

肉欲だけでは説明のつかない、強烈な欲求が渦巻いている。

 

一目見たときから、惹きつけられていて、欲しくて仕方がないんだ。

 

...結局、身体の関係が欲しいだけなのかもしれないな。

 

浅ましい自分に呆れかえる。

 

チャンミン。

 

お前はいいのか?

 

俺とそうなるつもりはあるのか?

 

関係を結ぶ。

 

ただそれだけで終始する関係かもしれないぞ?

 

はっきり、認めるよ。

 

俺は卑怯だ。

 

美しいお前を自分のものにしたい。

 

キャンバス上の世界に留めておくだけじゃ、足らなくなってきた。

 

どうしようもなく惹かれてしまうんだ。

 

 

俺に背を向けて、チャンミンは制服のシャツのボタンを外している。

 

俺は網ストッキングを手首にひっかけて、チャンミンの着替えを待っていた。

 

無駄な筋肉も脂肪もない、背骨の浮いた背中。

 

スラックスに次いで、下着を脱いだ。

 

細いウエスト、小さな尻。

 

俺の視線に気づいたのか、こちらを振り返った。

 

俺には分かった。

 

チャンミンは『その気』だ。

 

モデルを務めるために、アトリエに来たわけじゃない。

 

その後の行動は素早かった。

 

俺はつかつかとチャンミンに近づき、彼の手首を引き寄せ胸に抱きとめた。

 

俺の早鐘のように打つ心臓の音を聴け。

 

チャンミンの後頭部を、俺の左胸に力づくで押しつけた。

 

「...分かってるだろ?」

 

「...はい」

 

「俺がどうしたいか...分かってるよな?」

 

「...はい」

 

俺の手の下で、頷くチャンミンの頭が小さく上下した。

 

柔らかな髪が俺の顎をくすぐる。

 

「...僕の気持ち...知ってますよね?」

 

「ああ」

 

チャンミンの両手が俺の背に回された。

 

腕の力を緩めると、上目遣いのチャンミンが。

 

いつの間にか目線がほぼ同じ高さになっていた。

 

残念なことに、チャンミンはもう少年を卒業しようとしている。

 

眼の縁を桃色に染め、わずかに開いた唇。

 

以前、チャンミンを襲ってしまった時とは、比べ物にならないほど、放つ性の香りが濃くなっていた。

 

「...義兄さんは、綺麗です」

 

容姿を褒められてもなあ...と思っていたら。

 

「義兄さんなんて...嫌いです」

 

「......」

 

「そして...好きです」

 

「...っ」

 

「義兄さんが...好きです」

 

完全に堕ちた。

 

俺たちのこれから行うであろうことは...間違っている。

 

「好きです」を繰り返すチャンミンの頭を、再びきつくかき抱いた。

 

この時、俺の口からは「好きだ」が出てこなかった。

 

「好き」のひと言では言い表せない複雑なものだったからだ。

 

憑かれたように「好きです」を繰り返すチャンミンを、深く抱きしめた。

 

愛おしいこの生き物を、どうすれば自分のものにできるだろう。

 

この子は妻の弟だ。

 

背徳感に眩暈がする。

 

俺の頬がチャンミンの両手に包まれ、強引に引き落とされた。

 

開いて待ち構えていた唇に、吸い寄せられるように着地して直ぐに舌が絡みつく。

 

「好きです...義兄さん、好きです」

 

 

(つづく)

 

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