僕は仰向けで天井を見上げながら、続きを語り始めた。
僕の頭はユノの太ももに乗せられていた。
ユノは自身の熱い手が触れないよう、僕の額に冷たい水をかけてくれる。
「腕を掴まれて引っ張られてもないし、背中を小突かれてもいなかった。
両サイドと後ろを3人の男に塞がれていた。
僕と彼女の部屋に彼らを連れていくしかなかった。
情けなかったよ...。
突き倒して、殴って、蹴散らしてやれればよかったのに...」
「......」
「動揺していたから、カードキーが取り出せなくてね。
やっとで見つけたんだけど、手が震えてしまって、エラー音を立て続けに鳴らしてしまうんだ。
もたもたしていたら、彼女が悲鳴を上げて...多分、どこかを触られたんだと思う。
...情けないよ」
僕のまぶたの裏が熱くなってきた。
真上から見下ろすユノの顔が、ゆらゆらと歪んできた。
「...チャンミン?」
「僕は体格はいい方だし、あの3人の男より背が高かった。
3人のうち誰か一人とも力では敵わないって、クラブで酒を奢られた時に、察していた。
部屋の鍵を開けて、それから...」
「もう話すな。
チャンミン、今日はそこまででいい」
「彼女を部屋の中に突き飛ばして、カードキーも投げ入れた。
それくらいしか策が思いつかなくって...」
「チャンミン、ストップだ」
「ドアを閉めて...それから...」
「チャンミン、黙れったら」
「僕だけ廊下に残って、背中でドアを塞いで...」
僕の口が熱いユノの手で塞がれた。
「無理に話すな」
「でも!
ここまで打ち明けたんだ、全部話さないと!」
数年以上、封印していた記憶。
ユノは信用のおける添い寝屋...それだけじゃなく、頼りがいある人物に見えた。
僕のあたふたを悪戯っ子みたいな目で見るから、ムカついたけど、ユノの手の平で転がされる感じが嫌じゃなかった。
不良添い寝屋の僕だけど、そうであってもお客たちから頼られる立場だった。
何もかもを達観している風に、肩肘張らない接客態度を貫いていたけど、そろそろ限界だったのだ。
僕の身体と心を取り戻したい。
全部ぶちまけて、ユノに全部を任せたくなった。
「あのね、あのね」とユノの手の平の下で、僕はモゴモゴと言葉を続けようとする。
「これ以上喋るなら、キスするよ?」
僕の口がぴたっと閉じる。
「その手の話なると、す~ぐ固まっちゃって。
可愛い添い寝屋さんだなぁ」
真上から見下ろすユノの顔が、ぐんと近づいて、僕は思わず目をつむった。
「可愛すぎてキスしたいところだけど...」
僕の脇と膝裏に腕が差し込まれ、一気に抱き上げられた。
「せっかく温まったのに...氷みたいになっちゃって。
辛いことを思い出させてしまって、悪かった」
「まだ話が途中...」
落っこちないようにユノの首に腕を巻きつけた。
人形のような小さな顔に似つかわない太い首が頼もしくて、僕はユノの首に両腕を巻きつけ、彼の首筋に頬をくっ付けた。
「震えてるね」
涙までぽろぽろとこぼれ落ちてきた。
「可哀想に...。
怖かったんだな...よいしょっと
さすがに男は重いな」
ベッドに僕を下ろすと、ユノは枕元からティッシュペーパーを何枚も抜き取った。
ぐしゃぐしゃと乱暴に涙を拭うから、その不器用そうな手つきが面白くって、つい笑ってしまった。
「何が面白いんだよ?
鼻水が垂れてるぞ。
ほら、鼻をかめ、ちーんって」
「鼻くらい自分でかめるったら!
子供扱いしないでよ」
ユノからティッシュペーパーを奪い取って、ふくれっ面をしてみせた。
「パジャマを着ようか。
二人してヌードでベッド、だなんて、何かが始まりそうだもんな」
僕の頭に、“そういうシーン”が直ぐに浮かんでしまったことなんて、当然ユノにはお見通しだったみたいだ。
「チャンミン...相当いっちゃってるな」
呆れ顔のユノに、僕は赤面して「だって、意味深なことばっかり言うんだから...」と答えるのがやっと。
僕はユノの均整のとれた後ろ姿が、浴室の方へ消えてしまうのを心細く見守った。
ピンクの縞模様のパジャマ姿で戻ってきたユノは、僕にパジャマを着せてくれる。
僕は着せ替え人形になって、大人しく抵抗せず、ユノにされるがままになっていた。
一番上のボタンがユノの指できっちり留められた時、ユノはきっぱりと言い放った。
「俺はチャンミンを甘やかさないからな」
「え...?」
「洗いざらい全部、語ってもらうぞ」
僕の胸を押して横たわらせ、自身も同じように横たわって、肘枕をついて僕をじっと見た。
濡れた前髪が、額に濃いひと筋の影を作っていて、妖艶さが増していた。
タキシードを着こんだ男装の麗人の、ポマードで固めたオールバッグの髪がはらりと額にこぼれていて...そんな感じ。
でも僕は、パジャマに隠されたユノの身体が、男の僕でさえ見惚れるくらい逞しく立派だってことを知っている。
だから、とてもドキドキした。
「今夜のところは、ここまでで勘弁してやるよ。
契約期間は5日間、まだ4日あるからな。
続きは明日だ」
ユノったら、これまた乱暴な手つきで、僕の濡れた髪をタオルでごしごしと拭くんだから。
口元だけの笑みを浮かべたユノは、あっちこっちに毛先がはねて、ぼさぼさ頭になった僕を見る。
ユノの正視に耐えられなくなって、僕は頭のてっぺんまで布団にもぐりこんだ。
凪いだ湖面を連想させるユノの瞳に吸い込まれそうで、心の中を全部ぶちまけたくなるから。
ユノの指摘通り、恐怖の記憶で身体が震えている。
ユノに全部、知ってもらいたい。
でも今夜は、途中でギブアップ。
「チャンミン。
俺が添い寝してやるから...今夜はもう寝ろ」
「添い寝」の言葉に反応してしまって、もぐり込んだ布団から目だけを出した。
そう言えば僕、今夜は『添い寝屋』らしい仕事を全然していなかった!
「忘れてたみたいだけど、俺もいちお『添い寝屋』なの。
チャンミンは俺のことを『娼夫』扱いしてるんだから」
「えっちなことばっかり言うユノが悪いんだ」
ユノはふっと微笑み、あっと思う間もなく力任せにユノの胸に抱きとめられた。
「だってチャンミンを見てると、えっちなことをしたくなるんだ。
身体は嘘をつけない...だろ?」
「うん...確かに...スゴイね、ユノ」
僕のおへその下におしつけられたモノを刺激しないように、ユノの胸の中でじっとしていた。
「気になってたことがあるんだけど?
ユノって...そっちの人?」
僕の質問の意味が分からなかったのか、ユノはしばらくの間無言でいた。
ところが突然、大笑いし始めるんだ、ビクッとしてしまうじゃないか。
「あーっはっはっは」って、コミックの世界みたいな、見事な笑い方だった。
「普通さ、気になってても、訊かないもんじゃないの?
気付いていても黙っているとかさ?」
余程おかしかったのか、ユノは目尻に浮かんだ涙を拭っていた。
「...で、どうなの?」
「チャンミンが気にすることじゃないだろう?」
「気になるに決まってるじゃないか!
だって...その...オプションサービスのこともあるし...?」
「YESって答えたら...チャンミンはどうする?」
「そ、それは...」
「男だと困る?」
ユノに顎を掴まれ仰向けさせられ、黒目ばかり大きい印象的な1対が、間近に迫る。
「挿れる場所が違うだけの話だ。
チャンミンはいつも通りに...おっと、不能になる以前のように...やればいいんだよ」
「...うーん」
「その前にさ、チャンミンの可愛いあの子を逞しい男に復活させてやらないとな!」
「可愛い、って言うな!」
「ごめんごめん!
ほら、とっとと寝るんだ。
今夜は俺が『添い寝屋』だ」
凍える身体が、ユノの熱でじわじわと温められる。
身体の力が抜け、まぶたも落っこちそうだ。
目覚めたら、ユノは帰ってしまった後で、ベッドに僕一人だけ残されているのかな。
僕を置いていかないで、と口走りそうになったのを我慢した。
「客が目覚めるまで、俺は一睡もしない。
客の眠りを、俺は一晩中見守るんだ。
だから安心して寝ろ」
安堵の吐息をついていると、ユノは僕の背中をとんとんと叩きはじめた。
「ユノはいつ寝るの?」と問いかけた口をつぐんだ。
ユノは不眠症だったんだ。
「俺もね、恐ろしい思いをした過去があるんだ。
思い出すだけで、ぞっとするくらいのね」
「...その話、僕に聞かせて?」
「オッケ。
明日はチャンミンの番だから、明後日にしてやるよ」
「うん」
「おやすみ、チャンミン」
「おやすみ、ユノ」
(つづく)
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