【8】添い寝屋

 

 

真の意味で事件性の高い出来事だった。

 

その日、僕は駅前のホテルに部屋をとっていた。

 

彼女とクリスマスだったか、誕生日だったか...、何かのイベントを一緒に過ごすつもりでいたんだ。

 

食事をして、そのままホテルに直行するのも早いよね、って、クラブみたいなお店に入ったんだ。

 

彼女が行きたい、って言い出したんだっけな?

 

店内は混雑していて、空いてる席を見つけるのがやっとだった。

 

クラブに行ったのは実は、初めてだったし、照明は暗すぎて、会話が出来ないくらいうるさくて...僕は緊張していた。

 

レストランでの食事のせいかな、店内も暑いしで、喉が渇いて仕方がなかった。

 

がぶがぶ飲む僕を、彼女は心配してた。

 

「お兄さん、飲みっぷりがいいねぇ」

 

背後から声をかけられて振り返ると、男3人立っていた。

 

3人とも揃って大きな男で、無視をしたらヤバそうだと思った。

 

僕は「どうも」と頭を下げた。

 

「相席させてもらうよ」

 

僕の返事も待たずに、僕と彼女は3人の男に囲まれてしまった。

 

スタンド席だったから、彼女の手をひいてそのテーブルを直ぐに離れてしまえばよかったのにね。

 

不安そうな彼女に「大丈夫」って頷いて見せていながら、実は、困ったな...どうしよう状態だった。

 

「俺たちの奢りだ」

 

僕の前に置かれたショットグラスに、「なぜ、奢られるんだ?」って気味が悪かった。

 

グラスを干すとすかさず、僕のグラスを満たす。

 

これを空にしないと、恐ろしい目に遭わされる...怖かった。

 

彼女にはカクテルの1杯も奢らないのに、僕にだけじゃんじゃん酒を出すんだ。

 

きりがなくて、酒が強い僕でもしんどかった。

 

ところが、10杯目か11杯目のグラスを空けたとき、男たちは「楽しかったよ」って。

 

彼らの目的が理解できなくて、ポカンとした。

 

やっとで解放された...心からホッとした。

 

でも、去り際の「またな」の言葉が、不気味だった。

 

彼女に支えられる恰好で、ホテルへ帰った。

 

せっかくの記念日が(クリスマスだったっけ?)台無しになりそうだった。

 

僕らは酔っぱらっていて、一定の距離を保って後をつける3人の男に気付かなかった。

 

エレベータのドアが閉まる直前、男たちが強引に滑り込んできたんだ。

 

男の一人が、彼女のお尻をわしづかみにし、「ひっ」と悲鳴をあげた彼女の目は恐怖で見開かれていた。

 

「やめろ」

 

その男の手首を払いのけたら、ガシっと僕の手首が別の男につかまれた。

 

殴られる...と覚悟した。

 

僕の背中は冷や汗で濡れていた。

 

「じゃあ、お兄さんが相手をしてくれるわけ?」

 

僕はその男と目を反らさなかった。

 

反らしたら負けだ...なんて、カッコいい意気じゃない。

 

恐怖で反らせなかったんだ。

 

相手ってことは...この3人の男にボコボコにされるんだろうな。

 

でもまさか、殺されるほどの酷いことはしないだろうな。

 

男の方が先に目を反らして、他の2人に目配せをしていた。

 

僕は怯える彼女の耳元で「大丈夫だから」と、囁いた。

 

僕の真後ろには2人の男、そのうちの一人は彼女の肩を抱いている。

 

「彼女は帰してあげてください」

 

「それはできませんねぇ。

愛する彼氏が心配で、あんた一人にできないって言ってるんだよ。

なぁ?」

 

真っ青になった彼女は、こくこくと頷いていた。

 

 


 

 

こわばった僕の表情を認めると、ユノの両手に肩をつかまれ、くるりとひっくり返された。

 

「わっ!」

 

そしてそのまま、背後から抱きしめられた。

 

僕の肩にはユノの顎が乗り、ウエストにはユノの両手が巻き付いている。

 

背中いっぱいにユノの素肌を感じてしまって、背骨がじんじんした。

 

僕の肩甲骨をユノの胸板が心地よくはね返している。

 

「ふぅ...」

 

「大丈夫か?」

 

言葉を紡ぐとおりに、僕の耳たぶにユノの唇...多分、下唇かな...が触れた。

 

ユノのしっとりとした声が、じわりと鼓膜を通して沁みていった。

 

ウエストに組んだユノの手に、僕の手を重ねた。

 

「大丈夫。

久しぶりに思い出したから...ドキドキしただけ」

 

ユノの大きな手の平が、僕の左胸にぴたりと当てられた。

 

「ホントだ...」

 

僕の心臓が直接触れられているみたいに、火傷しそうに熱い手の平だった。

 

「ガチガチだ」

 

胸から肩へとユノの手が移動し、僕のうなじを揉む。

 

注ぎ足したオイルの香りがバスルーム中に立ち込めている。

 

凝りがほぐれて血行がよくなったせいもあって、視界がふわふわしてきた。

 

じゃぼんと、お湯に顔面を突っ込んでしまった僕。

 

「チャンミン!」

 

ユノに引き上げられて、ハッと意識を取り戻す。

 

「のぼせたんだろ?」

 

「え...あれ...?...あれ?」

 

背後のユノを顔を振り仰いだら、視界がぐらりと回る。

 

なるほど...熾きのようなユノの体温が、バスタブを満たす湯温を上げたのだ。

 

冷え冷えの僕の肉体には、ちと熱すぎた。

 

「風呂から出るか?」

 

ユノに抱き上げられ、熱い湯の中からタイルの床へ寝かされた。

 

ユノったら、僕を軽々と運ぶんだもの...無駄のない細身の身体は、見かけだましじゃなく、力も宿す完璧な肉体なんだ。

 

「茹でダコみたいになってるぞ」

 

「う...ん。

すみません...」

 

冷たい水で絞ったタオルを、僕の喉元に当ててくれる。

 

操作パネルで浴室のヒーターを切り、換気扇を回すなど、ユノの行動は迅速で的確だ。

 

「ふぅ...」

 

ひんやりした固いタイルが気持ちいい。

 

「またぐぞ」

 

「!」

 

棚のタオルを取ろうと、僕の身体をまたいだ全裸のユノ。

 

僕の視点はあそこに釘付けになるわけで...。

 

「ん?」

 

凄い...。

 

ユノの股間にロックオンされた僕に、彼の弾ける「アハハハハ!」

 

しょぼくれた僕のモノを思い出して、情けなくなってしまった。

 

ユノの気遣いで、僕のみすぼらしい箇所がタオルで隠れ、ホッとした。

 

「ちょっとは楽になったか?

おっと...頭を起こすんじゃない。

そのまま寝てろ」

 

「う...うん」

 

「続き」

 

「へ?」

 

「チャンミンの打ち明け話...続きを聞かせてくれ」

 

「...わかった」

 

自慢のバスルーム。

 

バスタブに腰掛けた全裸の美青年と、床に寝そべった不能の添い寝屋。

 

奇妙な構図だ。

 

「僕と彼女、そして3人の男は、エレベーターを降りたんだ」

 

僕は続きを語り始めた。

 

 

 

(つづく)

 

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