(7)添い寝屋

 

 

ユノと彼女がそれぞれ差し出したものを使って作られたシェイク。

 

均一に攪拌された美味しそうなミルクシェイク。

 

その大半を、ユノが全部飲んじゃった。

 

シェイクの例えを用いて、僕なりの解釈をユノに説明してみたら、「そうだ」と彼は頷いた。

 

「彼女の熱量みたいなものを、俺が吸い取ってしまったわけだ。

俺の中には二人分の熱があるんだ。

しかも単なる二人分じゃなくて、日を追うごとに増殖していくからさ...もう大変さ」

 

「......」

 

5年眠っていない話も信じがたいし、寝た相手の熱を取り込んでしまった話も科学的に説明できるものじゃない。

 

でも、僕の反応をじっと待つユノの表情は真剣だ。

 

僕をからかっている風でもないし、頭がおかしい風でもない。

 

僕の部屋を訪れた時から抱いていた印象、ユノはどこか異次元な雰囲気を漂わせていた。

 

「この話をするのはチャンミンが初めてになる。

俺の話...チャンミンは信じるか?」

 

「信じるよ」

 

僕はきっぱり、言いきった。

 

だって...僕も似たような体験をしたことがあったから。

 

「次は、チャンミンの話を聞かせてよ。

冷たい身体になってしまったワケとか...昔の話が嫌なら、最近のこととか教えてよ。

添い寝屋を始めたきっかけが一番、知りたいかな?」

 

「うーん...」

 

大いに気が進まなかった。

 

この仕事を始めたきっかけを説明するには、冷たい身体になってしまった理由を話さないわけにはいかない。

 

でも...ユノ相手には、なぜか嘘八百を語ってはいけない気がした。

 

僕が超がつく「冷え性」になってしまったきっかけ...ユノに話してしまおうかな、とちらっと思った。

 

言葉を選んで、NGゾーンに踏み入らないように話せばいい。

 

考えを巡らせていたから、しばらくの間無言でいたことに気付かずに、ユノのひと言で飛び上がった。

 

「風呂に入ろう」

 

「え?」

 

「リフォームしたっていう風呂場を見せてよ」

 

「でも...その...

僕の仕事場はベッドの上に限られるわけでして...」

 

「違うよ。

風呂に入るのは、俺の仕事の方。

チャンミンが希望したオプションサービスのひとつ」

 

「お風呂に入る、なんてオプションをつけた覚えはないよ!」

 

ユノはふふん、と得意げな笑みを浮かべると、パーテーション裏に置いた自分のバッグを持って引き返してきた。

 

「いい具合に調合したマッサージオイルなんだ」

 

バッグから出てきたのは、外国語のラベル(手書きかな?)が貼ってあるミルク色の小瓶だった。

 

「匂いを嗅いでみろ。

...な?

いい匂いだろ?」

 

「...うん」

 

柑橘類とスパイスが混じった...ほのかにミントの香りがした。

 

「待って...!

これを...僕のあそこに塗るの?

スース―しちゃうじゃないか?」

 

後ずさりし過ぎてベッドから転げ落ちそうになり、ユノの腕にキャッチされる。

 

敏捷な動作が猫みたいだ。

 

「...チャンミン...。

重症だなあ、チャンミン」

 

「え?」

 

「なんでもかんでも“そっち系”に話を持っていくんだから...。

困った添い寝屋さんだなぁ」

 

「え、違うの?」

 

「誰がこのオイルで、性感マッサージをしよう、って言ったんだよ?」

 

「だって...」

 

ユノはべたべたと触ってくるし、オーダーしたオプションサービス内容のこともあったし、そう勘違いしてしまっても仕方がないだろう?

 

自分が恥ずかしくて、赤くなってるだろう頬を見られたくなくて俯いた。

 

 

ユノはピュッと口笛を吹いた。

 

「すごいなぁ」

 

僕は得意になって、バスルームの設備の説明を事細かにしてしまう。

 

バスジェルの泡はしぼんで消えてしまっていたけど、湿度高い温かい空気はラベンダーの香りで満ちている。

 

「凝りをほぐしてくれるとやらのジェットバスを試してみようか?

チャンミン、パジャマを脱げよ」

 

この展開についていけなくてまごまごしている間に、ユノは自身のパジャマを脱ぎ捨ててゆく。

 

見惚れてしまった。

 

恥ずかしげもなく裸身をさらすユノに、見惚れてしまった。

 

「綺麗...だね...」

 

「そう?」

 

ユノは自身の身体を見下ろしていたが、ぽぉっとした僕の表情に気付いてほほ笑んだ。

 

「身体も商売道具だからな。

体型管理も仕事のうち。

近ごろは食欲もなくなってきたから、太る心配ないしな」

 

「ですよね」

 

「間違えるな。

俺は『添い寝屋』だ。

男娼じゃない」

 

ここに来てからのユノの行いに、ユノのメインの仕事が“そっち系”なんじゃないかと、思いかけていたから、「ごめん」と謝った。

 

「チャンミンも脱げよ。

風呂に入って温まろう」

 

「う、うん」

 

ところが、パジャマのボタンにかけた指が止まる。

 

煌々と明るい下で裸になるのは...それも同性の前で...恥ずかしすぎる!

 

壁際のスイッチに飛びついて、明かりを落とすと、バスタブ内に仕込まれたライトがぼうっと浮かび上がる。

 

しまった...ムーディな雰囲気になってしまった。

 

気合をいれてリフォームした浴室...特にバスタブは機能満載なのだ。

 

客観的に見て、バスタブに男2人の光景は...なんだか変だ。

 

まるで...まるで、ゲイカップルみたいじゃないか...!

 

先に身を沈めていたユノは、バスタブ前でもじもじしている僕の手を強く引く。

 

勢いがよすぎて、僕は頭からバスタブに突っ込んでしまった。

 

僕の頭はユノのお腹に受け止められ、あられもなく恥ずかしい恰好で。

 

ざぶりと湯の中から救出された僕は、恥ずかしくてたまらなくて、バスタブの反対側で膝を抱える。

 

むすっとした僕に、ユノは「怒った顔も可愛いなぁ」なんて言うんだ。

 

添い寝屋同士がどうしてお風呂に一緒に入っているんだよ?

 

「あ!」

 

僕の足が引き寄せられた。

 

バスタブ縁に置いた小瓶の中身を、手の平にたっぷりと落とし揉み込むと、僕の足を両手で包み込んだ。

 

足裏がユノの親指でほどよい圧力で押される。

 

「あぁ...」

 

いた気持ちよさで、うめき声が漏れる。

 

「どう?

ここは...痛い?」

 

「う...ん、いい。

痛いけど...気持ちがいい。

ん...んんっ...」

 

「ここは?」

 

「あっ...ううっ...いい。

いたっ...いててて。

そこはもうちょっと...優しく」

 

「固いな、ここ。

こりこりしてる」

 

「いたっ、いたたた!

あ...いい感じ」

 

「氷みたいだなぁ」

 

ユノの手は熱くて、凍えた足先を溶かしてくれる。

 

気持ちがいい。

 

「どう?」

 

「あん...!」

 

ユノのマッサージする手が止まった。

 

「...チャンミン。

足裏をマッサージしてるだけだぞ?

色っぽい声出すなよ」

 

「だ、だって...」

 

慌てて口を押えた。

 

確かに、“それ”っぽい声が出てしまった。

 

ユノの指がもたらす感触が、気持ち良すぎるんだ。

 

氷の塊が痛みを伴いながら溶かされ、押し流されていくんだ。

 

気持ち良かったから...つい。

 

「チャンミンの話を聞かせてくれ」

 

ドキッとした。

 

ユノの手は、僕のふくらはぎに移り、「細い脚だなぁ。ホントに飯食ってるのか?」とか、ぶつぶつつぶやいている。

 

「俺にも仕事をさせてくれ。

俺も打ち明けたんだ。

次はチャンミンの番だ」

 

「...わかったよ」

 

僕は観念した。

 

 

 

「...僕には当時、付き合ってる人がいたんだ」

 

「いつの話?」

 

「...普通だったとき」

 

僕は、片脚はユノにゆだね、折り曲げた方の片膝にあごをのせて、小声で答えた。

 

「勃ってられた時ってこと?」

 

「...うん」

 

「それから?」

 

「彼女と...デートしてた時に、ある出来事があって。

それが原因だと思う。

僕がその...そうなっちゃったのは」

 

「ショッキングなこと?」

 

「うん。

とんでもなくショッキングなことだった」

 

「ショッキングなことがあって、“不能”になったんだ?」

 

「そのショッキングなことが直接の原因じゃなくて。

直接的な原因の原因を作ることになったんだ」

 

「チャンミンの話はわかりにくいよ。

にごさずズバッと、全部ぶちまけろ」

 

仕方ないなぁ。

 

ゆらめく妖しい明かりが、ユノの肌を舐めている。

 

深呼吸したのち、僕の世界が一変してしまったストーリーを語りだした。

 

 

 

(つづく)

 

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