【6】添い寝屋

 

 

再び僕は飛び起きて、PCの元に走る。

 

マウスを操作し、登録しているサイトの管理画面を開くと、確かに予約が入っていた。

 

頭がスカスカな僕は、「予約不可」設定をし忘れていた。

 

その結果、本日18:00からの予約を受け付けてしまっていて、それすらチェックをし忘れていた。

 

「ひっ!」

 

「チャンミンは売れっ子の添い寝屋というから、どれだけ凄いのか期待してる」

 

背後に立ったユノに抱きしめられて、思わず身体を固くしてしまう。

 

足音をたてずに近寄ったユノは、猫みたいだ。

 

「緊張してるね...。

もっとくつろげよ」

 

「だってっ...!

...あっ...!」

 

さーっと背筋に電流が流れ、腰の力が抜ける。

 

「おっと!」

 

とっさに伸びたユノの腕に、力強く腰を支えられた。

 

ユノったら、僕のうなじに唇を押し当てて、それだけじゃなく舌を這わすんだもの。

 

「チャンミンは、感度がいいね」

 

「......」

 

「さあ。

ベッドに行こうか?」

 

 

 

 

消えてしまった僕の「欲情」

 

ムラムラして女性客を襲う心配をしなくてもいいから、好都合だった。

 

僕は眠い時は客に構わず眠ってしまう「不良添い寝屋」。

 

脱力系スタイルを貫き通していたら、意外に好評価で、予約が途切れることがなくなった。

 

おかげで贅沢な部屋を手に入れることができたし、部屋から一歩も出ずに仕事ができるなんて、最高だと思った。

 

ところが、次第にむなしさを感じるようになった。

 

身体も冷えていった。

 

このまま僕は淡々と、他人の隣で眠るしかできないのか。

 

こんなことを考えていたら、まるで僕の心を読み取ったみたいにユノは尋ねる。

 

「添い寝屋が辛いのか?」

 

「辛くはないです。

自分に合っていると思っていました」

 

「過去形だね」

 

「『欲』がないことにイライラしてきました」

 

なんだかんだ言ってても、『不能』は虚しい。

 

食欲ではカバーできない。

 

医者にかかればいいことだけど、それも出来ないし、それ系の出張サービスを利用したこともあった。

 

くたりとしょぼくれたままのモノに、彼女たちは憐みの眼差しを向けた。

 

情けなくて、自尊心や自信がしゅるしゅると抜けていった。

 

こんなんじゃ、恋人も作れないし結婚も絶望的だ。

 

焦ってきたのだ。

 

「辛いんだろ?」

 

「...はい」

 

潔く認めてしまえ。

 

僕をまるで抱き枕のようにしているユノ。

 

カイロのように熱を放つユノの体温が、じわじわと僕の肉体に沁みていく。

 

気持ちが良かった。

 

ああ...肉体が感じる『気持ちいいい』という感覚...久しぶりだ。

 

そうそう!

 

ユノは僕のお客でもあったんだ。

 

僕だけ癒されてて駄目じゃないか。

 

ユノの話を聞かなくっちゃ。

 

「ユノ。

どうして僕を雇ったのですか?」

 

ユノは僕の身体に巻き付けていた手をほどくと、肘枕をついた。

 

「聞きたい?」

 

「聞きたいも聞きたくないも...ユノは僕のお客です。

僕にも仕事をさせてください。

お悩み相談室じゃないですけど、眠れないわけがあるのなら、吐き出してしまいましょう?」

 

プロっぽいことを言ってる僕だけど、仕事のためじゃなく、ユノに興味があった。

 

ちょっとだけ迷って、引っ込めかけた手を伸ばして、ユノの頬を包んだ。

 

僕の方からもユノに歩み寄らないと、と思っても、どんなことをすればよいか分からなくて、とっさにとった行動。

 

僕の手の平の下で、ユノの頬がぴくりと震えた。

 

僕のことをさんざん撫でまわすのに、人から触れられるのは苦手なのかな、と思った。

 

「チャンミンを雇った理由は、さっきから言ってるように、不眠を何とかして欲しい。

それから、身体を冷まして欲しい」

 

熱を冷ますために、抱いたり抱かれたり...とかユノは言っていた。

 

「でも...僕はそういうことは出来ませんからね?」

 

「俺はそんなことは求めてないよ。

ん?

なんだなんだ、チャンミン?

残念そうな顔しちゃって。

求めた方がよかった?」

 

ムッとした僕は、ユノの頬に乗せた手を引っ込めようとしたら、がしっと手首を握られた。

 

熱い手だ。

 

「冗談だよ。

“そういうこと”に関しては、客のチャンミンにしてやるからな。

チャンミンは俺の言う通りにしていればいい」

 

「それはっ...!」

 

僕のオーダーが全部、ユノにバレてるから恥ずかしくて仕方がない。

 

「手はそのままに...冷たくて気持ちがいいから」

 

分厚い氷が熱く熱したものと接して、しゅわしゅわと音をたてて溶けていく。

 

そんな感じ。

 

かじかんだ指先に血が通う。

 

「話を戻そうか」

 

ユノの顔はやっぱり小さくて、僕の手で全部覆ってしまえるくらい。

 

すごいなぁ...こんなに綺麗な人が存在するなんて。

 

顔のパーツ全てが小作りで、行儀よくおさまっていて、女の人みたいな優美さもあるのに、女の人には見えない。

 

「...5年も眠れなくなって、身体も...。

原因は何も見当がつかないのですか?

きっかけみたいなもの...心当たりはないのですか?」

 

「明らかに『この日』だと言いきれるよ。

でも...不思議な現象の話だから...。

馬鹿にせず、最後まで聞いてくれるか?」

 

「はい」

 

そしてユノは、高くも低くもない不思議な声音で語りだした。

 

 

 

 

「恐らく、あのことがきっかけだったと思うんだ。」

 

「“あのこと”?」

 

ユノは仰向けに寝がえりをうち、大きく息を吐いた。

 

僕は乱れた毛布をユノの肩にかけ直してやった。

 

天井を仰ぐユノの横顔に見惚れながら、話の続きを待つ。

 

「5年前、俺はある女性と出会った。

かなり特殊な場所で」

 

特殊...?

 

どんなところだろう?

 

「その女性と出会ってしまったのが、きっかけだ。

うん...そうだ、そうに違いない」

 

「彼女と出会ったことが、熱くてたまらない身体になってしまったことに、どう繋がるのです?」

 

「彼女の顔を思い出そうとすればするほど、デティールが逃げていってしまうんだ。

覚えているのは、感触みたいなものかな。

いや、感触どころじゃない...ガツンと頭を殴られたみたいな衝撃だ」

 

「運命...の人...とか?」

 

「さあ...どうだろう?

彼女と経験して、脳みそが溶ける思いをした。

身体の芯までしびれてしまうくらいの凄いやつを」

 

「...ってことは、その...つまり...?」

 

「身体の相性がよかったんだろうなぁ」

 

「!」

 

ユノは5年前、とある女性と出会って、とあること(セックスのことだよね)をして、とんでもなく相性がよくて...。

 

「よく分からないのですが、身体の相性がよかったことと、不眠がどう繋がるのですか?」

 

ユノはふっと笑って、仰向けのまま眼球だけをこちらに向けた。

 

「身体がかっかしてたら、寝付けないだろう?」

 

「うーん...寝付けないでしょうね」

 

今の僕にはとても想像できないけど、同意してみせる。

 

「俺の身体と彼女の身体が、比喩じゃなくて、真の意味でひとつになったんだ。

どこからが彼女でどこからが俺のものかが分からないくらいに。

イメージわくかな?」

 

僕は首を振る。

 

「チャンミンがミルクで、俺が果物だとする。

このふたつをジューサーに入れて、シェイクを作るとする。

出来上がったシェイクを見て、どれがチャンミンで、どれが俺か...分かるか?」

 

僕は首を振る。

 

「ここからが、俺の話の重要ポイントだ。

いつまでも繋がったままじゃいられないだろ?」

 

「はい」

 

「身体を離した時にさ、彼女が俺の中に入ってきた」

 

「は?」

 

「彼女の熱いものが、俺のアソコを通して俺の中に入ってきたんだ。

彼女のものまで、俺が奪ってしまったんだ」

 

「!?」

 

 

 

 

僕は添い寝屋、ユノも添い寝屋。

 

僕はユノの客、ユノは僕の客。

 

足して引いてゼロになって、僕とユノは対等の立場。

 

僕の仕事部屋...寝心地の良い大きなベッド...防犯カメラに映された僕ら。

 

パジャマを着た二人の青年が向かい合った姿勢で、横たわっている。

 

誰にも言えずにいた秘密を、ひとつひとつ明かしていく。

 

想像すると、とても不思議で興味深い光景だ。

 

 

 

(つづく)

 

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