(10)添い寝屋

 

 

寝具を全て洗濯するのが僕のルーティン。

 

潔癖だからという意味じゃなく、シーツが吸い込んだお客たちが残した匂いだとか、疲労と不幸をさっぱり、洗い流すため。

 

洗濯機に放り込む前、抱えたシーツに顔を埋めた。

 

ユノの香りがする。

 

ちょっと変態めいていたかな...僕しかいるはずないのに周囲を見回し 、ひとり赤面した。

 

洗面所の床に座り込んで、ぐるぐる回るシャボンを、ぼーっと眺めていた。

 

僕の秘密の一部をユノに話してしまった。

 

誰にも話したことがない。

 

数年前、もともと少ない人間関係をばっさり切り捨てた。

 

誰といても心は空虚、誰にも興味を覚えない...僕はひとりぼっち。

 

望んでひとりぼっちになった。

 

代わりに入れ代わり立ち代わり、多種多様なお客たちが僕のベッドを通り過ぎるだけ。

 

ところが、僕は久方ぶりに「寂しい」と思った。

 

犯人はユノだ。

 

ずかずかと強引な手を全然使わずに、するりと僕の心に入り込んできた。

 

目を覚まし、一瞬事態が分からず、僕のお腹で組まれた手にぎょっとし、その手の持ち主を辿っていったら、端正な顔が待っていた。

 

「おはよう」

 

そうだった!

 

僕が雇った添い寝屋、かつ僕を雇った添い寝屋とひとつベッドで眠ったんだった(ぐっすりと寝たのは僕だけ)

 

「お、おはよう...」

 

ユノにしがみついてる自分が恥ずかしくて、僕は顔を伏せてしまった。

 

 

 

 

今夜もユノがやってくる。

 

そしてその時、僕の秘密の続きを語る。

 

色褪せることなく焼き付いた記憶を、辿ってみた。

 

やめておこう...ユノが側にいてくれる時にしよう。

 

火傷しそうに熱く、ミステリアスな空気を漂わせていて、頼もしくてエッチな美貌の男。

 

洗濯終了のブザーが鳴っても、僕はそのままぼぉっと、ユノを想っていた。

 

 


 

 

僕らはベッドの上で、色とりどりの食べ物(ユノの差し入れ)を囲んでいた。

 

僕は崩した横座りで、ユノは寝っ転がったままのお行儀の悪い恰好で。

 

「チャンミンは今日、何してた?」

 

「洗濯して掃除して、観葉植物の土の入れ替えをしてた」

 

「へえぇ、あのピッカピカのエントランスを土の袋抱えて通ったってわけ?」

 

「まさか」

 

僕は外出嫌いで、食糧も日用品も全部、配達してもらっているのだ。

 

「どうりで生っちろい肌をしてるはずだ。

運動不足にならないのか?」

 

「ふふん。

隣の部屋をトレーニングルームにしてるんだ。

ユノの方はどう?

何してた?」

 

「んー、プールで泳いで、その後買い物したり、人と会ったり...いつもと変わらないよ」

 

「人と会うって...つまり、そういうこと?」

 

「...チャンミン...末期症状だぞ。

全てをエロい方に考えるんだから...参ったなぁ。

チャンミンのスケベ心は、今夜解消してやるからな」

 

「今夜!?」

 

「ああ。

チャンミンの告白タイムが終わってからのお楽しみだ。

どう?

ウキウキしてきただろ?」

 

「ウッ、ウキウキなんてしてないよ!」

 

「今夜も俺が添い寝屋役だ。

添い寝屋、っていうより、お悩み相談員みたいだな、ははっ」

 

「そんな感じだよね」

 

添い寝屋の役目は、客たちの眠りを妨げているモヤりを、わずかなりとも取り除いてあげることだ。

 

添い寝屋とお客との会話は、常に一方通行で、僕らは常に聞き役だ。

 

心を占めるわだかまりを吐き出させ、頷き聞く。

 

そうして肩の荷を下ろしたお客は、僕らの腕の中で眠りにつくのだ。

 

「彼女を部屋に押し込んで、廊下に残された僕は3人の男たちに囲まれていた。

 

殴られるだろうから、奥歯をぐっと噛みしめた」

 

いきなり語りだした僕に、不意をつかれてユノは眉を上げた。

 

そして立ち上がると、僕の背後に回り込み僕を抱きかかえた。

 

ユノの熱い体温と香りに包まれて、安心した僕は続きを語る。

 

「男の一人に羽交い絞めされて、もう一人が僕の足を持った。

残りの一人が僕の腰を支えて、僕は荷物みたいに運ばれたんだ。

彼らはずっと無言で、何をされるのか怖くてたまらなくて、悲鳴すらあげられなかった」

 

「運ばれたって、どこに?」

 

「エレベーターに乗って、うんと下。

ずいぶん長い間乗ってたからね。

僕は彼らに担がれた状態で、階数ランプを見ていた。

目隠しも無し、意識を失わせることも無し、隠すつもりはなかったんだね」

 

「地下に行って...それから?」

 

僕の膝を抱えたユノの腕に力がこもった。

 

「大丈夫だ、俺がついている」と守るみたいに。

 

「僕を痛い目に遭わせるつもりはなさそうだった。

 

荷物みたいに運ばれた、って言ったけど、扱いは乱暴じゃなかった。

 

長い廊下をしばらく歩いてたから、ホテルの敷地はとうに越えていたと思うな」

 

「逃げ出そうとは思わなかったのか?」

 

「好奇心が湧いてきたんだ。

どこに連れて行くんだろう?って...呑気だろ?」

 

「ああ」

 

「扉を開けた先は、赤いライトだけの暗い部屋だった。

男たちは僕を下ろした。

とても広い部屋だった。

見回して、僕はびっくりした...口もきけないくらいに」

 

「どうだったんだ?」

 

「男と女の人があちこちにいて...その...いろんなことをしてたんだ。

つまり、その...」

 

それ以上、詳細を説明できなくて言いよどんでいると、ユノはそのものズバリを言い当ててくれた。

 

「スワッピング・クラブ?」

 

「えっと...うん、そういう所だったみたい。

それだけじゃなくて...その...」

 

「男と女だけじゃなく、男と男、女と女の組み合わせもあったって?」

 

「うん...それだけじゃなくて...」

 

「1対1だけじゃなく、1対2とか、2対2とか1対3とか?」

 

「...うん」

 

ユノの言う「2対2」ってどうやってやるんだろう?って、頭の中で組み合わせ方を考えてしまった。

 

「連れて行かれて、チャンミンはどうしたの?」

 

肩ごしにユノを振り仰いだら、彼の猫みたいな眼がギラギラしていた。

 

「それで...チャンミンはどうしたんだ?

詳しく教えろよ?」

 

「は、恥ずかしいから...嫌だ」

 

「俺はチャンミンを甘やかさないって言っただろ?

教えるんだ。

『不能』を治してやらないぞ?

ずーっと、ふにゃちんのままだぞ?

いいのか?」

 

「それは...困る」

 

ユノの言うことは無茶苦茶だ。

 

あそこで起きたこと、僕がしたことを全部ユノに教えたら、僕の『不能』が治るなんて。

 

エッチなユノのことだ、エッチな話を聞きたいだけなんだ。

 

ユノの熾火の身体で蒸されて、僕はのぼせていた。

 

僕の氷の身体がじわりと溶けてきて、額に浮かんだ汗がつっと顎に滴り落ちた。

 

「で、チャンミンは愉しんじゃったのか?

可愛い彼女がいるのに?」

 

「えっと、その...彼女がいるのに他の女の人と、アレをしたわけじゃなくって...」

 

「うっわー!」

 

ユノったら僕の耳元で大きな声を出すんだ、「うるさいよ」と耳を塞いだ。

 

「念のため訊いておくけど...チャンミンは経験あったのか?」

 

「あるわけないだろう!

3人の男は、『ウェルカム・トゥ・俺たちの世界へ』って言ったんだ。

僕をその場に置いて、去っていった。

その言葉が怖かった」

 

「『俺たちの世界』か...。

つまり、そういうことだよな?」

 

「...多分」

 

「で、目覚めたのか?」

 

「うーん...そうなる...のかなぁ?

ユノには“そういう趣味はない”って言ってたけどね。

僕はきっと...男の人に挿れられないとダメな質なんだ。

ま、今は勃たないし、それならばって中から刺激をしてみても、さっぱりだし。

それ以前に、ムラムラすることもなくなった」

 

「その出来事がきっかけで、『不能』になってしまったのか?

目覚めて愉しみまくったんだろう?

そこから、どうやって『不能』に至るんだ?」

 

「僕が『不能』になったのは、もっと後のことなんだ」

 

「チャンミンの過去は複雑だなぁ」

 

「地下で起きたあの夜をきっかけに、僕は...」

 

僕は深呼吸をした。

 

「『不能』どころか、『淫乱』になってしまった」

 

「はあぁぁ!?」

 

 

(つづく)

 

 

 

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