寝具を全て洗濯するのが僕のルーティン。
潔癖だからという意味じゃなく、シーツが吸い込んだお客たちが残した匂いだとか、疲労と不幸をさっぱり、洗い流すため。
洗濯機に放り込む前、抱えたシーツに顔を埋めた。
ユノの香りがする。
ちょっと変態めいていたかな...僕しかいるはずないのに周囲を見回し 、ひとり赤面した。
洗面所の床に座り込んで、ぐるぐる回るシャボンを、ぼーっと眺めていた。
僕の秘密の一部をユノに話してしまった。
誰にも話したことがない。
数年前、もともと少ない人間関係をばっさり切り捨てた。
誰といても心は空虚、誰にも興味を覚えない...僕はひとりぼっち。
望んでひとりぼっちになった。
代わりに入れ代わり立ち代わり、多種多様なお客たちが僕のベッドを通り過ぎるだけ。
ところが、僕は久方ぶりに「寂しい」と思った。
犯人はユノだ。
ずかずかと強引な手を全然使わずに、するりと僕の心に入り込んできた。
目を覚まし、一瞬事態が分からず、僕のお腹で組まれた手にぎょっとし、その手の持ち主を辿っていったら、端正な顔が待っていた。
「おはよう」
そうだった!
僕が雇った添い寝屋、かつ僕を雇った添い寝屋とひとつベッドで眠ったんだった(ぐっすりと寝たのは僕だけ)
「お、おはよう...」
ユノにしがみついてる自分が恥ずかしくて、僕は顔を伏せてしまった。
・
今夜もユノがやってくる。
そしてその時、僕の秘密の続きを語る。
色褪せることなく焼き付いた記憶を、辿ってみた。
やめておこう...ユノが側にいてくれる時にしよう。
火傷しそうに熱く、ミステリアスな空気を漂わせていて、頼もしくてエッチな美貌の男。
洗濯終了のブザーが鳴っても、僕はそのままぼぉっと、ユノを想っていた。
僕らはベッドの上で、色とりどりの食べ物(ユノの差し入れ)を囲んでいた。
僕は崩した横座りで、ユノは寝っ転がったままのお行儀の悪い恰好で。
「チャンミンは今日、何してた?」
「洗濯して掃除して、観葉植物の土の入れ替えをしてた」
「へえぇ、あのピッカピカのエントランスを土の袋抱えて通ったってわけ?」
「まさか」
僕は外出嫌いで、食糧も日用品も全部、配達してもらっているのだ。
「どうりで生っちろい肌をしてるはずだ。
運動不足にならないのか?」
「ふふん。
隣の部屋をトレーニングルームにしてるんだ。
ユノの方はどう?
何してた?」
「んー、プールで泳いで、その後買い物したり、人と会ったり...いつもと変わらないよ」
「人と会うって...つまり、そういうこと?」
「...チャンミン...末期症状だぞ。
全てをエロい方に考えるんだから...参ったなぁ。
チャンミンのスケベ心は、今夜解消してやるからな」
「今夜!?」
「ああ。
チャンミンの告白タイムが終わってからのお楽しみだ。
どう?
ウキウキしてきただろ?」
「ウッ、ウキウキなんてしてないよ!」
「今夜も俺が添い寝屋役だ。
添い寝屋、っていうより、お悩み相談員みたいだな、ははっ」
「そんな感じだよね」
添い寝屋の役目は、客たちの眠りを妨げているモヤりを、わずかなりとも取り除いてあげることだ。
添い寝屋とお客との会話は、常に一方通行で、僕らは常に聞き役だ。
心を占めるわだかまりを吐き出させ、頷き聞く。
そうして肩の荷を下ろしたお客は、僕らの腕の中で眠りにつくのだ。
「彼女を部屋に押し込んで、廊下に残された僕は3人の男たちに囲まれていた。
殴られるだろうから、奥歯をぐっと噛みしめた」
いきなり語りだした僕に、不意をつかれてユノは眉を上げた。
そして立ち上がると、僕の背後に回り込み僕を抱きかかえた。
ユノの熱い体温と香りに包まれて、安心した僕は続きを語る。
「男の一人に羽交い絞めされて、もう一人が僕の足を持った。
残りの一人が僕の腰を支えて、僕は荷物みたいに運ばれたんだ。
彼らはずっと無言で、何をされるのか怖くてたまらなくて、悲鳴すらあげられなかった」
「運ばれたって、どこに?」
「エレベーターに乗って、うんと下。
ずいぶん長い間乗ってたからね。
僕は彼らに担がれた状態で、階数ランプを見ていた。
目隠しも無し、意識を失わせることも無し、隠すつもりはなかったんだね」
「地下に行って...それから?」
僕の膝を抱えたユノの腕に力がこもった。
「大丈夫だ、俺がついている」と守るみたいに。
「僕を痛い目に遭わせるつもりはなさそうだった。
荷物みたいに運ばれた、って言ったけど、扱いは乱暴じゃなかった。
長い廊下をしばらく歩いてたから、ホテルの敷地はとうに越えていたと思うな」
「逃げ出そうとは思わなかったのか?」
「好奇心が湧いてきたんだ。
どこに連れて行くんだろう?って...呑気だろ?」
「ああ」
「扉を開けた先は、赤いライトだけの暗い部屋だった。
男たちは僕を下ろした。
とても広い部屋だった。
見回して、僕はびっくりした...口もきけないくらいに」
「どうだったんだ?」
「男と女の人があちこちにいて...その...いろんなことをしてたんだ。
つまり、その...」
それ以上、詳細を説明できなくて言いよどんでいると、ユノはそのものズバリを言い当ててくれた。
「スワッピング・クラブ?」
「えっと...うん、そういう所だったみたい。
それだけじゃなくて...その...」
「男と女だけじゃなく、男と男、女と女の組み合わせもあったって?」
「うん...それだけじゃなくて...」
「1対1だけじゃなく、1対2とか、2対2とか1対3とか?」
「...うん」
ユノの言う「2対2」ってどうやってやるんだろう?って、頭の中で組み合わせ方を考えてしまった。
「連れて行かれて、チャンミンはどうしたの?」
肩ごしにユノを振り仰いだら、彼の猫みたいな眼がギラギラしていた。
「それで...チャンミンはどうしたんだ?
詳しく教えろよ?」
「は、恥ずかしいから...嫌だ」
「俺はチャンミンを甘やかさないって言っただろ?
教えるんだ。
『不能』を治してやらないぞ?
ずーっと、ふにゃちんのままだぞ?
いいのか?」
「それは...困る」
ユノの言うことは無茶苦茶だ。
あそこで起きたこと、僕がしたことを全部ユノに教えたら、僕の『不能』が治るなんて。
エッチなユノのことだ、エッチな話を聞きたいだけなんだ。
ユノの熾火の身体で蒸されて、僕はのぼせていた。
僕の氷の身体がじわりと溶けてきて、額に浮かんだ汗がつっと顎に滴り落ちた。
「で、チャンミンは愉しんじゃったのか?
可愛い彼女がいるのに?」
「えっと、その...彼女がいるのに他の女の人と、アレをしたわけじゃなくって...」
「うっわー!」
ユノったら僕の耳元で大きな声を出すんだ、「うるさいよ」と耳を塞いだ。
「念のため訊いておくけど...チャンミンは経験あったのか?」
「あるわけないだろう!
3人の男は、『ウェルカム・トゥ・俺たちの世界へ』って言ったんだ。
僕をその場に置いて、去っていった。
その言葉が怖かった」
「『俺たちの世界』か...。
つまり、そういうことだよな?」
「...多分」
「で、目覚めたのか?」
「うーん...そうなる...のかなぁ?
ユノには“そういう趣味はない”って言ってたけどね。
僕はきっと...男の人に挿れられないとダメな質なんだ。
ま、今は勃たないし、それならばって中から刺激をしてみても、さっぱりだし。
それ以前に、ムラムラすることもなくなった」
「その出来事がきっかけで、『不能』になってしまったのか?
目覚めて愉しみまくったんだろう?
そこから、どうやって『不能』に至るんだ?」
「僕が『不能』になったのは、もっと後のことなんだ」
「チャンミンの過去は複雑だなぁ」
「地下で起きたあの夜をきっかけに、僕は...」
僕は深呼吸をした。
「『不能』どころか、『淫乱』になってしまった」
「はあぁぁ!?」
(つづく)
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