(4)1/2のハグ

 

 

 

「チャンミン...腹減った」

 

1組だけ敷いたままにしてもらった布団の中から、ユノがつぶやく。

 

「もう?」

 

読んでいた文庫本から顔を上げて、チャンミンは呆れた声を出す。

 

古民家を改築したこの旅館の名物のひとつが、お粥朝食だった。

 

「またお粥かよ...」と、山菜も一緒に炊きこんだお粥を前に、ユノはがっくりと肩を落としていた。

 

「ここを選んだのはユノでしょ?」

 

「そうだけどさ...」

 

「菓子パンがあるよ」

 

「ちょうだい!」

 

文庫本を閉じるとチャンミンは、バッグからコンビニの袋ごとユノに手渡した。

 

「チャンミンのバッグには、俺のために何でも入ってる」

 

「手がかかる恋人がいるからね」

 

「そうだよー。

俺はチャンミンの『恋人』

いいなあ。

『恋人』っていい響きだなあ」

 

クリームパンにかぶりつくユノを、チャンミンは愛おしげに見つめる。

 

そして、広縁の籐椅子に座らせた巨大なぬいぐるみに視線を移した。

 

「ねぇ、ユノ」

 

「うーん?」

 

「この子、シロクマじゃないよ」

 

「えぇぇ!?」

 

布団から飛び出してきたユノに、チャンミンはぬいぐるみの足裏に縫い付けてあるタグを見せる。

 

「犬だよ、紀州犬だって」

 

「どう見ても、シロクマじゃないか!」

 

「でも、耳がとがってるし、尻尾もくるんってしてるよ」

 

「そんなぁ...」

 

ぺたりと座り込んでしまったユノを見て、チャンミンはクスクス笑う。

 

「どうしてまた、ぬいぐるみなの?」

 

「TV番組で、芸能人がでっかいぬいぐるみを部屋に置いててさ。

確か、クマだったよね。

『僕も部屋に飾りたい』って、チャンミン言ってたよね?」

 

「そういえば、そんなこと言ってたかも」

 

「だろ?

運ぶの大変だったんだよ。

一番大きいスーツケースでも、ぎゅうぎゅうに押し込まないと入らなくて。

まるで死体を運ぶ犯罪者の気分だったよ」

 

「あははは」

 

 


 

 

チャンミンがバスターミナルで買ってきた、牛しぐれ煮弁当の昼食を終えた。

 

チャンミンは文庫本を読みふけり、ユノは部屋付きの浴室でシャワーを浴びて、さっぱりとさせた。

 

「チャンミン、のど飴ちょうだい」

 

「はい、どうぞ」

 

「チャンミン、ここに座って」

 

ユノは広縁の椅子に腰かけた自身の膝を、ぽんぽんと叩いた。

 

「ユノの上に?

僕が?」

 

「うん、俺の上に座って」

 

迷うチャンミンに、ユノはもう一度膝を叩いた。

 

「重いよ?」

 

「平気。

チャンミンは多分、俺より軽いはず」

 

「...わかった」

 

男の膝の上に座る男...なんともいかがわしい光景だ、と思いながら、チャンミンはそろりとユノの腿に腰を下ろした。

 

「うーん、やっぱり変だね。

じゃあ、ここに座って」

 

ユノは椅子に深く腰掛け、広げた太ももの間にチャンミンの腰が収まった。

 

ユノはチャンミンの胸に腕を回した。

 

「チャンミン」

 

「ん?」

 

「今日は何の日かわかる?」

 

ユノの唐突な質問を受けて、チャンミンは考え込む。

 

(ユノの誕生日はつい先日だったし、僕の誕生日は数日後。

ユノと付き合いだして未だ半年も経たないから、何かの記念日でもない)

 

「さあ...分かんない」

 

「だろうね」

 

ユノは、「ふふん」と笑った。

 

「今日は、2分の1誕生日なんだ」

 

「2分の1?」

 

「俺の誕生日とチャンミンの誕生日の間の、2分の1」

 

チャンミンは指を折って計算する。

 

「ホントだ!」

 

ユノはチャンミンの肩に自分のあごをのせた。

 

「俺の誕生日のときは、チャンミンは盛大にお祝いしてくれただろ?

チャンミンの誕生日はもちろん、俺がめいっぱいお祝いしてあげる。

俺たちは未だ付き合ってそんなに日が経っていないだろ?

...それで、記念日をいっぱい増やしたくて...思いついてみたんだ」

 

ユノは頬をチャンミンにぴたりとくっつける。

 

ユノがほお張ったのど飴のミントの香りがする。

 

「この日めがけて日程を合わせたの?」

 

「チャンミン、思い出して。

俺たちの予定を合わせるのだけでも、大変だったじゃないか」

 

「そうだったね」

 

「旅行の日にちがいつだろうと、何でもいいんだ。

この旅行そのものが、俺にとって大事な記念日なんだよ」

 

「...ユノ」

 

「たまたま今日が、2分の1だったからこじつけてみただけ。

 

俺はね、チャンミンと旅行に行けて、ほんっとーに嬉しかったんだ」

 

チャンミンの胸に、じわじわと熱いものが湧き上がってきた。

 

「誕生日プレゼントとは違うものを、贈りたかった。

アクセサリーとか、洋服とか...。

何がいいだろうって、たくさん考えた。

でも、チャンミンは大人だから、これまでいろいろなものを贈られてきていると思うんだ。

チャンミンが今までプレゼントされたことのないものを、俺は贈りたかった。

だからこその『ぬいぐるみ作戦』だったわけ」

 

 

 

 

(まったく、この子ったら。

 

この子ときたら。

 

涙が出そう。

 

心根の優しい年下の彼氏。

 

僕の可愛い可愛い恋人だ)

 

 

 

 

「ねぇ、ユノ」

 

「んー?」

 

チャンミンは、ユノの手の甲の骨をひとつひとつなぞる。

 

微熱のあるユノの手は熱かった。

 

「今日は僕らの2分の1誕生日なんでしょ?

ってことは、

2分の1誕生日記念日になるね」

 

「そっか!」

 

チャンミンの髪のいい香りや、髭剃り後の頬を感じて、ユノは勢いづいた。

 

ユノは、自分の方を振り向かせようとチャンミンの顎に手を添える。

 

「だ~め」

 

間近まで寄せた唇がチャンミンの手で阻まれた。

 

「えぇ...」

 

「風邪が伝染るからダメ!」

 

「のど飴で殺菌したから大丈夫!」

 

「のど飴は、そのつもりだったんだ?」

 

「ふふん」

 

「ユノの風邪が治ってからね」

 

「俺は、健康な若い男なんだよ?

もう我慢できない!」

 

「『不』健康でしょ」

 

「うるさいなあ」

 

ユノは強引に、けれども優しくチャンミンの唇を塞いだ。

 

チャンミンもユノの熱い頬に手を添える。

 

「チャンミンが熱を出したら、俺が看病してあげるよ」

 

唇をようやく離したユノはそう言って、片目を細めてニヤリと笑った。

 

「めちゃくちゃワガママな病人になってやる」

 

「チャンミンって、そんな感じ」

 

「さっさと寝てなさい!」

 

「もう一回、キスしたいなあ」

 

「ダメ!」

 

「ちぇっ」

 

 

 

 

見るはずだった。

観光客が少ない早朝を狙って、ひたひたと静かな水面に鏡面反射した山を。

 

手を浸すはずだった。

川底の丸石も、泳ぐアユもくっきりと見えるほど透明な冷たい水に。

 

頬に受けるはずだった。

つり橋を吹き抜けるきりりと冷たい北風を。

 

俺のせいで、チャンミンに体感してもらえなかったあれこれ。

 

困った顔をしながらも、甲斐甲斐しく俺の我がままに付き合ってくれて、くすぐったい気持ちになった。

 

チャンミンのことが、ますます好きになった。

 

シロクマを見た時の、チャンミンの真ん丸の目ときたら。

 

可愛かった。

 

俺の可愛い可愛い、年上の彼氏。

 

実は、観光に行くよりこうやって、チャンミンと2人きりで室内にこもる方が嬉しい。

 

次は、俺の部屋に遊びに来るんだぞ。

 

わかった、チャンミン?

 

 

 

(『1/2のハグ』終わり)

本編『Hug』に続く

 

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