肌と肌同士がこすれる感じが気持ちいい。
呼吸に合わせて上下するユノの胸から、彼の甘く濃い、男の人の匂いがする。
自慢のベッドリネンに客の匂いが付くのを嫌って、客が肌をさらすことを僕は禁じていた。
そんなルールも、ユノと接していたら忘れていた。
「添い寝屋業は気付いたら、始めてた。
きっかけは、当時の恋人の母親に添い寝をしてやったことかな」
「は、母親!?」
「恋人の両親の仲は最悪でね、その子の父親は留守がちで、どうやら不倫をしているらしかった。
『なぜ、別れないんだ?』となるだろ?
その辺は当事者じゃないと理解は出来ないし、母親は夫が外で何をしていたにせよ、三下り半を叩きつける気はなかったんだ。
俺は恋人の家に入り浸っていた。
貧乏学生で金欠で、常に腹を空かせていた。
恋人んちに行けば、腹いっぱい食べさせてもらえた。
ある日、いつものように恋人んちを訪れたところ、母親がいつものように出迎えてくれたんだけど、あいにく肝心の恋人は留守だった。
帰ろうとする俺を彼女は引き留めて、『ご飯を食べていって』と、強く勧めたんだ。
そりゃありがたい、って俺は素直に従った。
その後どうなったか...チャンミンはどう想像する?」
「...えっと...彼女と...『そういうこと』をしたってことでしょ?」
「...と、考えるだろう、普通?
俺は彼女と寝たりなんかしなかったよ。
第一、 恋人がいるのに、恋人の母親と寝るなんて、常識的な俺には無理」
「うっそ!
ユノって常識的なの!?
...いたっ!」
ユノは僕の鼻をつまむと、僕を覗き込んだ。
「チャンミンは俺のことを、誤解しているなぁ。
とっかえひっかえ相手を変える私生活の、淫乱な男娼だと、思い込んでるだろ?」
「いえいえ...そんな、滅相もない」
「ふん...どう思われても、いいけどさ。
抱きつかれた時は、俺とセックスがしたいんだと思った。
彼女は胸も大きいし、美人な方だし、恋人がいなければ年上の女もいいもんだな、って。
困ったなぁ、って、無下に突き放すのも、彼女のプライドを傷つけてしまうよなぁ、って。
彼女に抱きつかれたまま、俺はじっとしていた。
そうしたらね、彼女、寝入ってしまったんだ。
俺は、朝までその姿勢のままでいたよ」
「彼女は、寂しかったのかな」
「だろうね。
朝になったら、彼女は変によそよそしくなることもなく、いつも通りだった。
恋人は帰ってこないし俺もバイトがあるしで、おいとましようとしたら、彼女からお金を渡された。
馬鹿にされた、とカッとなったよ。
でも、彼女は『受け取ってくれないと、惨めな気持ちになる』と言った。
そして、こう言われた。
『ユノ君は落ち着く。何もせず、添い寝してくれたお礼だから』って。
その日以来、恋人が留守の日に限ってだけど、俺は彼女に添い寝してやった」
「グラマーな熟女だったんでしょ?
ムラムラはしなかったの?」
「しない。
仕事だと思うと、そんな気は起きないよ」
相変わらず、僕の下腹に押しつけられた、固さと弾力を持ったものを意識しだした。
ユノが僕の身体に寄り添っているのは、仕事の範疇に入っていないことなのかな、と疑問に思った。
「恋人にバレなかったの?」
「両親の部屋から出てくる俺を、彼にバッチリ見られたんだ。
そんなんじゃないって否定しても、信じてもらえないのが普通だろうね」
「えっ!?
今、『彼』って言った?
恋人って、男の人なの?」
「うん...変か?」
僕はぶるぶると首を振ったけれど、急に下腹に当たる『もの』から脈打つ熱さを感じ始めてきた。
ユノは本気で、僕に興奮しているんだ!
「以上が、俺が添い寝屋を始めたきっかけの話だ。
...つまんなかったかな?」
「ユノ...僕が知りたいのは、ユノが経験した『恐ろしい思い』のことなんだけど?」
「わかってる。
俺にもウォーミングアップさせてくれ。
自分の話をするのって...恥ずかしいもんだな。
湯の張っていない湯船と、湯が出ないシャワー...そんな浴室で素っ裸になった感じだ。
分かる?」
「うーん、なんとなく」
熱いシャワーでも浴びようと裸になった自分を想像してみた。
蛇口をひねってもお湯が出ない寒々とした浴室で、全身鳥肌がたっていて、途方にくれたマヌケな自分の姿を。
外交的に見えるユノは、実は孤独なのかもしれない。
緊張させる隙なく、僕の心と身体にするりと寄り添ってきて、わずか2晩目で僕に秘密を暴露させた。
ユノは頼られるばかりで、自分自身が誰かに頼ることはほとんどないんじゃないかな、そう思った。
「キスしていい?」
「うん」と僕は答え、ユノの唇が降ってくる前に、彼の首にかじりついた。
積極的な僕にユノは驚いたみたいだ。
固く結ばれていた唇は、すぐに柔らかくほぐれて僕の舌を受け入れた。
僕らはどうしてキスをしているんだろう。
なぜか、ユノとキスがしたくなった。
その訳は...分からない。
何度も顔の傾きを変えて、口づけ直し、さっきはユノの舌が次は僕の舌をと、唾液の交換をする。
「あ...」
僕の腰にはユノの片腕が巻き付き、もう片方の手は、僕の背中から脇腹を何度も往復している。
「ひゃん...」
僕の肌に手の平全体をぴたりと密着させての愛撫に、のけぞってしまった。
「逃げないで」
「...だって。
なんか...変」
ユノに触れられて全身に走る痺れには慣れてきたけれど、今のタッチにはいけない。
僕は脇腹が弱いのかな、胃の下辺りがウズウズするのだ。
例えて言うなら、足が痺れた時、少しでも触れられるとくすぐったくって、「うわ~」となる感じ。
「...やっ、離して」
「嫌だ。
これはオプションサービスだよ」
「...でも、心の準備が...」
「『本番あり』
そう希望したのはチャンミン、お前だ」
「でもっ!
ユノは...ユノは平気なの?
初めて会った人と、こんなことするの...?
ぼ、僕だったら...無理っ」
「これは『サービス』なんだぞ?」
ユノはそう言いながら、その手を僕のズボンの中に滑り込ませて、僕のお尻をがしっと掴んだ。
「ひゃっ」
ユノの指の一本が、僕のお尻の割れ目にかかっている。
もう1センチ内側にずらせば、かつて、奥の奥まで埋めて乱暴にかき回されたいと、ぱくぱくと口を開けていた箇所に届く。
今の僕の入り口は当然、きゅっと閉じているはずだ。
「ちんたらしてたら、いつになっても『本番』にたどり着けないぞ?
あと3夜しかないんだ」
「...やっぱり、心の準備が...!」
「仕方がないな」
ユノはふんと鼻を鳴らして、「今夜はこれくらいにしておこう」と呆れた風に言って、僕から身体を離した。
「......」
頭の後ろで腕を組んで、ユノはじっと天井を睨んでいる。
不貞腐れたみたいな言い方と、その横顔が怒っているように見えて、僕は「ごめん」と謝った。
僕の恥ずかしい過去の半分を暴露してしまっていた。
何でも受け止めてくれるユノの頼もしさに、甘えられた。
それでも未だ、ユノに対して躊躇があった。
多分、僕は怖いんだ。
社会生活に支障が出るほど性に溺れに溺れて、狂ってしまった過去があったから。
そうなってしまうくらいなら、僕は再び氷河に閉じ込められて、氷の板越しに僕の元にやってくる客を眺めている方がマシだ。
どうして、添い寝屋なんか雇ってしまったんだろう、と後悔し始めていた。
初日の会話から、ユノは男女を問わない遊び人だと勝手に判断していた。
ユノという人物は、男の人と恋人関係を結べること、僕みたいな『不能』で根暗な男相手に反応すること、僕の方も、ユノに触れられると身体をびくつかせてしまうこと。
これら3つの判断基準から推測できること...これはこれはホントのホント、僕とユノはヤッてしまうことになるかもしれない。
自分で申し込んでいておかしな話だけど、
きっと僕のことだから、最後の最後まで拒み続けて、サービス内容が実行されるつもりはなかったんだ。
「嫌だ、止めて」と、ユノの手を払い除け続けるうちに、契約期間を終える...そんなつもりでいたんだな。
ユノとのキスは確かに、いい感じだ。
それ以上のことは、怖いんだ。
(つづく)
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