(2)Hug

 

 

 

ユノがチャンミンの実家まで連れてこられたのは、ユノが「ある役」に抜擢されていたからだった。

 

チャンミンの故郷で、春のお祭りが執り行われる。

 

過疎化が進む田舎町にありがちな人手不足の影響で、御旅(祭り行列)へは全員参加だ。

 

神輿、山車、鶏闘楽、ひょっとこ、鬼、巫女さん、稚児さん、太鼓、雅楽隊、旗持ち、獅子...など、役が割り振られる。

 

ところが、チャンミンの兄リョウタが祭りの2週間前に、修繕のため登っていた屋根から転落し、足を骨折してしまったのだ。

 

地区の中で余っている成人男性はいない。

 

町中の神社でいっせいに祭りが執り行われるため、他地区に住む親せきに応援を頼めない状況だった。

 

そこで、実家から

 

「チャンミン!

お前の友達でも誰でもいいから、連れてこい!

日当は出してやるから」

 

そんな無茶な要請を受け、チャンミンはユノを連れて馳せそんじることになったわけである。

 

 


 

 

〜ユノ〜

 

 

「絶対にい、や、だ!!」

 

「アルバイト代を払ってくれるって」

 

はっきり、きっぱり断ったのに、チャンミンの手を合わせての「お願いポーズ」にやられてしまった。

 

「ほら、この前の旅行のやり直しだと思って、ね?」

 

初めての旅行では、熱を出してしまって、観光することもチャンミンと熱い夜を過ごすこともできなかった。

 

そんなわけで、俺はチャンミンの甘い誘いにのってしまった。

 

俺はとことん、チャンミンに弱いのだ。

 

チャンミンも俺には甘いから、いい勝負。

 

俺とチャンミンは似たもの同士だから、仲良しなんだ。

 

 


 

 

「ひとつだけ条件がある」

 

ユノは人差し指を立てた。

 

「なんでも聞くよ」

 

「チャンミンのお父さんと同じ部屋で寝るなんて、嫌だからな!

チャンミンと同じ部屋で寝ること!

これが第一条件だ」

 

ユノの子供っぽい要求に、チャンミンはユノの頭を抱き寄せて、よしよししたくなった。

 

(なんて、可愛い子なの、この子は?)

 

ところが、ユノを引き合わせた時、

 

「チャンミン...お前。

高校生なんか連れてきて...」

 

と、チャンミンの家族一同、ユノを一目見て絶句してしまった。

 

ユノが実年齢より若く見えることは承知の上だったが、まさか高校生と間違われるとは。

 

「違うって、ユノは大人だから。

ユノは職場の後輩なんだ」

 

苦し紛れなことを口に出してしまったチャンミン。

 

(チャンミン!)

 

隣に立つユノは、チャンミンのトレーナーを引っ張る。

 

(ユノは黙ってて!)

 

チャンミンは、ユノの手を払う。

 

目を丸くした彼らに、「お付き合いしている人です」とチャンミンは言い出せなくなってしまった。

 

(知らない人から見れば、やっぱり僕たちは、ちぐはぐなんだ)

 

若すぎるユノと自分との年齢差に、ますますチャンミンは自信をなくしてしまった。

 

チャンミンの部屋に入った途端、それまで愛想笑いを保っていたユノがチャンミンに詰め寄るのも当然のこと。

 

「どうして『彼氏です』って紹介してくれないんだ!?」

 

「ごめんね、ユノ」

 

納得がいかないといった風のユノは、チャンミンをぎりりと睨みつける。

 

「会社の後輩って、どういうことだよ!

せめて、友だちって言ってくれればいいのに...」

 

「ユノが若すぎて、お父さんもお母さんもびっくりしてたから...」

 

チャンミンはユノに背を向けて、バッグから荷物を取り出して、チェストに収める。

 

「それに、約束が違うじゃないか!

どうして俺は、チャンミンのお祖父ちゃんと同じ部屋なんだよ?」

 

「お父さん、いびきがひどいんだ」

 

「そういう問題じゃない!

...ってことは...ふむ。

夜這いに行くしかないなぁ」

 

「駄目だって!」

 

「ドアが『ふすま』なところが、不安要素だなぁ...。

静かにしないと、聞かれちゃうね」

 

「ユノ!」

 

「だって、チャンミン。

セクシー下着持ってきてくれたんだろ?

ちーっちゃいパンツ。

...見ちゃった」

 

バババッとチャンミンの顔が赤くなる。

 

(しまった!

ユノの目は超高性能レーダーだったことを忘れていた)

 

無防備にバッグの中身を見せてしまった。

 

「安心して。

絶対に夜這いに来てあげるから。

待ってろよ」

 

「ユノったら...もう」

 

階下からチャンミンたちを呼ぶ声が聞こえた。

 

「衣装合わせするって。

ほら、下に行こうか」

 

チャンミンはユノを促して、部屋を出た。

 

 

 

 

仏間横の部屋の鴨居に、長着と袴が吊るされ、たとう紙に包まれた長襦袢が畳の上に広げられていた。

 

「あでっ!!」

 

「ユノ!」

 

鴨居に頭を派手に打ち付けてしまったユノは、うずくまった。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃない...。

星が飛んでる...」

 

「おい!

とっとと、衣装合わせするぞ!」

 

床の間を背にしてあぐらをかいた初老の男が、手招きをした。

 

祭礼の役を務める彼はテツといって、チャンミンの妹の義父だ。

 

「お前は『旗持ち』だ」

 

「ええ?

旗を持って歩くだけ?」

 

ユノは祭りの役目を知ると、頬を膨らませた。

 

「地味」

 

「馬鹿たれ!

神さんの名を染めぬいた大事な旗なんだぞ。

罰当たりなことを言うんじゃない!」

 

「どうせやるなら、獅子をやりたいなぁ」

 

「馬鹿たれ!

1日2日の練習で、獅子を舞えたら、50年やってる俺らはどうなるってんだい!

第一、お前みたいなでかい奴が履ける股引きなんぞない!」

 

テツはユノの頭をはたいて叱りとばした。

 

「え?

俺の脚が長いってことですか?」

 

(ユノったら...)

 

呆れたチャンミンは、ため息をつく。

 

「ユノ、ほら、ね?

狩衣姿になれるんだよ?

僕と一緒だよ?」

 

チャンミンの役も旗持ちなのだ。

 

「着流し姿の方がよかった!

刀を腰に差したかった!」

 

ご機嫌斜めのユノは、いちいち文句を垂れていた。

 

(家族に『彼氏』だと紹介されなかったことを、根にもってるんだ)

 

「今夜、練習だからな」

 

ひと言言い終えて、テツは帰っていった。

 

チャンミンの母親セイコに、長着と袴を合わせてもらううち、ユノの気分は上がってきた。

 

「チャンミン!

似合う?」

 

ユノはチャンミンの前で、くるりとまわって見せる。

 

(子供みたいな顔して、ユノったら本当に可愛い)

 

袴が若干短すぎるが、腰を落として着付ければごまかせるだろう。

 

「俺に惚れなおした?」

 

衣装合わせを終え、着物を脱いだユノは、小首をかしげてにっこりと笑う。

 

「はいはい」

 

チャンミンは、ユノから顔をそむけて渋々答えた。

 

「早く服を着て!」

 

「チャンミン...もしかして照れてる?」

 

ユノの言う通り、チャンミンはユノの下着姿にドギマギしていた。

 

「今夜、たっぷりと見せてあげるからな...ふふふ」

 

「ユノ!」

 

チャンミンはユノの洋服を投げつけると、部屋を出ていったのだった。

 

(年下のくせに!

年下のくせに!

僕は、からかわれてばっかりだ!)

 

 

(つづく)

 

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