~チャンミン17歳~
週末を利用して義兄さんのいるD県へ向かうことを、両親からあっさりと許可された。
無口で不愛想であっても、学校の成績がよく、身なりも地味で無断外泊もしない息子は信頼されているからだ。
「ユンホさんとそこまで仲がよかったなんて...」と、母さんは笑っていた。
『仲がよい』の言葉に、全身がカッと熱くなってしまって、母さんに「あらチャンミン、顔が赤いわよ」とからかわれた。
「...うるさいなぁ」
赤面した顔を見られたくなくて、その場を離れようとする僕に、母さんはこう言って笑った。
「お兄さんができたみたいでよかったわね」
「......」
ドキリとした。
母さん、知らないでしょ?
僕は『お兄さん』と寝てるんだよ。
僕にガールフレンドが出来ないのも、そのせいだよ。
1年間、毎週、1日に2度3度も、『お兄さん』とセックスをしているんだよ。
このことを知ったら、母さんはどう思う?
「向こうでBに会ったら、たまには実家に顔を出しなさい、って伝えてね」
「...うん」
無精そうに返事をした僕は、母さんが夕飯の支度をする台所を後にした。
・
特急列車に揺られながら、窓枠に肘をついてすごいスピードで過ぎ去る景色を眺めていた。
考え事で頭がいっぱいで、膝にのせた参考書はページがめくられることなく開きっぱなしだ。
クラスの同級生たちは、授業に試験に部活にと忙しい学校生活と同時進行で、恋愛に浮かれている。
これまでそんな彼らを馬鹿にしていたけど、僕もそれ以上だ。
義兄さんとの恋に夢中になっていた。
今日という日をずっと心待ちにしていて、ついつい顔が緩んでしまう。
何を着ていけば格好悪くないか、鏡の前で脱いだり着たりした。
ベッドの上に散らかった洋服が黒やグレーばかりで、そもそも迷うほど洋服を持っていないし、何を買い足したらいいのかも分からない。
僕の目は常に義兄さんを追っていて、自分の身なりのことなんて全然、興味がなかったんだ。
結局、いつもと同じような地味な装いになってしまったけど、大丈夫、義兄さんは気にしない。
到着したのは夕暮れ時だった。
ホームを早歩きで、階段は2段飛ばしで、改札を抜けた時には小走りになっていた。
ロータリーに停車された黒のSUV車に、僕の大好きな人が待っている。
自然と笑みがこぼれた。
「義兄さん!」
義兄さんは会場を抜け出して、僕を迎えに来てくれたのだ。
僕がしたマフラーに気付いて、義兄さんの眉が「おや」という風に持ち上がった。
これの出番が訪れたのは、今日が初めてだったのだ。
・
昨年、僕の誕生日に義兄さんが贈ってくれたマフラー。
実際は、誕生日から一か月以上も過ぎてから手渡されたもの。
これを贈られた日、僕と義兄さんは初めて繋がった。
甘い余韻に浸りながら帰宅して、自室に鍵をかけて受け取った包みと対峙した。
サテンのリボンをほどく指が震えてしまった。
包装紙を破らないよう慎重に外し、箔押の箱蓋を開けた。
それは、ネイビーブルーとブランデー色のチェック柄マフラーだった。
そっと手に取ると、見た目よりもずっと軽く、しっとりと柔らかいそれを僕は抱きしめた。
首に巻いて鏡の前に立ってみた。
自分で言うのも変だけど、似合ってると思った。
自分の黄味寄りの肌に、ブランデー色がしっくりときていた。
モデルを務めながら、色の名前や配色、色が与える印象など、義兄さんがぽつりぽつりと語るのに耳を傾けるのが楽しくて、自然と知識が豊かになっていたのだ。
冬はとうに過ぎていたから、これの出番は次の冬だ。
タグに刺繍されたブランド名が気になり、ネット検索にかけてみて、僕は驚いた。
桁がひとつ多い価格を知って、とんでもなく高価なものを贈られたことを知ったのだ。
「義兄さん...これを日常使いしろって言うのには、無理があるよ...」
義兄さんはきっと、時間をかけて僕に似合うものを探してくれたんだと思う。
女の人へのプレゼント選びよりも、難しかったんじゃないかな。
高校生男子へ何をあげたらいいか、悩んだんじゃないかな。
義兄さんのことだから、値段なんて全く気にしていなかったんだと思う。
だから、ハイブランドのこれが、庶民的高校生が無造作に身につけてたら変だ、ってことまでは頭が回っていなかったのでは、と推測している。
アーティストらしい鋭敏なところもあれば、抜けているところもある義兄さんらしいチョイスだ。
・
助手席に文字通り飛び乗った僕は、気が逸り過ぎてシートベルトすらスムーズに締められない。
「チャンミン、手を放して」と、義兄さんは僕の方に身を乗り出した。
突っ張ったベルトを一度緩めて引き直し、バックルに金具をカチリとはめるまでの一連の動作...義兄さんの指の動きから目が離せなかった。
僕よりも一回り大きい手、無骨に見えて実は繊細な指使いなんだ。
シートベルトの装着を終えた義兄さんの片手を捕まえて、そこに指を絡めた。
僕は明らかにはしゃいでいた。
手を握っているだけじゃ物足りなくて、義兄さんの太ももの上に身を伏せた。
「チャンミン!」
義兄さんの慌てた声に、僕はクスリと笑った。
「義兄さんにくっついていたいだけです」
今日の義兄さんは、グレーのデニムパンツを履いていて、頬ずりして生地の感触と彼の匂いを楽しんだ。
「悪さはするなよ」
僕の後頭部に、義兄さんの大きくて温かい手の平が降ってきて、くしゃりと撫ぜた。
「今日のチャンミンは、子供みたいだ」
本当は今すぐ義兄さんの素肌に触れ、彼の敏感なところに唇をつけたかった。
でも、我慢する。
義兄さんを困らせてしまうし、その気にさせてもここは外。
ホテルに着くまで我慢していないと。
義兄さんの指...力強いのに繊細で、僕の身体に厭らしいことをする...が、僕の髪を梳く。
頭皮にぞくりとした痺れが走って、気持ちいい。
ホテルに横づけした車から、なかなか降りようとしない僕に、義兄さんは苦笑した。
僕がしたがっていることはお見通しなんだ。
義兄さんも同じことを考えていることくらい、僕の方だってお見通しだ。
細めたまぶたの奥で煌めく瞳...その美しさに息をのむ。
やっぱり義兄さんは、美しい。
・
チェックインを済ませ、僕の為に用意された部屋に向かうまでの間、無言だった。
内に秘めた期待と緊張が、今にも溢れそうなんだ。
エレベーターに入るなり、義兄さんの腕にしがみついた。
ざっくりとした網地の二の腕に、すりすりと頬をこすりつけた。
大人の男の人に男子学生がしがみついている姿を、防犯カメラがとらえているはずだ。
人目を意識すると、急に恥ずかしくなってきて、ぽっと顔が熱くなったのが分かる。
「チャンミン...。
耳が真っ赤だよ?
子供みたいだな」
くくっと吹き出す義兄さんに、僕は「そうですよ、僕は子供です」と拗ねたように答えた。
部屋まで僕が先だって、小さな子供みたいに義兄さんの手を引っ張った。
「30分だけだぞ?」
ドアが完全に閉まる前に、僕は義兄さんの首にかじりついていた。
唇を割って侵入した義兄さんの舌に、僕は応える。
バッグを足元に落とし、義兄さんと唇を合わせたままコートを脱ぎ捨てた。
粘膜がたてる音と、2人の荒い呼吸音。
固く膨らんだ箇所を探り当て、ボトムスの上から形を辿るように撫ぜ上げた。
低く呻いた義兄さんの腰が、ぶるっと震えた。
義兄さんのそこが、エレベーターに乗り込む前からこうなっていたことを、僕は知っています。
「あっ...」
僕のトレーナーの下に、義兄さんの手が滑り込んできた。
僕の腰は義兄さんの逞しい腕にさらわれて、気付けばベッドに横たわっていた。
唇を離した隙に各々のベルトを外し、また唇を重ねる。
次に離した時に、僕はボトムスを腿下まで下ろし、義兄さんは前を緩めた。
ねちゃりと粘膜と粘液のたてる湿った音。
義兄さんとこれをするのは、2週間ぶりだ。
30分じゃとても足りない。
(つづく)
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