就寝前のおやつタイム。
居間でTVを観ながら皆、そろってドーナツをかじっていた。
ユノはチャンミンの隣に陣取って満面の笑顔だった。
「チャンミン、食べ過ぎ!」
「うるさいなぁ」
「チャンミンが太っても、俺は全然OKだけどね。
抱き心地がよくなる」
「ユノ!」
ユノ発言に、一斉に大人たちの注目が集まる。
(調子に乗って!)
うんざりしたチャンミンが台所に移動すると、ユノも後をついていく。
「ったく、金魚のフンみたいな奴だ」
ゲンタは、ずずずっとお茶をすすって言う。
周囲の浮かれた雰囲気にのって、子供たちの興奮は最高潮だった。
カンタは、金打ちの練習で留守だ。
「おじちゃんはねー、ひーじぃちゃんのお風呂を『のぞきみ』したんだよー」
「おじちゃん、へんたーい」
「あれはっ!
ちょっとした...手違い」
真っ赤になったユノ。
突然、ソウタがユノの背中に、飛びついてきた。
「おじちゃんと一緒に寝る」
「えっ!?」
(マジかー)
「いけません!
お兄さんは、明日は早いの」
叱りつけるヒトミの言う通り、明日の御旅(おたび)行列は早朝6時出発だ。
着物の着付けもあるので、遅くとも4時には起床しなくてはならない。
ケンタたちは心底がっかりした顔をしている。
(今夜は大事な『任務』があるんだ。
邪魔されてたまるか)
「『お兄さん』とプロレスごっこしようか?」
ユノはとっさに提案してしまった。
「わーい!」
ケンタもユノの脚にしがみつく。
ユノがモンスター2人を連れて居間を出て行くのを見て、セイコはしみじみと言う。
「ユノ君は、面白い子だねぇ」
「ここに来て楽しんでるみたいだよ」
(あんなに笑ってるユノを見るのは、初めてかもしれない。
無邪気過ぎて、さらに年下に見えてしまう)
「そろそろ、寝るよ」
チャンミンはすくっと立ち上がると、洗面所へ向かったのだった。
広間で子供たちととっくみあいの最中のユノ。
「痛い痛い!
髪の毛をつかむのは、反則だよ!」
腰にタックルしてきたソウタを、突き飛ばさないよう抱きかかえて、畳の上に倒す。
開いたふすまの合間から、通り過ぎるチャンミンの姿を見かける。
(お!
チャンミン!)
「ちょっと待ってろよ。
『お兄さん』は、トイレに行ってくるから」
チャンミンを追いかけようとしたら、
「あでぇっ!」
ユノは派手に転んでしまった。
畳に寝っ転がったソウタが、ユノの足首をつかんだからだ。
「いててて...」
ユノは顎をさすりながら、うつぶせで倒れた身体を起こした。
「その技も反則だって!」
「おりゃー!」
ケンタは飛びかかってユノを突き倒すと、馬乗りになった。
「こらっ!」
ユノはいい加減うんざりしてきた。
プロレスごっこをしようと誘ったことを、深く後悔していた。
(チャンミン...助けて。
この子らは、俺をおもちゃにするんだ)
・
一方、チャンミンは洗面所の鏡に映る顔を見つめていた。
(20代に...ぎりぎり見えなくもない。
笑うと目尻にしわは寄っちゃうけど、優しそうに見える...かな?)
顔を左右に向けて、ためつすがめつ顔をチェックする。
(やだな。
どう見ても、ユノと同年代には見えない)
昨日今日と、3度目撃したユノの裸を思い出す。
(やだな。
ユノはあんなにいい身体をしているのに、それに引き換え僕ときたら...。
ユノとは釣り合わないのかな...。
自信がなくなってきた...)
パジャマのパンツをめくって、下を覗き込んだ。
(気合が入りすぎかな。
ぴっちぴち過ぎるかな。
大胆過ぎるかな?
うーん...。
やっぱりいつもの下着に、着がえよう)
部屋に向かおうとしたが、もう一度鏡の自分を見る。
(それから、
やっぱりあのことを、自分の口からちゃんと話そう。
ユノも、僕の告白を待っているんだと思う)
「よし!」
洗面所の電気を消して、廊下へ出た瞬間...。
「はうぅっ!!!!!!」
広間の方から、悲鳴が。
(この声は、ユノ!)
慌てて広間へ向かおうとすると、ケンタとソウタがこちらへ走ってくる。
「ピーポーピーポー」
「どうしたの!?」
チャンミンはすれ違いざまに、ケンタを捕まえて、問いただした。
「おじちゃんが、死にそうなんだ!」
「大変なんだ!」
「ええぇ!?
死にそう?
あんたたち、何したの!?」
(無茶をして骨でも折ってたら、どうしよう!)
さっと青ざめたチャンミンが、広間に駆けつけると...。
ユノが畳の上にうずくまっている。
「ユノ!!!!」
「うぅ...」
ユノは脂汗を浮かべて、うめいている。
「大丈夫?
どこ?
どこが痛い?」
「う...」
ユノはあまりの苦痛に、チャンミンの質問に答えられないようだ。
(出血はない)
「死にそうだって!?」
「救急車呼んだ方が!?」
ケンタたちに呼ばれて、居間にいた大人たちも駆けつけてきた。
その後ろから、こわごわケンタたちが顔を出している。
「あんたたち、お兄さんに何したの?」
ヒトミは子供たちを叱りつけた。
「居間に運ぶか?」
「頭を打ってたら、動かさない方がいいな」
「毛布持ってこい!」
ユノは蒼白になった顔をゆがめ、目をぎゅっとつむっている。
「うぅ...」
(どうしよう!)
「どこだ?
どこを怪我した?」
「救急車呼ばなくっちゃ」
ヒトミはポケットからスマホを出して操作する。
「どらどら?」
脇に座って泣きそうになっているチャンミンをどかすと、ショウタはうずくまった姿勢のユノの肩を起こそうとした。
「お......!」
ショウタの動きが止まった。
「救急車は呼ばなくていい!」
ショウタは立ち上がると、廊下のケンタとソウタにデコピンをする。
「しばらくすれば治る!」
「お父さん!」
「タマをやられただけだ」
「タマ?」
「死にそうに痛いはずだが、
しばらくすれば、治まる!」
(そ、それは痛い!!!)
「こいつらに蹴られたんだろうよ。
ほら、みんな戻った戻った」
ショウタは、家族を急かすと広間を出て行ったのだった。
後に残されたチャンミンは、ユノの頭を膝にのせ、苦しむ彼の背中をさすってやる。
確かにユノの両手は、股間を押さえている。
「チャ、チャンミン...。
息が止まった...よ...」
(ユノったら、昨日に続き今日まで...。
可哀そうに)
「俺のが...負傷した...」
涙をにじませたユノは、チャンミンを見上げてつぶやいたのだった。
(どうしてみんな、俺を邪魔するんだ!)
右にケンタ、左にソウタ。
間にユノ。
カンタは、ソウタの隣で行儀よく布団をかぶってすーすーと寝息をたてている。
(どうしてどうして、みんな俺の邪魔ばかりするんだ!)
発端は、就寝前のこと。
灼熱の痛みから回復したユノ。
「『お兄さん』、ごめんなさい...」
「『お兄さん』にキックしてごめんなさい!」
ユノの急所を蹴り飛ばしたことを申し訳なく思ったのか、2人は泣いて謝った。
(おー!
初めて『お兄さん』って呼んだぞ)
「もう謝らなくていいよ。
(俺は優しい男だから)もう怒ってないよ。
でも、二度とあんなことをしないように!」
ところが、いつまでも泣き止まない彼らをなだめようと、ユノは
「TVゲームしよっか?
『お兄さん』は強いんだぞー」
と、誘ってしまった。
そうやって始まった、ゲーム対戦。
ところがうっかり、ユノは本気を出してしまい、彼らをこてんぱんにやっつけてしまった。
再び大泣きした彼らの機嫌をとらなくなってしまったユノ青年。
結果ユノは、子供部屋で就寝することになってしまったのだった。
(こんなことで、めげるような俺じゃない!)
ぐずぐずと起きていたソウタが寝入ったのを確認すると、ユノは布団を抜け出す。
子供部屋は1階、チャンミンの部屋は2階。
(俺が大事に守ってきた『純潔』を、チャンミンに捧げにゆくぞ)
ユノは3人を起こさないよう、ふすまを開けて廊下へ出た。
(つづく)
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