「カイ君は買い物中?」
シヅクは、冷たくなった両手をコートのポケットに滑り込ませながら、カイの隣を歩く。
(相変わらず、カイ君はお洒落さんだ)
シヅクはちらりと、自分の歩調に合わせて歩くカイを盗み見た。
パーマなのかくせ毛なのか、カールした栗色の髪は柔らかそうで、色白のカイによく似合っている。
(ロゴ入りニットなんぞ、普通の人が着たらセンスを疑うけど、カイ君は着こなしてる。
やっぱ、スタイルがいいからかなぁ。
雰囲気からして、お洒落さんだよなぁ)
「シヅクさん!」
腕をつつかれて、シヅクは考え事をしていた自分に気づく。
「あー、ごめんごめん。
何だった?」
「シヅクさんの質問に答えたんですよ、僕は」
「ごめんな、カイ君!
買い物でもしてたんかな?」
カイは、一重まぶたの目を細めて笑うと、
「あれぇ?シヅクさん、僕に見惚れちゃってたんですか~?」
「こらこら、カイ君。
お姉さんをからかっちゃいかんよ」
シヅクは吹き出すと、カイの腕小突いた。
(ちょっと前に、同じような会話をチャンミンとしたよな)
「ま、そうかもね。
あんたは、カッコいいシティボーイだ」
「シヅクさーん、頼みますよ。
“シティボーイ″だなんて言葉、いつの時代ですかぁ?」
「ははは、私はねぇ、古典文学をわりと読んでるの」
「僕はですね、駅に用事があったんです」
「うんうん」
「姉が、こっちに越してくることになって、そのお迎えなんです」
「カイ君、お姉さんがいたんだ!」
「はい、ずっと南方に住んでたんです。
向こうに飽きちゃったみたいで、こっちに勤め先見つけたからって、急に」
「へぇ、どんなお姉さん?似てる?」
「そうですねぇ、似てる...方かなぁ」
カイは、人差し指をあごに当て、宙を見つめながら言う。
(お人形さんみたいに、整った顔やな)
「カイ君に似てるなら、美人さんやね、...っと!」
「おっと、危ないです!」
カイは、シヅクの腕を引き寄せる。
シヅクの脇すれすれを、電動自転車が走り過ぎた。
「ありがとね」
「どういたしまして」
カイは車道側に回り込むと、シヅクと並んで再び歩き出した。
休日のため人通りが多く、カイはシヅクの腕に手を添えて、通り過ぎる人と接触しないようさりげなく誘導している。
シヅクはカイのとっさに自然と出る、スマートな気遣いに、感心しながら、
「カイ君、あんた、モテるでしょ?」
「はい?」
シヅクの唐突な質問に虚をつかれたカイだったが、
「モテますね」
と、きっぱり答える。
(おー、ストレートに認めちゃうんだ)
カイは軽く肩を上げて、
「いくらモテても、本命から好かれなくちゃ、意味ありません」
「そりゃそうだ」
ひゅうっと、冷たい風が吹きすさぶ。
「ひゃあ!寒いな、そろそろ雪が降るんでないの?」
「シヅクさん、温かいものでも飲みませんか?
買ってきますよ」
(カフェでは、アイスコーヒー飲んじゃったからなぁ)
「うん、ありがとうな」
シヅクは一瞬迷ったが、カイの好意に甘えることにした。
前方のスタンドまで小走りに駆けていくカイの後ろ姿を、眺めながらシヅクは思う。
(チャンミンは馬鹿でかいが、カイ君もデカい男やな)
「あちち、はいどうぞ」
熱い飲み物から伝わる紙コップの温かさに、ほっとする。
「勝手にココアにしちゃったんですけど、よかったですか?」
「大好きだよ、ありがとな」
(気の利く男やな、モテるのも無理はない)
コーヒースタンドの脇に二人並んで立ち、温かい飲み物を飲みながら、シヅクは感心していた。
「姉と会うのは久しぶりなんで、直接迎えに行くんですよ」
「お姉さん思いな弟だね、あんたは」
「ははは。
これから、一緒に住むことになるんで、うるさく思うかもしれませんね」
「一人暮らしよりは、賑やかでいいんじゃないの?」
「一人暮らしは、寂しいですね、やっぱり。
そうだ、シヅクさんこそデートの帰りですか?」
シヅクはポケットから出した手を振る。
「まっさか!
友達とお茶してただけ」
「ふ~ん、そうですか」
カイは、シヅクを見下ろす。
ふうふう息をふきかけながら、熱いココアを飲むシヅクの、サラサラと風に揺れる短い髪を見つめながら、カイは思う。
(シヅクさん、気づいてますか?
気づいてないですよね。
僕は、シヅクさんのことが気になってるんですよ)
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