(40)TIME

 

​「カイ君は買い物中?」

シヅクは、冷たくなった両手をコートのポケットに滑り込ませながら、カイの隣を歩く。

(相変わらず、カイ君はお洒落さんだ)

シヅクはちらりと、自分の歩調に合わせて歩くカイを盗み見た。

パーマなのかくせ毛なのか、カールした栗色の髪は柔らかそうで、色白のカイによく似合っている。

(ロゴ入りニットなんぞ、普通の人が着たらセンスを疑うけど、カイ君は着こなしてる。

やっぱ、スタイルがいいからかなぁ。

雰囲気からして、お洒落さんだよなぁ)

「シヅクさん!」

腕をつつかれて、シヅクは考え事をしていた自分に気づく。

「あー、ごめんごめん。

何だった?」

「シヅクさんの質問に答えたんですよ、僕は」

「ごめんな、カイ君!

買い物でもしてたんかな?」

カイは、一重まぶたの目を細めて笑うと、

「あれぇ?シヅクさん、​僕に見惚れちゃってたんですか~?」

「こらこら、カイ君。

お姉さんをからかっちゃいかんよ」

シヅクは吹き出すと、カイの腕小突いた。

(ちょっと前に、同じような会話をチャンミンとしたよな)

「ま、そうかもね。

あんたは、カッコいいシティボーイだ」

「シヅクさーん、頼みますよ。

“シティボーイ″だなんて言葉、いつの時代ですかぁ?」

「ははは、私はねぇ、古典文学をわりと読んでるの」

「僕はですね、駅に用事があったんです」

「うんうん」

「姉が、こっちに越してくることになって、そのお迎えなんです」

​「カイ君、お姉さんがいたんだ!」

 

「はい、ずっと南方に住んでたんです。

向こうに飽きちゃったみたいで、こっちに勤め先見つけたからって、急に」

「へぇ、どんなお姉さん?似てる?」

「そうですねぇ、似てる...方かなぁ」

カイは、人差し指をあごに当て、宙を見つめながら言う。

​(お人形さんみたいに、整った顔やな)

「カイ君に似てるなら、美人さんやね、...っと!」

「おっと、危ないです!」

カイは、シヅクの腕を引き寄せる。

シヅクの脇すれすれを、電動自転車が走り過ぎた。

「ありがとね」

「どういたしまして」

 

カイは車道側に回り込むと、シヅクと並んで再び歩き出した。

休日のため人通りが多く、カイはシヅクの腕に手を添えて、通り過ぎる人と接触しないようさりげなく誘導している。

シヅクはカイのとっさに自然と出る、スマートな気遣いに、感心しながら、

「カイ君、あんた、モテるでしょ?」

「はい?」

シヅクの唐突な質問に虚をつかれたカイだったが、

「モテますね」

と、きっぱり答える。

(おー、ストレートに認めちゃうんだ)

カイは軽く肩を上げて、

「いくらモテても、本命から好かれなくちゃ、意味ありません」

「そりゃそうだ」

ひゅうっと、冷たい風が吹きすさぶ。

「ひゃあ!寒いな、そろそろ雪が降るんでないの?」

「シヅクさん、温かいものでも飲みませんか?

買ってきますよ」

(カフェでは、アイスコーヒー飲んじゃったからなぁ)

「うん、ありがとうな」

シヅクは一瞬迷ったが、カイの好意に甘えることにした。

 

前方のスタンドまで小走りに駆けていくカイの後ろ姿を、眺めながらシヅクは思う。

(チャンミンは馬鹿でかいが、カイ君もデカい男やな)

「あちち、はいどうぞ」

熱い飲み物から伝わる紙コップの温かさに、ほっとする。

「勝手にココアにしちゃったんですけど、よかったですか?」

「大好きだよ、ありがとな」

(気の利く男やな、モテるのも無理はない)

コーヒースタンドの脇に二人並んで立ち、温かい飲み物を飲みながら、シヅクは感心していた。

「姉と会うのは久しぶりなんで、直接迎えに行くんですよ」

​「お姉さん思いな弟だね、あんたは」

「ははは。

​これから、一緒に住むことになるんで、うるさく思うかもしれませんね」

「一人暮らしよりは、賑やかでいいんじゃないの?」

「一人暮らしは、寂しいですね、やっぱり。

​そうだ、シヅクさんこそデートの帰りですか?」

シヅクはポケットから出した手を振る。

「まっさか!

​友達とお茶してただけ」

 

「ふ~ん、そうですか」

​カイは、シヅクを見下ろす。

​ふうふう息をふきかけながら、熱いココアを飲むシヅクの、サラサラと風に揺れる短い髪を見つめながら、カイは思う。

(シヅクさん、気づいてますか?

気づいてないですよね。

​僕は、シヅクさんのことが気になってるんですよ)

 

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