汗をかいたから気持ち悪い、絶対にお風呂に入ると言い張るユノだった。
四つん這いで風呂場に向かうユノの後を追いかけながら、チャンミンはため息をついた。
(今夜もチャンミンを抱くんだから!
汗臭いから、きれいにさっぱりしないといけないんだ。
何が何でも絶対に!)
(この子は、いったん決めたら絶対に譲らないからな)
脱衣所の床に座って、ユノが入浴を終えるのを待っていた。
「湯船には入っちゃ駄目だからね。
腰を痛めてるんだから、身体を温めない方がいいんだからね」
「そんなに俺のことが心配なら、チャンミンも一緒に入ろうよ。
チャンミンせんせー!
俺の身体を洗ってください。
腰が痛くて、頭が洗えません」
「嘘つかないの!」
「......」
風呂場から聞こえていた水音がぱたりと消えて、チャンミンは慌てた。
「ユノ!
大丈夫?」
風呂場に飛び込むと頭をシャンプーの泡一杯にさせたユノが、わざとらしく驚いた顔をした。
「今夜はチャンミンが『覗き見』?
そんなに俺の裸が見たかったんだ?」
目を半月型にさせて、ニヤニヤ笑っている。
「馬鹿!
ユノの馬鹿!」
風呂場から出ようとするチャンミンの足首に、ユノの手がにゅっと伸びた。
「危ない!
転ぶだろ!」
「頭を洗ってくださーい」
「仕方ないなぁ」
チャンミンはデニムパンツの裾とシャツの袖をまくると、ユノの泡いっぱいの髪に両手を滑らせた。
(きれいな頭の形をしているなぁ。
小さな頭だ)
マッサージするように丁寧に、適度な力で指の腹を使って、ユノの髪を洗う。
「気持ちいい」
がっちりとした肩と広い背中、チャンミンはユノの裸にどぎまぎしていた。
「かゆいところはないですかぁ?」
美容師の真似をして、チャンミンはふざけて言う。
「そうだねぇ、耳の後ろが少し」
「かしこまりました。
他にございませんかぁ?」
「そうですねぇ...ここが少し」
「?」
「ここが痒い」
「......」
「馬鹿馬鹿馬鹿!」
チャンミンは洗面器いっぱいお湯を汲むと、高い位置からユノに浴びせかけた。
「ひゃあっ!」
ごしごしと顔をこすってから、そのまま髪をかき上げたせいで、オールバックになったユノ。
(...、カッコいいんですけど!)
「チャンミン...どうした?」
ユノは絶句しているチャンミンに声をかけた。
「チャンミーン!!」
「!!!」
(母さん!)
「チャンミーン!
パイナップル切ったから、おいでー!
ユノ君も呼んでおいでー!」
(どうしよう、どうしよう!
ユノと一緒にお風呂に入っているなんて、バレるわけにはいかない!)
目を白黒させているチャンミンの姿に、ユノはくすりと笑うと、
「チャンミンはおトイレでーす!
後で、俺から伝えておきまーす」
廊下に向かって大声でセイコに伝えた。
「ふう」
(焦った)
ユノとチャンミンは顔を見合わせて、苦笑したのであった。
「のぼせる前に、お風呂を出ようか?
昨日みたいになりたくないだろう?」
怒って、焦って、安堵して、それから舌をちょっと出して笑って。
百面相のチャンミンがあまりにも可愛くて、
「好き」
そう言ってユノは、チャンミンのうなじを引き寄せてキスをした。
「ひゃぁっ!
冷たい!」
「もう1枚、貼ろうか?」
「そうだねぇ、お尻の上あたりに2枚貼って」
「おっけー」
うつ伏せになったユノは、チャンミンに湿布を貼ってもらっていた。
下げたパンツから、お尻が少しだけ見えている。
(小さなお尻...可愛い)
と、いたずら心が湧いてきたチャンミンは、ユノのお尻の割れ目を指でくすぐる。
「ひゃあっ!
くすぐったい!」
(いつも、僕の方がからかわれているばっかりだから、たまにはね)
くすくす笑いながら、ユノのパンツを引き上げた。
「はい。
これくらいでいいでしょう」
「はぁ...。
薬効成分が染みわたるのが、よくわかる」
「仰向けで寝られる?
座布団をあてがってあげようか?」
「うん、お願い。
それにしても、幸せだなぁ。
3日目にして、やっとでチャンミンの隣で寝られる」
四つん這いでしか移動できないユノは、今夜は広間で就寝することになってしまった。
ユノを案じたチャンミンは、自室から運んできた布団をユノの隣に敷いた。
「疲れたでしょ?
お疲れ様」
チャンミンはユノの頭を撫ぜると、常夜灯を残して照明を消した。
明日片付ければよいとのことで、広間のテーブルにはラップをかけられた大皿料理が並んだままだ。
「何か欲しいものがあったら、遠慮なく言うんだよ?
『チャンミンが欲しい』とかの冗談は、駄目だからね」
「分かってるよ」
ユノは布団から手を出して、チャンミンの手を握る。
「チャンミン、ごめん」
「何が?」
ユノの謝罪の言葉は、「迷惑をかけてごめん」という意味だととらえたチャンミン。
「謝らなくていいよ。
重労働をお願いした僕こそ、ごめん」
と、あやすように繋いだ手を揺すった。
「違う。
俺が『ごめん』と言ったのは、今夜はチャンミンを抱けないことなんだ。
腰を動かせないんだ。
上下運動が無理なんだ。
あれ、前後運動かな?」
「はぁ?」
「今夜もチャンミンを抱くんだ」と息巻いていたユノだったが、腰に走る激痛にさすがに無理だと諦めた。
(残念無念。
泣きそう...)
「無理に決まってるじゃないか!」
「チャンミンは、我慢できるの?」
「出来るよ」
「どうして?
俺はめちゃくちゃ我慢してるんだ。
苦しいくらい。
30代って、ムラムラしないの?」
チャンミンはため息をついた。
(そうだよね、この子は若いから)
チャンミンはユノの方へ、寝返りをうった。
ユノはチャンミンの方をじっと見つめていた。
眉根を寄せて切なそうなユノの表情に、チャンミンはドキッとする。
「30代だってもちろん、ムラムラするよ。
男だからね。
でも、若い頃みたいに四六時中、そういうことばかり考えてるわけじゃないし、ムラムラの度合いも薄くなったかなぁ。
これは、僕の場合だし、他の30代がどれくらいムラムラしているかは分からないけどね」
「そういうものなんだ、ふうん...」
ユノはしばらく、天井でぽつんと光る黄色い常夜灯を見上げていたが、口を開いた。
「チャンミン...。
何か、お話しようか。
ゆっくり話もできなかったし」
「そうだね。
何を話そっか?」
「チャンミンの子供の頃の夢ってなんだった?」
「なんだろなぁ。
いろんなものになりたかったなぁ。
卒業文集を開くとね、毎年なりたいものが違ってて可笑しいんだ。
ユノは?」
「内緒。
秘密を抱えた男って、ミステリアスだろ?」
「ケチ」
ユノは、ふふふと笑う。
「チャンミンは、どれくらいの期間結婚してた?
あ!
言いたくなかったら、いいぞ?」
「うーん...」
(そうだよなぁ。
ユノは僕の彼氏だもの。
隠し事はよくないよなぁ)
「3年...くらいかな」
「...長いね」
(俺とチャンミンは、たったの7か月と12日。
3年だなんて...全然、負けてる...)
「ユノは前の彼女と...どれくらいだった?」
「えー、そこを聞く!?
うーんと...2年ちょっとかな。
チャンミンを好きになった時に、別れたよ」
「そっか...」
チャンミンの胸がチクりとした。
(そうだよね、こんなにカッコいい男の子がフリーでいるわけないよなぁ。
若くて(当然だけど)、可愛い子だったんだろうなぁ。
やだな、ちょっと悲しくなってきた)
(つづく)
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