「カップルの客を相手にしたのは初めてだった。
場所は俺の部屋。
トータル5回、添い寝をしてやった。
...ん、なんだその顔は...?
3Pなんかじゃないぞ」
「な、何も言っていないじゃないか!?」
「チャンミンの顔を見ていれば、何を言いたいのかバレバレなんだ」
むすっとする僕の頭をくしゃりと撫ぜて、ユノは仰向けになると頭の後ろに腕を組んだ。
僕はそんなユノの隣に胡坐をかいて、彼の言葉を待つ。
「2人はごく普通の20代カップルに見えた。
極端に醜くもなく美男美女でもなく、ごくごく平均的な見た目だったなぁ。
でもね、二人が漂わせている雰囲気は上品だった。
多分、いいところの坊ちゃんとお嬢さんだったのかもしれない。
着ているものとか、言葉遣いとか仕草とかで、育ちのよさってのは伝わるものだろう?」
「...うん、分かるよ」
「お互い好きで好きでたまらない...誰も彼らの間に入り込めない。
恋に酔っているような浮ついたものじゃないんだ...。
彼らのことは何も知らないけれどね、びしびしと伝わってきた」
ピンクとグレーのストライプのパジャマ...ユノに似つかわしくないドリーミーな色使いだけど、彩色されていない陶人形みたいな彼に似合っていた。
全体的に色素が薄いのとは違う...青白い肌と真っ黒な髪のコントラストが神秘的だった。
僕が想像する、氷の国の白皙の王子みたいだ。
冷えて固まった僕なんかより、ユノの方が氷が似合う。
ところが、触れて初めて知るのだ...冷たいどころか、灼熱の肌の持ち主だということに。
「幸福なはずの彼らが、『なぜ添い寝屋を雇った』のか?
1晩、2晩と添い寝をしてやっても分からなかった。
大抵の客というのは、『なぜ、眠れないのか』『なぜ、添い寝してもらいたいのか』を語りたがるものだろ?」
「うん」
「彼らはそれについては何も言わなかった。
俺も尋ねなかった。
添い寝屋とは強すぎる興味を客に抱いてはいけない...斡旋元から念を押されたことなかった?」
「あったよ。
くどいほどにね。
客とトラブルになるからね」
「さじ加減が難しいんだよなぁ。
彼らに突っ込んだ質問を浴びせないくせに、俺は彼らに興味津々だったんだ。
...今思えば、『どうして?』と尋ねていればよかったよ」
ユノの言いぶりが後悔じみていた。
「礼儀正しい人たちでね。
俺の仕事部屋は、チャンミンほどじゃないけど、デカいベッドがメインだ。
部屋着に着がえた2人は、ベッドに上がるだろ?
はて、俺はどこに寝ればいいんだ?って。
ここでクイズ。
俺はどこに寝たでしょうか?」
「...彼氏側?」
「ハズレ。
真ん中でした」
その光景を思い浮かべてみて...ラブラブだという二人の間に寝そべるユノ...シュールだなぁと思った。
「彼らに挟まれて、俺は落ち着かなかったよ。
普通ならくっついて寝たがるものじゃないか。
間に俺がいたら邪魔だろう?って。
ひと晩目の後、添い寝屋仲間に訊いてきたんだ、こういうのはアリなのか?って。
そいつの話だと、別段珍しいものでもないって言うんだ。
例えば、倦怠気味の夫婦とか禁断の兄妹愛とか...世の中、いろんな人がいるものだ」
僕の場合、2人以上の客を相手にした経験はない。
天井を見上げているユノの眼は、記憶を探っているからか、どこにも視点を結んでいない。
無の表情...もしかしてこれが、ユノの素に近い表情なのかもしれない、と思った。
辛かった思い出を語ろうとしているのに、表情は穏やかに見えた。
それでも、瞳はぐつぐつと沸騰していた。
ユノに沿って身体を横たえると、彼の腕が自然に伸びて僕の肩を抱いた。
「肩が冷たいぞ」
身体の下敷きになっていた毛布をひっぱり出してきて、僕の身体を包んでくれる。
僕は笑ってしまった。
だってユノったら、まるでミノムシみたいに僕をぐるぐる巻きにするんだもの。
ユノの方も、「デカいミノムシだなぁ」って吹き出して、僕らは顔を見合わせてしばらく笑いこけた。
そして、「キスし放題だ」と、ちゅっちゅっと派手な音を立てて、たて続けにライトなキスをした。
「彼らは間に俺を挟んで、ぽつりぽつりと会話をしていた。
あの時は楽しかったとか、いつかあそこに行きたいね、とか。
俺の方に話を振ることはなかったけど、俺の存在を無視している風でもなかった。
彼らはね...俺に聞かせていたんだよ。
俺というたった一人の聴衆に向けてね」
「へぇ...。
ひと晩じゅう、おしゃべりしてたの?」
「いや。
1時間か2時間くらいのものかな。
日付が変わる前には、『おやすみなさい』って言って、寝てしまったよ。
2晩目までは、彼らの会話に引き込まれてしまった結果、俺は目が冴えていた。
2人の寝息を両サイドから聞きながら、今みたいに...天井を見上げていた」
ミノムシになった僕は、顔だけを傾けてユノの表情を窺った。
「...ユノ?」
ユノの瞳の艶めきが増していた。
これってもしかして...?
「寝返りも打てなかった。
2人とも横向きで、俺の方を向いて眠っていたから。
他人の彼氏や彼女の顔がすぐ近くに迫ってるんだ。
夜中に目を覚まして、バチっと目が合ったりなんかしたら、困る」
ユノの言うことは、大いに頷ける。
寝起きの無防備な姿は、その者の素そのもの。
余程親しい間柄じゃなければ、見たくない。
「3晩目も、前の2晩と変わらず。
彼らは思い出話を滔々と続けて、『おやすみ』を言い合ってから、寝てしまった。
俺の方はハテナでいっぱいさ。
彼らの目的がさっぱりわからない。
俺がこの場にいる必要はあるのか?って、気味が悪くなってきた」
「......」
「俺が不気味に感じたのは、彼らの気迫というか...思い詰めた感。
気付いたんだ。
彼らの会話の中身は全部、過去のことだって。
もしくは、『これが出来たらいいね』っていう夢の話なんだ。
よくまあ尽きないもんだと感心するほど、彼らの話は際限がない」
「...不幸の匂い」
なんとなくユノの話の結末が、読めたような気がした。
「ああ。
深く愛し合っているはずの彼らは、不幸だったんだ。
不幸のエピソードは何も聞かされていないのにも関わらずね。
彼らは楽しかった思い出、希望に満ちた将来の話しかしていない。
それなのに、不幸の匂いがした。
4晩目の俺は、寝不足と大量の情報が頭の中でぐるぐる渦巻いているんだ。
彼らの念、みたいなものを俺は吸い込んでしまっていた。
受け身だったんだ。
へとへとだった」
ユノはミノムシになった僕を、抱き枕みたいにかき抱いた。
ユノの長い脚は、僕の腰に絡められた。
重いし苦しかったけど、僕は黙っていた。
多分これから、ユノの話はクライマックスを迎える。
分厚い毛布越しに、ユノの熾火の熱が伝わってくる。
「5晩目...最後の日。
彼らは酒を持参してきていた。
前の4晩も、ベッドに入る前にお茶を飲んだり、ビールを飲んだりしていたから、上等な酒の差し入れに俺は素直に喜んだ。
うん...うまい酒だったよ」
僕は身動ぎして緩んだ隙間から腕を引っ張り出し、ユノの背中を撫ぜた。
手の平でユノの肩甲骨や背骨の凸凹を確かめるように、丁寧にゆっくりと。
「いつもと同じように、2人に挟まれて横になった。
...なあ、チャンミン?」
「んー?」
「悟ったようなことを言ってたけど、俺だってね、客との距離の取り方に悩んでたんだ。
客の不幸にどこまで踏み込むのか?
これは攻めの姿勢だね。
客の不幸に、どこまで自分のことのように胸を痛めてやれるか。
これは受けの姿勢だ」
僕の場合はそのどちらでもない。
「昨夜はチャンミンを責めてしまったけれど、チャンミンみたいにビジネスライクなのが一番だ。
添い寝屋としての寿命は長いと思うよ」
「...ユノ、大丈夫?」
「ははっ...どうだろうね。
その夜の2人は、言葉少なげだった。
彼らの繋いだ手が、間に寝そべる俺の腹あたりにあった。
『変だなぁ』と思った。
2人の男の方が『ありがとう』と言って、女の方も『ありがとう』って。
俺は眠くて仕方なくて、目を開けていられない。
全身がだるくて、ずぶずぶと眠りの世界に引きずり込まれた」
僕はユノの頭を引き寄せて、その額に唇を押し当てた。
「彼らを恨むつもりは、全くないんだ、不思議なことに」
あつあつのユノの額。
「...多分、薬を盛られたんだと思う。
翌日、俺が目を覚ました時、昼過ぎだったかな。
いい天気だった。
俺の部屋にはカーテンを付けてないから...燦燦と太陽が、っていう言葉ぴったりの天気だった。
『変だ』と直感した」
僕に絡んだユノの腕や脚に、ぎゅっと力がこもった。
「彼らはね...動かなくなっていた」
「...そう」
ユノの話を聞きながら、途中でそうなんじゃないかと察していたんだ。
「俺は眠っていたけれど、彼らは看取って欲しかったんだね。
こんな添い寝屋の使い方もあるんだな、って、感心したよ」
ユノは泣いていた。
僕はユノの涙を、こぼれ落ちる端から唇で受け止めた。
(つづく)
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