チャンミンは幾ページ分かスクロールした後、目当てのページを見つけた。
「ほら、これだよ」
チャンミンの長い指が指し示したのは、管理棟の平面図だった。
「それが、何?」
「昼間、タキさんから水圧が弱いって言われたんだ。
僕は、てっきり上水のことだと思い込んでた。
でもさ、ドームで散水で使っている水は、上水だけじゃない」
「わかった!雨水を溜めているやつ!」
「そう、雨水タンク!
管理棟の屋上に並んでいるやつ。
雨水タンクのパイプは、管理棟の壁面を沿って地下のポンプ室に引き込まれている」
チャンミンは、画面を管理棟からポンプ室が位置するドーム端まで、画面を移動させた。
冷水のせいで、指先は真っ赤になっている。
「そのパイプは…なるほど!
換気ダクトの上を通っていて…。
調節バルブかパイプが破損してたりしたら…」
「タイムタイム!」
シヅクはチャンミンの腕を引っ張る。
「のん気に原因究明なんか、あとにしよう。
あんたの話は、あったかいところで聞くからさ。
早く帰ろう、チャンミン!」
チャンミンは、真っ白な顔をして震えるシズクにやっと気づいた。
「ごめん」
シズクとチャンミンは、ざぶざぶと水をかき分け、入口ドアまでのステップを上がる。
ステップも水中に沈んでいる。
「あれ?」
ドアのレバーを手前に引こうとした。
「ドアが開かない」
シヅクは片足をドアにかけて、力いっぱい引っ張ろうとしたがびくともしない。
「水圧だ」
「どうすんだよ!
私らここから出られないのか?
おぼれ死ぬのか、凍死するのか?」
シズクの脳裏には、チャンミンと死体となって水中を漂う光景が浮かぶ。
「助けを呼ぼう!」
シヅクはリストバンドを操作しかけるが、
「繋がんないじゃん!」
「ここは圏外なんだよ」
「おい!どうすんだよ!」
相変わらず滝のように放水し続ける、換気ダクト口をチャンミンは見やる。
「おい、あんたは頭がいいだろ?
計算してみな。
タンクの水が全部、この部屋に流れこんで来たら、私の身長を超えるか?」
「うーん」
「こらこら、考え込むな、不安になるだろう!」
水を吸った洋服は、水の重みでずっしりしている。
「密閉された場所じゃないから安心して」
「なんて災難なんだよ。
凍え死ぬなんて、絶対に嫌だからな!」
「ごめん」
じっとしていると凍り付きそうになるため、シヅクは水中で足踏みしていた。
「チャンミン!
排水ポンプみたいなのは、この部屋にはないのか?」
「あるよ。
使い物にならないのがね」
「なんで使えないの?」
「ホースがない」
「はぁ?」
「ホースがあったとしても、水を捨てる...」
チャンミンは、肩を揺らして大股で壁際まで行った。
「僕は大馬鹿だ!」
足先で、壁沿いの床を探り出した。
「どうした?」
「僕は大馬鹿だ!
とっくの前に気付いてていいはずだったのに!」
「ここから出る方法があるのか?」
「どこかに排水口があるはずなんだ」
チャンミンは、水に浸る前のポンプ室の様子を思い出そうとする。
「地下室っていうのは、ちゃんと排水ができるようにできているはずなんだ」
水漏れ箇所を探そうと、ひざまずいた時の床はどうだったっけ?
「シヅク!
床と壁の境あたりに排水口があるかもしれないから、冷たくて悪いんだけど、探してくれる?」
「お、おう!」
二人は、あごまで水に浸かりながら、壁に沿って床を手探りしていった。
この間も、換気ダクトからは滝のように水が降り注いでいる。
「ない!」
シヅクはかじかんで真っ赤になった手に、ふうふう息を吹きかけた。
体の芯まで冷えて、ぞくぞくと震えがのぼってくる。
はぁはぁと吐くチャンミンの息も白い。
「あ、あるとしたら、こ、ここか?」
シヅクは、あごをしゃくって鉄の塊を指す。
震えのせいで、言葉がうまく出てこない。
「発電機だ」
「......」
三辺が各1メートル程の旧式タイプの発電機を、チャンミンはじっくり眺める。
その7割方は水中に没している。
「停電したときの非常用だろうね」
チャンミンは、発電機のフレームを持って揺すってみるがびくともしない。
(排水口があるのに、役目を果たしていないってことは、これが塞いでるに違いない。
どうしてもっと早く気付かなかったんだろう)
発電機は、壁にぴったりと付けて置かれている。
「僕らでなんとか動かすしかないね。
シヅク、そっち持って」
「......」
「シヅク?」
唇まで真っ白にしたシヅクが、両腕で抱きしめてガタガタと震えていた。
「チャ...ミ...ン」
「シヅク!」
チャンミンは、水をかきわけシヅクの側に駆け寄る。
「さ...さ...む...い」
歯の根が合わないシヅク。
チャンミンは逡巡する間もなく、腕を伸ばした。
「シヅク、こっちにおいで」
[maxbutton id=”1″ ] [maxbutton id=”10″ ]
[maxbutton id=”2″ ]