(47)TIME

 

「シヅクこそ、こんなところまで何だよ!」

 

「何って、あんたと話がしたくて待ってたんだよ。

いつまでも来ないからさ、

倒れてんじゃないか心配になってさ」

「僕を病人扱いするのはやめて欲しい。

それにここは、関係者以外立ち入り禁止だよ」

チャンミンは、サブリと立ち上がるとTシャツの裾をしぼった。

(あらあら)

 

濡れたTシャツが、チャンミンの肢体に張り付いて 正しい場所にきれいについた筋肉ひとつひとつが、くっきりと浮かび上がっている。

シヅクは目の前のチャンミンから目が離せない。

「じろじろ見るなって」

チャンミンは、シヅクの視線に気づいて言う。

 

「チャンミン...あんた...

相変わらず、ええ身体してるなぁ」

「見るなって」

チャンミンの耳は真っ赤になる。

(いちいち照れるとは、可愛い奴だ)

「そんな恰好で寒くないわけ?」

「寒いに決まってるだろ」

「上着はどうしたの?」

「濡れたものを着たら、余計寒くなるからに決まってるだろ!」

チャンミンのもの言いに、シヅクはいい加減、腹が立ってきた。

「チャンミン、いい加減にしろ!

何怒ってるんだよ!」

「怒ってなんか...」

「イライラしてるのは確かだろ?」

「......」

シヅクに指摘されたチャンミンはハッとした後、険しかった表情を緩めた。

「どうした、チャンミン?」

「......」

「話きいてやるからさ、話してみな」

「......」

口をつぐんでしまったチャンミンの顔を、シズクは見上げた。

「な?」

チャンミンは、覗き込むシヅクと目を合わせられない。

(だから、それに弱いんだって)

シヅクの視線から逃れるように顔をそむけ、チャンミンは唇を噛む。

「分からないんだ」

チャンミンの低くて、囁くような声を シヅクは初めて聞いた。

「このあたりが...」

チャンミンは、胸元をこぶしで叩く。

「ムカムカするんだ」

「え?

気持ち悪いのか?」

シヅクはチャンミンの背中をさすった。

「違うって、比喩だよ比喩」

「なんだ、気持ちのことか」

「僕はちょっと、おかしいんだ。

無性にイライラ、ムカムカするんだ」

「チャンミン...」

もう一度胸をこぶしで叩くと、チャンミンはその手で目を覆ってしまう。

「ごめん、シヅク。

自分の気持ちをコントロールできない。

こんなことは今までなかったのに...」

チャンミンが手で遮ってしまったため、シヅクは彼の表情を窺えなくなってしまった。

あたりは相変わらず、サーサーと水が流れ落ちる音が響いている。

壁に取り付けられた蛍光灯だけが、この部屋の唯一の照明だった。

「ごめん...大人気なかった」

その灯りが、色濃い影のコントラストでチャンミンの秀でた額と鼻筋を描いている。

シヅクは、鳥肌のたったチャンミンの前腕をさすった。

(可哀そうにチャンミン、

突然の喜怒哀楽を受け止めきれないんだな)

「嫌なことでもあったのか?」

「嫌なこと?」

チャンミンの頭に、街中で目撃したシヅクとカイ君の姿が鮮やかに浮かんだ。

(あの時の...)

昼間、ベンチで一緒にいた二人の光景も思い出した。

(こんなこと、シヅクに恥ずかしくて言えるもんか!)

チャンミンは再び黙り込んでしまった。

「チャンミン...」

シヅクの身体も汗がひいて、冷えてきた。

シヅクは暑くてコートを脱ぎ捨ててきたことを、後悔していた。

冷たい水に浸かったひざ下がじんじんと痛む。

シヅクは視線を、俯くチャンミンから周囲の光景に移した。

(この状況は...あまりにもまずい)

「チャンミン!」

シヅクはチャンミンを小突いた。

「まずはここを出よう」」

「え?」

「水遊びするには、季節が悪い。

このままじゃ、二人とも凍死するぞ」

しっとりと濡れた長めの前髪の下、すがるような眼をしたチャンミンは、はっとする。

「あんたの話はあとで聞いてやるから」

シズクは、天井や壁、膝まで浸かった水を指さした。

「ここから出よう。

私たちには手に負えない」

シヅクがチャンミンの手を引いて、入口まで向かおうとした瞬間、

 

「うわぁ!」

「ひゃぁぁ!」

頭と肩を叩きつける衝撃が二人を襲った。

バスタブをひっくり返したかのような大量の水が、滝のように降り注いできた。

「!!!!」

​「!!!!」

ついで、目の前を黒い物体がかすめたかと思うと、二人の膝近くに水しぶきを上げて落下した。

「......」

「......」

あまりに突然のことで、シヅクとチャンミンは頭を抱えたまま、しばらく身じろぎできずにいた。

(おいおいおいおいおい)

そしてお互いの顔を無言のまま、見合わせる。

 

「なんなんだよ!」

シヅクも全身ずぶ濡れで、頭にはりついた髪からぼたぼたと水がしたたり落ちていた。

天井と壁との境近くの穴から、今もどうどうと水が放水されている。

 

これまでより、早いペースで水かさが増している。

「?」

チャンミンは水中を手探りすると、指先に堅いものに触れた。

引き上げるとそれは、換気口の鉄製カバーだ。

「どこから、こんな大量の水が湧いてくるんだよ!」

チャンミンは、濡れないよう給水ポンプの上に置いておいたタブレットを、操作し始めた。

「どうして早く気付かなかったんだろう」

 

「どうした?」

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