~指だけじゃ足らない~
ベッドに上がると、壁にもたれて座る。
ティッシュペーパーの箱を引き寄せて、両脚を広げた。
勃ち過ぎて下腹が痛いくらいだ。
手の平全体でゆるく握ると、前後にピストン運動させた。
「はっ...はっ...」
すぐさま股間から弾ける快感に、夢中になる。
ユノとの絡み合いを思い出す。
一歩進んで、いやらしい恰好をさせたユノを妄想した。
人差し指で親指の輪で、亀頭の縁を摩擦させた。
「あっ...」
息が熱い。
同時に、指の付け根で裏筋を刺激する。
妄想の中のユノは手首を縛られていた。
「うっ...」
ヤバイ...もうイキそうだ。
イきそうなのを堪えて、根元から手の平を離して、亀頭だけを指でつまんだ。
親指でカリの部分をひっかけるようにこすった。
この自慰行為をユノに見られているのだと想像したら、ピクリと硬くなった。
射精に至るまでの時間が短い僕だ。
あっという間にイかないよう、コントロールする。
弱い刺激で、ゆらめく波のような快感に浸る。
物足りなくなった僕は、Tシャツの下から片手を入れる。
「あっ...」
固く尖った乳首に指先が触れた途端、上半身がゾクッとのけぞった。
乳首に意識を集中させる。
指先で転がし、ひねる。
「は...ん」
むず痒い電流が走る。
引っぱると、手の平に包み込んだ僕のものがさらに膨張した。
「チャンミンは感じやすいね」
耳元で囁くユノの声が聴こえたような気がした。
「っく」
背を反らし、頭頂部が壁をこするたびに、壁に掛けた賞状の額がカタカタと音をたてた。
輪にした二本の指に、透明な粘液が垂れる。
「はあはあ...」
前だけじゃ足りない。
全然...足りない。
再び襲われた波をやり過ごした僕は、ベッドに横向きに寝っ転がった。
お尻に手を伸ばして、過敏な箇所に指を突き立てる。
1本2本と容易に、飲み込むいやったらしい穴だ。
昨夜、たっぷりと注ぎ込まれたローションのおかげで、滑りはよい。
かぎ型に曲げた指の背で、中をぐるりとかき混ぜた。
「...んっは...」
ユノのものが出し入れする錯覚を楽しんだ。
僕の入口は柔らかくて、女の人のあそこに触れた経験はないけれど、きっとこんな感じなんだろうと思った。
ユノが好きだ、好きだ。
無茶苦茶にされたい。
『今なんて言った?』
フラッシュが瞬いたかのように、喉を締め付けたユノの冷たい指を思い出した。
喉ぼとけが押しつけられて、息が詰まって、殺されるのではと恐怖が沸いた瞬間を思い出した。
ユノの強靭な指と握力があれば、僕の首くらい簡単にへし折ってしまえるだろう。
「好きだと言って、悪いのか!」
絶頂の際、口走ってしまった言葉を咎められた。
腕をついて身体を起こして、ベッドから足を下ろした。
「はぁ...」
両膝に両肘をついて、両手で両目を覆った。
「なんだよ...」
僕の気持ちのやり場はどこなんだよ。
僕の身体を舐めたり触ったりしてくるくせに。
僕の身体に突き立てるばっかりで。
...それに。
指を挿入して気付いたこと。
ユノは達していないのでは?...ということだ。
ユノが放ったものの気配は、僕の中にはない。
快楽に溺れるばかりで、ユノの方はどうだったのか...。
僕の身体じゃ、物足りないのか...。
「...そんな...!?」
悶える僕を眺めるのを、ただ愉しんでいるだけなのだろうか。
萎えてしまったものを下着におさめ、デニムパンツを履いた。
よろめいてドア枠に肩をぶつけてしまい、その痛みによって不発に終わった苛立ちが消えた。
二の腕は全然痛くない。
ほどけかけた包帯を、むしり取った。
恍惚としたユノの視線を浴びた傷口がなくなってしまった。
僕は傷の周囲を舌先でたどられた感触に、ゾクゾクと感じたんだった。
開いた傷口をユノの指でなぞられて、激痛の中に快感を感じたんだった。
快感によがる僕を、ユノの身体を求める僕を、面白がってんじゃないよ。
下半身に支配された自分を抑えられないんだよ。
前夜、3回もヤッたくせにまだまだ足りないんだよ。
よろけたはずみで戸口に肩をぶつけてしまったけど、気にならない。
僕の腕はもう、痛まない。
・
「おーい!
チャンミーン、いるかあ?」
玄関先から呼ぶ声に出てみると、近所のNさんだった。
「おお、チャンミン、久しぶりだなぁ。
お前が帰ってきていると聞いてな」
Nさんは、両親の事故の際、行方不明だった僕を血眼に探しまわった末、灌木の影にいた僕を見つけてくれた人だ。
血まみれの顔でぼーっとしている僕を抱きしめて、「よかった、よかった」とおいおい泣いていたことを、よく覚えている。
「せっかくの休みのところを、すまないな。
男手が必要になったんだ。
ちょっとだけ手を貸してくれないか?」
「いいですよ」
僕は即答して、靴を履いてNさんを追った。
何かしら手を動かしていないと、頭の中がユノのことでいっぱいで、爆発しそうだった。
Nさんの車に便乗し、舗装されていない林道を数分ほど進んで着いた先は、捕獲獣処理場だった。
建って間もないここはシャッターを開けると直接建物の中へ、車を乗り入れることができる構造をしている。
車を降りた途端、けたたましい吠え声を浴びせられて、脚がすくんだ。
建物脇に繋がれた4匹の猟犬が、尖った歯をむき出しに、唾液をとばしながら、僕に向かってぎゃんぎゃんと吠えたてている。
「近づくなよ。
食い殺されっぞ」
「はあ」
「あの檻にも近づくな。
瓜坊を連れてたから、気が荒い」
鉄製の檻の中に子牛ほどある猪が、己を閉じ込める鉄棒目がけて突進し、助走をつけては突進しを繰り返している。
「汚れるからこれをつけろ」
手渡されたゴム製のエプロンと、手袋をつけゴム長靴に履きかえた。
コンクリート床の上に、大型犬サイズの猪がころがっていた。
「これは...?」
「罠にかかってたんだ。
まさか今日捕れるとは思わなくて、連れがいなくてな。
早く血抜きをしないと、使い物にならない...」
Nさんは天井に取り付けられたフックの位置を調節すると、僕に手招きした。
「小さい方だが、重いぞ。
腰を落として持ち上げるんだ」
僕とNさんが抱えたその猪を、いったんステンレス製の台に置くと、後ろ脚にワイヤーを巻き付けた後、天井から下がる杭にひっかけた。
ハンドルを回すと、猪の身体がくいくいと持ち上がっていく。
僕は、猟犬の牙や、黒々とした猪の死体や、意外に清潔な造りの処理場内や、全てに圧倒されてしまって、終始無言だった。
猪が放つ獣臭に鼻を押さえていると、
「もういいぞ。
ここまできたら、あとは一人でできるから」
そう言って、Nさんは巨大な金属たらいを、ぶらさがる猪の真下まで足で蹴り寄せた。
この金属たらいを満たすのは何なのか想像して身震いした。
「他に手伝えることは...?」
「ここからは、グロいぞ。
そんなに青い顔をしてたら、無理だ」
血の匂いを嗅ぎつけて、興奮した犬たちが唸り声をあげ、長い爪で壁をガリガリいわせていた。
「あいつらには、褒美にモツを投げてやるんだ」
「それじゃあ...僕...帰ります」
Nさんは、先が曲がった刃物を持った手を上げて、「助かったよ、じゃあな」と、日に焼けた顔で笑った。
外に出た途端、また猟犬に吠え付かれてビクついたが、建物内の生臭い空気から解放されてホッとした。
ばあちゃんちからこの処理場は車だと数分かかるが、山の中を突っ切れば徒歩で10分そこそこの距離にある。
スニーカー履きだったし、やぶ蚊に刺されるのは嫌だった僕は、来た道を辿って帰ることにした。
森林管理の車が通れるよう急場ごしらえした砂利道だ。
帰省して4日目。
2日後には、街に帰らなければならない。
怪我を負ったはずの二の腕を、反対側の手でさすった。
初めからユノとは出会っていなかったのかもしれない。
怪我などしていなかったのかもしれない。
到着したあの日は、山道で転んだだけで、頭を打つかなんかしてボーっとしてたんだ。
僕が密かに抱いている卑猥な欲望を、夢の中で実現させていたに違いない。
この3日間の僕は、夢の世界に生きていたということ。
夢精だったんだ。
そうに決まっている。
夢だったらいいのに。
夢だったら、ユノを恋しがっても仕方がないと諦められる。
砂利道は舗装道路にぶつかり、右に行けばばあちゃんち、左に行けば廃工場だ。
確かめてみないと。
あそこを目で見て、現実だったのかどうか確かめてみないと。
僕は左折し、くねくねとした坂道を歩いて行った。
ユノとの初めての出会いまでの時を巻き戻した。
仰向けに突き倒された時、頬を叩いた雨水と僕を見下ろしたユノの墨色に沈んだ瞳。
目覚めた時の乾いたシーツの感触、噛みつかれた唇の痛み。
「チャンミンは、いやらしい子」と耳元で囁かれた声音。
ユノがしたこと、ユノにしたこと、僕が漏らした喘ぎ声、身を貫くほどの快感を、ひとつひとつ反芻してみた。
こんなにはっきりと五感で覚えているのに、これが夢だと言いきれるのだろうか。
(つづく)