【16】僕を食べてください(BL)

 

 

~心もあげる~

 

 

木陰のおかげで日差しは避けられるが、気温は高く、汗がとめどなく噴き出す。

 

(しまったな...喉が渇いた)

 

立ち止まって、汗に濡れた前髪をかきあげ、ガードレール下の川を見下ろした。

 

廃工場の谷川と、他の支流が合流したものが、今見下ろしている川だ。

 

僕の陰毛に埋もれた美しい青白い顔が、パッと脳裏に浮かんだ時、ディーゼルエンジン特有のガラガラ音が後方から聞こえてきた。

 

ガードレールにくっつくほど身を寄せた。

 

アスファルトの隙間から生える雑草を踏みつけたスニーカーに視線を落として、車が通り過ぎるのを待っていた。

 

深いレッドが目に飛び込み、はっとして顔を上げた。

 

サイドウィンドウがゆっくりと下りて、サングラスをかけた白い顔が白い歯を見せて笑っていた。

 

「チャンミン」

 

この時の僕は、馬鹿みたいに惚けた顔をしていたと思う。

 

僕を置き去りにして、二度と戻ってこないのではないかと思い込んで泣いたこと。

 

ユノの不在に予想以上に衝撃を受けた自分がいたこと。

 

これまでの逢瀬は夢の出来事だと、半ば本気で信じかけていたこと。

 

これら僕を苦しめていた気持ちが、一瞬で消え失せてしまった。

 

「ユノ...」

 

叫びたいのに、ユノの手を取って頬ずりをしたいくらいだったのに、僕はかすれた声でユノの名前をつぶやいただけだった。

 

「乗る?」

 

僕はこくんと頷いて、助手席側にまわって乗り込んだ。

 

車内はエアコンが効いていて、乾いた涼しい風が心地よかった。

 

「ドライブしようか」

 

言葉が出てこない僕は、こくんと頷いた。

 

「そこに飲み物があるから」

 

助手席の足元にあったビニール袋から、よく冷えた炭酸水を1本とった。

 

ユノは次の退避場でX5の向きを変えると、道を下り始めた。

 

「どこに...行ってたんだ?」

 

ユノの横顔を、サングラスのつるを引っかけた白い耳を見る僕は、恋焦がれる目をしているだろう。

 

「荷物を受け取りに街へ出ていた」

 

「...僕も」

 

「ん?」

 

「僕も...連れていけばよかったじゃないか。

僕は...置いて行かれたかと思って...っく...」

 

「...チャンミン」

 

「もう戻ってこないのかと思って...ひっ...く」

 

言葉は途中から嗚咽交じりになった。

 

「ユノがいなくなって...全部夢だったんじゃないかって...」

 

しまいには、子供みたいに泣いていた。

 

「チャンミン...ごめん」

 

ユノはX5を停めるとシートベルトを外し、腕を伸ばして僕の頭を引き寄せた。

 

「寂しかったんだ」

 

僕の頬や首に触れるユノの腕が冷たい。

 

でも、僕の頭を撫ぜるユノの手が心地よくて、「ごめんな」という彼の声音が優しかった。

 

ユノにまた会えた安堵と、自分の思い込みの激しさに呆れた。

 

とにかく、ぐちゃぐちゃになった感情の処理が追い付かなくて、涙を流すことでしか表現できなかった。

 

 

 

 

ユノが停車した場所は、例の橋のたもとだった。

 

僕らはX5から降りて、眼下数メートル下を流れる川を欄干から見下ろした。

 

「ほら。

ここだけ新しいだろ?」

 

そこだけが塗料の色が濃い箇所を指さした。

 

ユノに問われてもいないのに、僕は滔々と子供の頃に遭った事故のことを、両親を亡くしたことを語っていた。

 

その間僕は、焦げ茶色のくすんだ欄干にシミ一つない白い手を置いたユノの、サングラス越しの視線を感じていた。

 

「...で、これがその時の勲章なんだ」

 

前髪をあげて、生え際の傷跡を見せた。

 

僕は目を閉じて、ユノのひんやりとした指が傷跡をなぞられるがままになっていた。

 

「チャンミンが発見されたっていう場所はどこ?」

 

「こっち」

 

河原へ降りるための梯子へユノを案内した。

 

夏の間、川遊びをする子供たちのために作られた木製の簡易的なものだ。

 

「滑るから、気を付けて」

 

僕らは1歩ごとにしなる足場板を下りてゆき、丸石に足をとられながら橋脚の傍まで行きついた。

 

「この辺りだよ」

 

カワヤナギの茂みを指さした。

 

十数年前、僕はこの茂みの中で、母親のバッグを抱きしめて眠っていた。

 

その時点では、父親の死のことも瀕死の母親のことも、知らずに。

 

「そうか...」

 

薄いブルーのTシャツとホワイトデニムを身につけたたユノは涼し気で、相変わらずスタイルが抜群だった。

 

「眩しいね」

 

僕らは橋脚の真下まで移動した。

 

コンクリート製の橋脚にもたれて、橋げたの真裏を見上げた。

 

時折、橋を渡る車の音がして、かすかに橋げたが揺れるのが分かる。

 

ユノの手が僕の腕に触れた。

 

「なあ、チャンミン」

 

僕の正面に立ったユノは、僕の腰に腕を回した。

 

「悲しかった?」

 

「当然だろ。

大切な家族だし、二度と参観日にも、運動会にも来てもらえないんだ。

家に帰っても『おかえり』と言ってもらえない。

悪さをして頭を叩かれることも、二度とないんだ。

お父さんとお母さんの、生身の身体がなくなっちゃうってことが辛かった。

でも、一番辛いのは、友達のお父さんとお母さんを見る時かな。

どうして僕にはいないんだろうって、羨ましかった。

まだ子供だったから、思い出が少なかったのが幸いだった」

 

ははっと乾いた笑いを浮かべた。

 

「でもね、僕も一緒に死んでしまえばよかったとは思わなかった。

どうして僕だけが助かったのかは謎のままだけれど...」

 

両親を思い出して、センチメンタルなことを話しているのに、僕の腕はユノの身体を力いっぱい抱きしめていた。

 

ユノの後ろ髪に鼻をうずめたら、あの甘い香りを思い切り吸い込んでしまって、抜き差しならない情欲に侵食されてきた。

 

ユノと会ったら、真っ先にしたいこと。

 

ユノの腰を引き寄せて、僕のそれに押し付ける。

 

「俺のことが好きなんだ?」

 

「うん」

 

「好きだから、したいんだ?」

 

「...うん」

 

頷いた僕は橋脚と擁壁が作る空間へユノの手を引いて連れて行き、彼の身体を擁壁に押し付けた。

 

腰を揺らめかせて、既に固く盛り上がったユノに自身のものをこすりつけた。

 

左右に腰を振って押しつけながら、ユノのホワイトデニムの前を緩めた。

 

ユノのものが勢いよく飛び出してきて、それを目にした僕の呼吸は荒くなる。

 

ユノに背を向けた僕は擁壁に手をつき、膝までデニムパンツを下ろした。

 

「挿れて?」

 

ユノのそれに手を添えて、僕のあそこにに誘導した。

 

ユノのものが侵入する。

 

「っんん...」

 

温かく潤ったものでユノのものを包み込み、僕は充足感に低い唸り声を漏らす。

 

ユノのものが、僕の中で脈打っていた。

 

ユノが戻ってきてよかった。

 

夢じゃなくてよかった。

 

ユノの身体が欲しい。

 

代わりに、僕の身体をあげる。

 

でも、僕は初心だから、心はあっち、身体はこっち、といった具合に分けられない。

 

心も一緒に差し出してしまうけれど、それで構わないよね?

 

 

 

(つづく)

 

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