~チャンミン17歳~
僕は義兄さんの顔を見られない。
X氏に迫られ、無理やり関係を持ったのか?と問われていた。
「そうです」と答えたかった。
X氏にコンタクトをとったのは、僕の方だったのに。
義兄さんと関係を持つまえに、慣らした身体になりたくて、X氏に近づいた。
これが真実だ。
僕は17歳で高校生で男で、僕らは義兄弟で、これが罪な繋がりだと、子供な僕にだって重々わかってる。
でも、僕は義兄さんが好きだ。
誰かとここまで深いつながりを持ったのは、義兄さんが初めてだ。
先のことは全然、僕には見えていなかった。
これまでのように、週に一度ででも会い続ける...そんな交際がずっと続くんだろうなぁ、って。
世間的にも道徳的にも間違った繋がりをもっている僕らだけど、未来があるんだよ、と義兄さんは遠回しに言ってくれた。
ところが今は、その希望が壊れてしまいそうだった。
義兄さんに隠れて、X氏と会い続けていた僕だ。
義兄さんとアトリエで抱き合ったその日の夜に、X氏に呼び出された日もあった。
易々とX氏のものを受け入れる僕の身体に、彼は嬉しそうだった。
「子供のくせに。誰にでも尻を差し出すのか?」って、乱暴に僕を扱った。
「私の他に何人いるのやら...困った子だ」
情けなくて悔しくて、唇を噛みしめて、この時が過ぎるのを耐えた。
巧みなX氏のテクニックといけないことをしている意識が、義兄さんとの時以上に反応してしまう自分もいた。
そんな自分の身体が汚らしい。
縁を切りたいのに、弱みを握られていて、機嫌を損ねたら大変だって、求められるまま抱かれてきた。
撮ったものをばら撒くとは一度も言われたことはなかったけど、写真や動画の存在を知らせた時点で、暗にゆすっているのと同じなんだ。
X氏はなかなか僕に飽きてくれない。
義兄さんは僕のことを可愛がってくれる。
僕は義兄さんを裏切り続けている。
さらには昨夜、僕との将来を考えている、なんて言われてしまったらもう...。
だから決心したんだ。
X氏だって、高校生といつまでもいかがわしいことをしていられない。
社長さんをやっているくらいなんだもの、「もう会えない」と揺るがない意志を見せたら、きっとわかってくれるって、そう見込んでいたのに...。
僕だけじゃどうしようもできない。
義兄さんをだまし続けることはもうできない。
秘密を抱えていられるのも、もう限界。
義兄さんは勘づいている。
僕の答えを待っている。
嘘はつきたくない。
義兄さんの二の腕をつかんだ手に、力を込めた。
筋肉がつまった逞しい腕。
義兄さんはこんなに綺麗で清潔なのに、僕ときたら裏切り者で嘘つきで、汚れている。
義兄さんだって結婚しているし、姉さんを抱く日もあると思う。
でも、姉さんの夫であることを前提にスタートした。
イケナイことをしているスリルに、ゾクゾクしていたくらいだ。
義兄さんは僕の答えを待っている。
思い切って顔を上げた。
「......」
眉をひそめて、潤んだ眼をしていた。
いろんな表情を見たいと、天使のような華やかな笑顔が、怒り狂ったり嘆き悲しむことでゆがむのを見てみたいと、出会ったばかりの僕は馬鹿な願望を持っていた。
嫌だ。
義兄さんのそんな顔は見たくない。
でも今の義兄さんの顔といったら、悲しそうな怒っているような、呆れたような、緊張しているような、全部が混ざり合っている。
「......」
そして、考え込んでいる僕を見つめる義兄さんの表情が、徐々に無表情にと変化していった。
ああ、やっぱり。
僕は嫌われたんだ。
「...そっか」
義兄さんはふっとため息をついた。
「答えにくいことを質問して悪かった。
思い出したくないんだよな。
無神経なことを訊いて悪かった」
義兄さんに頭を引き寄せられて、力任せにごしごしと後頭部を撫でられた。
「ちがっ...!
違うんです!」
「Xさんとのことは...これからどうするかは、一緒に考えよう」
僕の両肩をつかむと、覗きこんでそう言った。
「ずっと黙っていて...辛かったな」
息が出来ないくらい力いっぱい僕を抱きしめるんだもの。
「違うんです。
違うんです!」
「黙っていろって。
正直に話してくれてありがとう。
もう二度と会うんじゃないぞ?
何かあったらすぐに俺に言うんだ。
分かった?」
「義兄さん!
違うんです!」
「気づいてやれなくて、ごめんな?」
「僕から誘ったんです!」
僕を抱きしめる義兄さんの腕が、ぴたっと止まった。
「......」
「......」
「...どういう意味...だ?」
義兄さんの両腕がぱたりと下に落とされたけど、僕は彼の胸にしがみついたままでいた。
薄いTシャツ越しに、義兄さんの体温がかっと上がったのが分かる。
「抱いてくれ、って頼んだのは僕の方だったんです」
言ってしまった...!
「...それってつまり...小遣いが欲しくてか?」
「違います!
お金は貰ったことありません!」
「じゃあ、なぜ...」
義兄さんが疑問に思うのも当然だ。
しがみつく僕は引きはがされそうになったけど、そうされまいと抵抗した。
恥ずかしくて情けなくて、そんな自分を見せたくなくて、義兄さんの胸に顔を埋めた。
落胆しただろうな、見損なっただろうな、悲しいだろうな...義兄さんの顔を見たくなくて、しがみついたままでいた。
「Xさんにそう言え、と頼まれたのか?」
義兄さんの声は掠れていた。
僕は首を左右に振った。
僕と義兄さんが逆の立場だったらどうだろう。
想像してみた。
ものすごく...嫌だ。
もし僕が義兄さんの立場だったら...。
歪んだ動機からスタートしたX氏との密会を、1年以上も続けてきた者なんて、受け入れられない。
吐き気が出るほど、不潔だ。
浮気をした奴なんて、嫌いだ。
二度と触れたくもない、顔も見たくない、今すぐこの部屋を出ていく。
...僕だったら、そうなる。
きっと義兄さんも、そうする。
僕を突き放して、ベッドに残して、振り返りもせずこの部屋を出ていく。
「...あ」
義兄さんに引っ張られて僕の身体は180度回転し、後ろ抱きにされた。
僕の上半身は義兄さんの両腕で、僕の腰は彼の両膝で包み込まれた。
温かい...そして、安心する。
恐れとは真逆のことをされて、嬉しいのに苦しかった。
「チャンミンがなぜ、Xさんに近づいたのか...。
『なぜ?』と訊いても、チャンミンが答えにくいのなら言わなくていい。
済んだ話だ。
会い続けていた理由は...チャンミンの意志によるものじゃない」
僕は両膝を引き寄せて、そのてっぺんに額を押し当てた。
呼吸は浅く、鼓動も早い。
「Xさんに逆らえなかったんだな...。
これはキツイな」
今の時刻は何時頃なんだろう。
真夜中に近いのか、夜明けに近いのか、分厚いカーテンが引かれた窓からは空の色を確かめられない。
「Xさんと、今日も会っていたのか?」
僕は頷いた。
義兄さんの肌がぴくぴくっと震えた。
僕の言葉を一句ひとつも聞き漏らすまいと、耳をすましている証拠だから、言葉選びに慎重になってしまう。
「会ったけど、それは...もう会いたくないって話をつけに行ったんです」
「それで?
向こうは納得したのか?」
「...はい」
X氏は僕の目の前で、スマホ端末のデータを削除してくれた。
それだけじゃ不十分だったから、クラウドデータの中身も確認して、削除させた。
「さようなら」と言って、X氏の部屋を出た。
もう終わった。
「もうXさんとは、会いません」
「話をしてきただけか?
酷いことはされていないよな?」
頷く前に一呼吸の間が出来てしまって、冷や汗が出てしまった。
「絶対だろうな?
嘘はダメだ。
話をしてきただけ、だな?」
「はい」
よかった、次は自信がある感じに頷けた。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]