僕の肩を抱いたユノは、話し始めた。
ユノの視線はまっすぐと、でも遠くの何かを...記憶を辿るものだった。
どこにも焦点があっていないその眼は、感情を読みとることの難しい漆黒で平坦なものだった。
僕は、毛布の折り目を指先でいじりながら、ユノの語りを聞き逃さないよう、彼の横顔から目を反らさなかった。
「その気になれば出逢いはあちこちに転がっているもので、『これは』と思う相手には、積極的に近づいた。
仲を深める短絡的な方法、といえば、身体を繋げることだろう?
仕事上、心のガードを固くしていたせいで、プライベートではそのガードを緩めるタイミングも程度もわからなかった。
前にも言ったように、手あたり次第だった。
『違う』と思ったら、かなり酷い別れ方をしたことも沢山さ。
...酷い男だったよ」
「...それは酷いね。
ユノに捕まった人たちは可哀想だね」
「そう。
チャンミンの言う通りだ」
ユノは彼女や彼たちに酷いことをしていると、分かっていたんだろうな。
分かっていて数々の恋人たちを渡り歩いた。
真の恋人を探していたのに、真逆のことを繰り返していた。
プライベートでは悪い男なのに、仕事の顔は優秀な添い寝屋なのだ。
さらに、抱いて欲しいというオーダーがあり、対価を支払ってくれれば、仕事でも客を抱くこともあって。
僕だったら仕事とプライベートの区別がつかなくなってしまうから、そんな器用なことは出来ない。
ユノは心のシャッターの開け閉めを、自在にできると驕っていたのではないだろうか。
僕だって同じようなもの。
気だるげ添い寝屋を気取っていれば、どれだけ客が愚痴と不安を語っていようとも、僕自身の精神には何ら影響を受けない、とばかりに。
実はそうじゃなかったんだよね。
心はそう簡単に閉じたり開けたりできないのだ。
「抱いた者から何かを見つけようとしていたんだろうけど、答えは見つかるはずはない。
だって、俺自身、心のガードを下ろしていたんだから。
抱けば抱くほど、体内に熱はこもっていった」
「......」
「夜の仕事をしている。
客に添い寝してやっている時は、俺は眠らない。
うとうと、もなし。
その訳は、知ってるよね?
客と別れた俺は、出逢いを求めて街へ繰り出す。
男に会った。
女にも会った。
予約が入っていない夜は一晩中。
俺が一方的に恋人だと思い込んでいた彼らとね。
我ながら呆れるほどの精力だった。
何度、達しても物足りない、虚しさだけが残る」
「虚しさ、か...」
ユノの肩に体重を預けた僕は、ユノの語るユノの過去と自分の狂気時代を比較してみた。
誰彼構わず、の部分は共通しているけど、根本的な部分は違うと思った。
ユノの場合、感情が絡んでいるから、当時はきっと苦しかっただろうし、現在も思い出す度、気持ちが塞ぐだろうなぁ、とも思った。
「俺はチャンミンの過去を、軽蔑できない。
俺の方こそ、エロに狂っていたんだよ」
「...ユノ」
「心も身体も、だったから。
寂しさを埋めるためにね。
自己チューだよな。
彼らは俺の気迫みたいなものや、飢えてガツガツしているところに、引いたんだろうね」
「ねぇ、ユノ」
僕はユノの名前をつぶやいて、彼の胸に体重を預けた。
ユノの体温で、彼のパジャマは日向干しした洗濯物のような匂いがした。
僕もユノも夜の仕事をしているけれど、彼の場合、仕事から解放されているはずの昼間も夜を引きずっている。
「眠りが訪れない夜」という夜を引きずっている。
暗い夜に閉じ込められて、さぞ窮屈だろうと思った。
ユノを間に挟んで、あの世に逝ってしまった1組の恋人たち。
彼らがユノを、眠りから遠ざけるきっかけを作ってしまった。
ユノの空いている方の手を握った。
「僕の場合は、相手の心なんて必要なかったんだよ。
僕の中を埋めてくれて、気持ちよくさせてくれればいいって。
彼らを道具のように思っていたんだよ。
僕こそ酷い男だ」
「だとしても、チャンミンの方が人間ができてるよ。
無闇に人間関係を求めず、身体だけの関係だと割り切っていたから」
「そこを褒められてもなぁ...喜んでいいのやら」
「当時、俺は気づいたんだ。
そういえばここ1か月眠っていないぞ、って。
俺に抱かれた彼らは、元気をなくしていくんだ。
俺といると疲れるんだな...俺ばかり熱くなってて。
その頃から、熱を蓄えていったんだと思う...」
ユノはそうかすれ声で語尾を消すと、片手で目を覆ってしまった。
男の僕から見ても、節の太い男らしい指だった。
「それはきっと、疲れるんじゃない。
凡人には身に余るんだ。
ユノが凄すぎて。
ユノの相手をするのは、荷が重いんだって」
「チャンミンは優しいことを言ってくれるね」
「そ、そうかな」
照れた僕は鼻の頭をポリポリとかく。
「しまいには割り切った付き合い方をすればいいんだって、開き直った。
身体だけの関係に終始するんだ。
チャンミンもそうだったように、その手の出会いのサービスを利用するってわけ。
その手の相手が見つかる場所に顔を出したりね」
「...そうだったんだ」
ユノはきっと、特別な人を探しているうちに、いつしか体内でぐつぐつと煮えたぎるものを『注ぎ込める相手探し』に変わっていたんだろうな。
その頃のユノの心は空虚なものになっていたに違いない。
身体はマグマのように煮えてるのに、心はかさかさに乾いているんだ。
そのギャップはさぞストレスだろう、と。
「ユノ...。
僕としたい?」
僕にしてみたら、なんとも大胆なことを口にしていたか!
知らず知らずのうちに、ぽろっと。
「...は?」
「ユノを雇ったのは僕だし...雇ったってのは、僕とえっちをしてくれる添い寝屋という意味で...」
緊張すると、なんて回りくどい言い方をしてしまうんだ、僕という奴は!
「熱くて仕方がないのなら、僕とえっちをすればいいじゃん、って...。
今さら、な感じだけど。
僕は、自分の身体を温めてくれて埋めてくれる人を求めているし。
ユノはユノで、モヤモヤを発散できる場...というか『穴』が欲しいわけでしょ?
熱くて仕方がないならさ、よく冷えた僕を抱けばちょうどよいかな...って」
ぽかんとした表情のユノ。
「あのね、ギブアンドテイクなんて、スカしたことを言ってるんじゃないからね。
僕はユノとしたい。
僕のムスコは萎れてるけど、男とやる時は受け手だし、別に勃っていなくても出来るし...。
えっと、それからそれから...」
僕は一気にまくしたてる。
「ユノといるとね、僕、ドキドキするんだ。
初日からそうだったんだ。
ユノはとてもいい男だし...でも、見た目の問題だけじゃなくて」
「チャンミン、落ち着いて」
「最後の日に言おうと思ってたんだ。
でも、今言っちゃうね。
僕、僕ね。
ユノのことが好きみたいなんだ」
「......」
「ユノは仕事とプライベートを分けるって言ってたでしょう?
でも僕は、そんな割り切り方ができる男じゃないんだ。
僕の告白で、ユノは困ると思う」
「困らないよ」
「客から『好きだ』って言われても困るよね。
あ...僕らの場合、両方だね。
ひと晩添い寝をしてもらいたかっただけなのに、勝手に惚れられて『好きだ、付き合って』って添い寝屋から告白されたら、困るよね」
「困らない」
「えっ?」
「嬉しいよ」
「!!」
「俺もチャンミンと、したい」
(つづく)
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