(24)添い寝屋

 

 

僕の肩を抱いたユノは、話し始めた。

 

ユノの視線はまっすぐと、でも遠くの何かを...記憶を辿るものだった。

 

どこにも焦点があっていないその眼は、感情を読みとることの難しい漆黒で平坦なものだった。

 

僕は、毛布の折り目を指先でいじりながら、ユノの語りを聞き逃さないよう、彼の横顔から目を反らさなかった。

 

 

「その気になれば出逢いはあちこちに転がっているもので、『これは』と思う相手には、積極的に近づいた。

 

仲を深める短絡的な方法、といえば、身体を繋げることだろう?

 

仕事上、心のガードを固くしていたせいで、プライベートではそのガードを緩めるタイミングも程度もわからなかった。

 

前にも言ったように、手あたり次第だった。

 

『違う』と思ったら、かなり酷い別れ方をしたことも沢山さ。

 

...酷い男だったよ」

 

 

「...それは酷いね。

 

ユノに捕まった人たちは可哀想だね」

 

 

「そう。

チャンミンの言う通りだ」

 

 

ユノは彼女や彼たちに酷いことをしていると、分かっていたんだろうな。

 

分かっていて数々の恋人たちを渡り歩いた。

 

真の恋人を探していたのに、真逆のことを繰り返していた。

 

プライベートでは悪い男なのに、仕事の顔は優秀な添い寝屋なのだ。

 

さらに、抱いて欲しいというオーダーがあり、対価を支払ってくれれば、仕事でも客を抱くこともあって。

 

僕だったら仕事とプライベートの区別がつかなくなってしまうから、そんな器用なことは出来ない。

 

ユノは心のシャッターの開け閉めを、自在にできると驕っていたのではないだろうか。

 

僕だって同じようなもの。

 

気だるげ添い寝屋を気取っていれば、どれだけ客が愚痴と不安を語っていようとも、僕自身の精神には何ら影響を受けない、とばかりに。

 

実はそうじゃなかったんだよね。

 

心はそう簡単に閉じたり開けたりできないのだ。

 

 

「抱いた者から何かを見つけようとしていたんだろうけど、答えは見つかるはずはない。

 

だって、俺自身、心のガードを下ろしていたんだから。

 

抱けば抱くほど、体内に熱はこもっていった」

 

 

「......」

 

 

「夜の仕事をしている。

 

客に添い寝してやっている時は、俺は眠らない。

 

うとうと、もなし。

 

その訳は、知ってるよね?

 

客と別れた俺は、出逢いを求めて街へ繰り出す。

 

男に会った。

 

女にも会った。

 

予約が入っていない夜は一晩中。

 

俺が一方的に恋人だと思い込んでいた彼らとね。

 

我ながら呆れるほどの精力だった。

 

何度、達しても物足りない、虚しさだけが残る」

 

 

「虚しさ、か...」

 

ユノの肩に体重を預けた僕は、ユノの語るユノの過去と自分の狂気時代を比較してみた。

 

誰彼構わず、の部分は共通しているけど、根本的な部分は違うと思った。

 

ユノの場合、感情が絡んでいるから、当時はきっと苦しかっただろうし、現在も思い出す度、気持ちが塞ぐだろうなぁ、とも思った。

 

「俺はチャンミンの過去を、軽蔑できない。

 

俺の方こそ、エロに狂っていたんだよ」

 

 

「...ユノ」

 

 

「心も身体も、だったから。

 

寂しさを埋めるためにね。

 

自己チューだよな。

 

彼らは俺の気迫みたいなものや、飢えてガツガツしているところに、引いたんだろうね」

 

 

「ねぇ、ユノ」

 

 

僕はユノの名前をつぶやいて、彼の胸に体重を預けた。

 

ユノの体温で、彼のパジャマは日向干しした洗濯物のような匂いがした。

 

僕もユノも夜の仕事をしているけれど、彼の場合、仕事から解放されているはずの昼間も夜を引きずっている。

 

「眠りが訪れない夜」という夜を引きずっている。

 

暗い夜に閉じ込められて、さぞ窮屈だろうと思った。

 

ユノを間に挟んで、あの世に逝ってしまった1組の恋人たち。

 

彼らがユノを、眠りから遠ざけるきっかけを作ってしまった。

 

ユノの空いている方の手を握った。

 

 

「僕の場合は、相手の心なんて必要なかったんだよ。

 

僕の中を埋めてくれて、気持ちよくさせてくれればいいって。

 

彼らを道具のように思っていたんだよ。

 

僕こそ酷い男だ」

 

 

「だとしても、チャンミンの方が人間ができてるよ。

 

無闇に人間関係を求めず、身体だけの関係だと割り切っていたから」

 

 

「そこを褒められてもなぁ...喜んでいいのやら」

 

 

「当時、俺は気づいたんだ。

 

そういえばここ1か月眠っていないぞ、って。

 

俺に抱かれた彼らは、元気をなくしていくんだ。

 

俺といると疲れるんだな...俺ばかり熱くなってて。

 

その頃から、熱を蓄えていったんだと思う...」

 

 

ユノはそうかすれ声で語尾を消すと、片手で目を覆ってしまった。

 

男の僕から見ても、節の太い男らしい指だった。

 

 

「それはきっと、疲れるんじゃない。

 

凡人には身に余るんだ。

 

ユノが凄すぎて。

 

ユノの相手をするのは、荷が重いんだって」

 

 

「チャンミンは優しいことを言ってくれるね」

 

 

「そ、そうかな」

 

 

照れた僕は鼻の頭をポリポリとかく。

 

 

「しまいには割り切った付き合い方をすればいいんだって、開き直った。

 

身体だけの関係に終始するんだ。

 

チャンミンもそうだったように、その手の出会いのサービスを利用するってわけ。

 

その手の相手が見つかる場所に顔を出したりね」

 

 

「...そうだったんだ」

 

 

ユノはきっと、特別な人を探しているうちに、いつしか体内でぐつぐつと煮えたぎるものを『注ぎ込める相手探し』に変わっていたんだろうな。

 

その頃のユノの心は空虚なものになっていたに違いない。

 

身体はマグマのように煮えてるのに、心はかさかさに乾いているんだ。

 

そのギャップはさぞストレスだろう、と。

 

 

「ユノ...。

 

僕としたい?」

 

 

僕にしてみたら、なんとも大胆なことを口にしていたか!

 

知らず知らずのうちに、ぽろっと。

 

 

「...は?」

 

 

「ユノを雇ったのは僕だし...雇ったってのは、僕とえっちをしてくれる添い寝屋という意味で...」

 

 

緊張すると、なんて回りくどい言い方をしてしまうんだ、僕という奴は!

 

 

「熱くて仕方がないのなら、僕とえっちをすればいいじゃん、って...。

 

今さら、な感じだけど。

 

僕は、自分の身体を温めてくれて埋めてくれる人を求めているし。

 

ユノはユノで、モヤモヤを発散できる場...というか『穴』が欲しいわけでしょ?

 

熱くて仕方がないならさ、よく冷えた僕を抱けばちょうどよいかな...って」

 

 

ぽかんとした表情のユノ。

 

 

「あのね、ギブアンドテイクなんて、スカしたことを言ってるんじゃないからね。

 

僕はユノとしたい。

 

僕のムスコは萎れてるけど、男とやる時は受け手だし、別に勃っていなくても出来るし...。

 

えっと、それからそれから...」

 

 

僕は一気にまくしたてる。

 

 

「ユノといるとね、僕、ドキドキするんだ。

 

初日からそうだったんだ。

 

ユノはとてもいい男だし...でも、見た目の問題だけじゃなくて」

 

 

「チャンミン、落ち着いて」

 

 

「最後の日に言おうと思ってたんだ。

 

でも、今言っちゃうね。

 

僕、僕ね。

 

ユノのことが好きみたいなんだ」

 

 

「......」

 

 

「ユノは仕事とプライベートを分けるって言ってたでしょう?

 

でも僕は、そんな割り切り方ができる男じゃないんだ。

 

僕の告白で、ユノは困ると思う」

 

 

「困らないよ」

 

 

「客から『好きだ』って言われても困るよね。

 

あ...僕らの場合、両方だね。

 

ひと晩添い寝をしてもらいたかっただけなのに、勝手に惚れられて『好きだ、付き合って』って添い寝屋から告白されたら、困るよね」

 

 

「困らない」

 

「えっ?」

 

「嬉しいよ」

 

「!!」

 

「俺もチャンミンと、したい」

 

 

 

(つづく)

 

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