~チャンミン~
髪だけ濡らすつもりだったけど、ついでだからと、シャワーを浴びることにした。
今日2回目のシャワーだ。
シャンプーボトルを手にして、しばし考える僕。
ごくごく普通の、どこででも買える安価なものだ。
ユノから香ったシトラスの香りを思い出す。
(あの香りは...シャンプー?
それとも香水だろうか?
いい匂いだったな...)
僕はシャンプーをたっぷり泡立てて、頭をごしごし洗った。
僕のシャンプーは、普通の石鹸の香り。
泡だらけの髪をすすいだ後、シャワールームを出た。
湯気で曇った鏡をタオルで拭くと、鏡に映る自分と目が合う。
髪はびしょ濡れで、上気した頬は熱いシャワーのおかげ。
(眉...目...鼻...口...)
顔のパーツをひとつひとつ、触れながら点検する。
こんなにまじまじと、自分の顔を観察するのは初めてだ。
僕って、こんな顔してたっけ?
僕は29歳。
顔を右、左と向けてみる。
ごくごく普通の、顔。
両手を両頬に当てる。
29歳って、そこそこの年齢だよなぁ。
ん...?...29歳...?
途端、ぐらりと視界が回る奇妙な感覚に襲われた。
「あっ...」
シャンシャンと耳鳴りもする。
立ちくらみか?
視界がぐるりと回る。
洗面台に両手をついて、目をぎゅっと閉じて耐える。
はぁ...びっくりした。
1分後には、元に戻った。
何だったんだ、今のは?
「さてと」
髪を乾かさないと。
寝ぐせがついたら困るから。
壁にかけたドライヤーを手に取りコードをコンセントに刺す。
「ん?」
僕の背後の空気が、すぅっと動く感じがした。
・
悲鳴は同時だった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわあぁぁぁぁっ!」
僕は自分でも驚くほどの大声を出していた。
こんな大声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。
目をまん丸にして、尻もちをついているのは...ユノじゃないか!
ユノの視線が、僕の顔からゆっくり下りていく。
僕はハッと気づいた。
「わっ!」
大急ぎで僕は、タオルで下を隠す。
ユノは僕に視線をロックオンしたまま、固まっている。
(見えた...よな?)
なんて間抜けな姿してるんだ、僕は。
尻もちをついた姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。
(は、恥ずかしい...!)
ぐんぐんと全身が熱くなってきたのが分かる。
「あっちへ行って...」と言いかけたその時。
ドスンと、僕に突進してぶつかる衝撃。
「!」
ユノが僕に体当たりするかのように、抱きついてきたのだ。
ユノは僕の首を絞めんばかりに、腕を強く巻き付けている。
「えっ...」
濡れた僕の体に、ユノの乾いた洋服が押しつけられているのがわかる。
「あの...」
(困った、困ったぞ...)
さらにぎゅうっと、ユノの腕の力が増す。
「く...」
息ができない...。
「く、苦しい...」
僕のものを隠していたタオルがポトリと落ちる。
「......」
ユノは黙ったまま、僕にかじりついたままだ。
「ぼ...」
たまらなくなって、ユノの両肩を持って引きはがした。
「ぼ、僕を締め殺す気か!?」
え...?
驚いた。
僕に両肩をつかまれたままの、30センチの距離のユノが泣いていた。
泣きながら、僕を睨んでいる。
「ば、馬鹿者―!」
ユノが大きな声を出すから、驚いて僕は彼の肩をつかんだ手を離してしまった。
ユノの充血した目から、ボロボロと大粒の涙が落ちてきた。
「ユノさんに心配かけさせやがって...。
めちゃくちゃ、心配したんだぞー!」
「!!」
今度は、ユノは僕の胸にしがみついてきた。
えっ.....?
「うわーーん」
大泣きしだした。
「ホントに、心配したんだぞ!」
「......」
「もう、死んじゃったかと思ったんだぞ!」
「は?」
僕が、死ぬ...?
「えっ...と、僕はただ、シャワーを浴びていて」
ユノが何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
どこでどう繋がると、僕が死んじゃうことになるんだ?
ユノの熱い涙が、僕の胸を濡らしている感触がよくわかる。
次から次へと、流れている。
一体全体、この状況はなんなんだ?
「お見舞いに来たのに、チャンミンは出てこないし...っく...。
倒れたままなんじゃないかと思って。
昨日、具合が悪かったし。
うっく...っく...。
だから、うちの中探し回ったのに...。
チャンミン、どこにもいないし。
ひっく...風呂場で死んでるんじゃないかと思って」
そういうことか...。
ずずーっと鼻をすする音。
きっと僕の胸は、ユノの涙と鼻水でベタベタだ。
僕の頬に、ユノのショートヘアがさわさわと触れている。
また、シトラスの香りがした。
参ったなぁ...。
なんだか...もう...たまらない気持ちになった。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]