~ユノ~
午前中は、全く仕事にならなかった。
計測の手順を間違えてばかりで、機器のアラーム音を何度も鳴らしてしまった。
(たった2日の寝不足が、三十路にはこたえる...)
コーヒーのがぶ飲みで、トイレも近い。
少し前、作業着を泥だらけにしたカイを見かけたが、クリーンな今の時代、なかなか見られない姿だ。
やることの多くが手仕事、力仕事で、うちの職場の平均年齢が若い理由もうなずける。
催促されている報告書も仕上がっていない。
時刻を確認すると、あと15分でお昼休憩だ。
(ちょっと早いけど)
俺はランチが入ってるバッグを持って、ドームへ向かうことにした。
ドームの回廊ベンチで、Mは既にランチを終えたばかりのようだった。
(早っ!)
今日のMは、パステルピンクのワンピース姿で、ゆるく巻いた髪を複雑に編み込んだヘアスタイルにしてる。
(一種の職人技やな。
Mこそ、現場仕事が向いてるんじゃないかな)
Mのヘアスタイルを見て、いつもそう思う。
「ユノ!
お先~」
「受付カウンターを無人にしといていいの?」
Mの隣にドスンと腰を下ろして、俺もお昼ご飯を取り出した。
「アポなしで来る人なんてほとんどいないから大丈夫」
俺がノーマルだったら悩殺もののMの笑顔。
「あんたの神経は図太いけど、ちんまりしか食べんのやな?」
「万年ダイエッターですから」
「Mは痩せんでもよろし。
胸がでかいのは、羨ましいかぎりだって。
カイ君なんかあんたの胸にくぎ付けよ」
「やめてよユノ。
彼、若いからね、24だっけ?
性欲バリバリの年ごろじゃない。
...私は年下には興味がないの。
やっぱり年上よね~...Tさんみたいな?」
Mは不敵な笑みを浮かべて俺を見る。
「本日のTさんは、どうだった?」
「まままままま。
それはまぁ...いただきます!」
Tさんネタを今は振って欲しくない俺だったから、大きな音をたててサンドイッチの封を開けた。
「あら!珍しい...ほらユノ!」
「何?」
ピンクのマニュキュアのMの指さす方向を見る。
ドームの中央辺りの小道を、チャンミンとカイ君が談笑しながら歩いている。
そういえば、昨日のトラブルの復旧作業をカイ君が手伝うとかなんとか、今朝Tさんが話していた。
あの時、チャンミンはものすごく不機嫌そうな顔してたっけ。
感情をほとんど表に出さないから、珍しいと思ったんだっけ。
Mは二人の様子を眺めながら言う。
「チャンミンと会話が成立するのかな?」
「相手次第なんじゃない?」
「ねぇ、なかなかの光景じゃない?
二人とも、いい男なんだよねぇ」
「そうかもね」
(興味ないふりも難しい)
「カイ君はマメだからモテるよね、絶対。
チャンミンは...むっつり君。
プライベートではオオカミなのよ...こわ~い」
サンドイッチを齧りながら、俺もMと一緒になって眺める。
チャンミンもカイ君も、頭が小さく、抜群にスタイルがいい。
二人ともきれいな顔立ちだけど、タイプが違う。
チャンミンの頬骨は高く、目鼻口のパーツが大きくて、鼻筋も太いのに対し、
カイ君は、奥一重なのに大きな目で、女の子のような細くて高い鼻梁。
といった風に。
(って、おい!
ちゃっかりしっかり観察してるんだ、自分ってば)
あれこれ考えこんでいたら、Mが俺の背中を叩く。
「Tさんのこといい加減に諦めて、二人のうちどっちかにしなよ、ユノ~」
「うぐっ」
「年下も新鮮でいいかもよ~」
口いっぱいにサンドイッチを頬張っていたから、むせてしまう。
「俺は男だぞ?
俺に迫られて、困るのは二人だろうが?」
「そんなの、迫ってから心配しなさいよ」
「アホか」
世の中、Tさんのように人間が出来ている奴ばかりじゃないのだ。
「ユノはどっちが好み?」
Mはとても楽しそうだ。
「分かんないよ。
そういう目で見たことないし...」
「私だったら~、チャンミンかなぁ。
奥に秘めてる感がそそるじゃない?
で、ユノは?」
顔が熱くなっているのが分かる。
(おいおい。
なにドキドキしてんだ!)
「お、俺は...カイ君かなぁ?」
「えーそうなんだー」とケラケラ笑うMをよそに、
(なぜそこで、逆を言っちゃうんかなぁ)
赤面しているのがバレないよう、ゴクリと水を飲んだ。
(つづく)
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