5日目。
本来なら、添い寝屋ユノとの、添い寝屋チャンミンとの契約が切れる日だった。
「お世話になりました」と言い合って、バイバイするはずの日だった。
でも、僕らは恋人同士になったから、バイバイする必要はないのだ。
嬉しすぎてくすくす笑っていたら、「チャンミンの笑い方がキモイ、エロい」と、ユノに髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。
ユノの不眠が治ったかどうかは分からない。
僕らが1つになって交じり合って、1日も経っていないんだもの。
しわだらけのシーツに頬をくっつけて、まぶたを半分落とした僕はうっとり、満ち足りたため息をついた。
ぺちょりと濡れたシミがここに、乾きかけのシミがあそこに。
これらは全部、僕が出したもの。
放出されたユノのものは全部、僕の中で受け止めた。
ハートは満タン、肉体的にも潤った感に浸る僕。
温かくなった身体に慣れなくて、足元がふらついてしまい、さっと伸びたユノの腕に支えられる。
ユノの肩にもたれかかり、微熱程度まで下がった、乾いた彼の肌に口づける。
夕日でオレンジ色に染まったリビング。
ユノの均整のとれた肢体が長い影を作っている。
冷蔵庫の中を物色するユノの腰に腕を回した。
ユノの首の付け根の骨に吸いつくと、
「チャンミンがこんなキャラだったなんて...意外だな」と笑われてしまった。
「...だって」
自分でもびっくりだよ。
甘えんぼキャラだったなんて!
ユノの固く引き締まったお腹の下の、ふさふさを梳きついでに、中心から顔を出しているのをふにふにしてたら、「こら!」と怒られた。
「頼む...休憩させてくれ」
「ユノって強かったんじゃなかったっけ?
あんな程度なの?
な~んだ、がっかりだなぁ」
「半日で5回だぞ?
十分、強いだろ?
底無しなのはチャンミン、お前の方だ!」
「むぅ」
「5年もご無沙汰だったんだから仕方ないけどさ。
溜め込んだミルクタンクの中身を、慌てて空にする必要はない!」
「...だって」
目覚めた僕の身体は、性狂乱時代が証明しているように力がみなぎっていて、欲しくてたまらないのだ。
欲しいのはもちろん、『ユノ限定』だ。
「歩きにくいから、離れてくれ」
「やだ」
ユノは後ろにへばりついた僕を引きずって、リビングまで戻る。
ソファに座ったユノの隣に陣取り、パックから直接牛乳を飲むユノの、ごくごく動く喉仏に見惚れた。
全面窓から注ぐ光に、ユノの濃いまつ毛が際立ち、その下の瞳もつるんと光っている。
「僕も飲みたい」
「どっちのミルク?」
「へ?」
「......」
「?」
「はあぁ」とため息をつき、
「...ジョークだよ。
意味がわからない顔をまともにされると、俺の方が照れる」とユノは言った。
「ふふふ」
「なんだよ、分かってたのか?
からかうのは俺の役割。
からかわれるのはチャンミンって決まってるの」
「ふふふ」
ムッとしてるユノから牛乳パックを取り上げ、乾いた喉を潤していると...。
ユノったら、僕の脇腹をくすぐるんだ。
ぶはー!と牛乳を盛大に吹き出してしまった。
「ぎゃははははは!」
牛乳パックなんて放り出してしまって、くすぐり合っているうちに...ソファの上で第6ラウンドが始まってしまうのだ。
だから僕らは下着をつける間もなくて、今朝からずーっと全裸なのだ。
ユノの全身を...ぷりっとしたお尻や、脇腹からあそこへ斜めに走るライン、ぷっくり大き目の2つのピンクなんかを存分に眺められて、僕のドキドキは止まらないのだ。
・
僕とユノは5年前に、既に出逢っていたのだ。
出逢い、と言っても、当時は互いの顔かたちを認識し合う余裕もなく、名前も知らず、アソコとアソコを繋げただけの仲。
内で荒れ狂う色欲を発散させるための場なのだから、名無しで構わないのだ。
ユノは酒と媚薬で酔っ払った状態だった。
僕はチャイナドレスを身にまとい、メス化したあそこはとろとろで柔らかくほぐれていた。
女の人とやっていたと誤解したユノは、お気の毒さまだ。
あまりの相性の良さに、僕の中から引き抜くユノへと、僕の情熱が吸引されてしまった。
僕の熱をユノは持ち帰ってしまい、僕に残されたのはメーターがほぼゼロの肉体。
4日前、僕の前に添い寝屋兼客として現れたユノ。
ユノに触れられる度、そこから痺れが走りゾクゾクのし通しだった。
どうりで変だと思った。
世界で唯一の凸凹同士だったんだから、異常に反応してしまったのも仕方がないよね。
ユノの先っちょが僕の中にめり込んだ時、僕は肉体全部...血肉骨をもってして思い出したんだ。
「あの時の!」
ユノも同様で、「嘘だろ...」とつぶやいた後、絶句していた。
1回戦は記憶がないんだ。
衝撃が凄すぎて、早々と意識を手放してしまったらしい。
気付いた時にはコトの後で、僕は大の字になっていた。
うっすら目を開けると、間近にユノの優しい微笑みが待っていて、僕もつられて笑った。
・
夕飯はレトルトのスープを温めたものと、炒めただけの薄切り牛肉、といった簡単なもの。
(今朝、ユノが僕のためにブランチを作ってくれたのはいいんだけど、予想通りキッチンがえらいことになっていた。真っ黒になった外国製のフライパンに泣きそうになっていると、「俺が新しいやつを買ってやる」と言ってくれた)
「ユノが眠れるようになれるといいね」
フォークを皿に戻し、その手でテーブル向こうのユノの手に触れた。
「だいぶ平熱に近づいてきたね。
こもっていた熱が減ってきたから、少しは楽になったんじゃない?」
「そわそわと落ち着かない感じは、確かに無くなった。
でも...」
言いかけたものの黙ってしまったユノに、僕は席を立ち、椅子の背もたれごと彼を抱きしめた。
「ユノ。
仕事はどうする?」
「続ける。
チャンミンは?」
「続けるよ、もちろん」
「客がいい男だったり女だったりしたら、妬けるなぁ」
「僕だって同じだよ。
お客はみんな、ユノを好きになっちゃうんじゃないかって」
「俺の気持ちはしっかりしているから、心配しなくていいよ」
「ふぅん。
お客がユノに夢中になっちゃうってとこは、否定しないんだ」
膨れる僕の頭を、ユノは後ろ手にがしがしと撫ぜた。
「まあまあ。
チャンミンだって、可愛い添い寝屋さんだからモテるだろうね。
俺が止めて欲しいと言っても、チャンミンは今の仕事を辞めないだろ?」
「...うん。
ユノもでしょ?」
「ああ」
気だるげ添い寝屋を気取っていた僕でも、僕なりにプロ意識を持って5年続けてきたのだ。
「ユノはちゃんと仕事をやり遂げたよね。
でも、僕の仕事はまだ終わっていない。
ユノの不眠を治さなくっちゃ」
「治ってるかもよ。
今夜、分かるよ」
ユノはそう言ってるけれど、昨日の今日で、スイッチを切り替えたみたいにぐーぐー眠れるようになれるわけないと思う。
ユノの不眠は多分、根深い。
ユノの隣で僕が毎朝、確実に目覚めることで、安心させてあげるしかないのだ。
「いいこと思いついた」
「俺も」
「何?」
「チャンミンが先に言えよ」
「やだ。
ユノがお先にどうぞ」
ユノは椅子を後ろ前に座り直し、背もたれに顎を乗せて僕を見上げた。
上目遣いのユノは、僕の目には甘えた幼顔に映った。
へぇ...ユノのこんな顔、初めて見た。
「俺...チャンミンちに引っ越してこようかな」
「僕も同じこと考えてた」
僕はにっこり笑った。
「でね、この部屋でお客をとるの。
お客ひとりに対して、添い寝屋が二人なの。
でね、僕らはお揃いのパジャマを着るの。
超高級添い寝屋なんだ。
お客は、僕らに挟まれて寝るんだよ」
「贅沢だな...」
「でしょ?
他にはないよ、こんなサービス」
「俺は、いびきをかいて寝る客とチャンミンを見守る、ってわけ?」
拗ねるユノの鼻を突いた。
「そうだよ。
無理に寝ようとしなくていいんだ。
寂しくなったら、僕をたたき起こしていいからね。
僕は絶対に起きるから」
「俺はいつ寝るんだ?」
「朝になったら寝ればいいじゃないか。
夜は寝るものだってかたっくるしく考えているから、眠気が来ないんだよ。
ユノが寝てる間に、僕がご飯を作るから。
お昼になったら、僕が起こしてあげる。
ユノはキッチン、立ち入り禁止。
鍋もお皿も台無しにされたくないからね」
「...『彼女感』凄まじいな」
「彼女って言うな!」
僕はまるで夢みたいなことを語っているのではない。
これは明日の朝から、必ず実現するストーリーなのだ。
「僕はご存知の通り、底無しみたいだから、ユノはヘトヘトになるよ。
僕に搾り取られてクタクタになれば、否が応でも眠くなるよ」
僕はユノの手を引いて、寝室へいざなった。
換気のため開けておいた窓から、さぁっと涼しい空気が通り抜けた。
巨大団地の整列した白い点々、数珠つなぎになったテールランプの赤い点々。
二日前にも似たような夜景を共に見た。
今、目に映る景色はもっともっと、きらびやかに美しく僕の胸に迫る。
僕らは添い寝屋。
添い寝し添い寝され、僕らはみずみずしくなっていく。
幸福な二人の添い寝屋に挟まれて、客たちは満ち足りた寝息をたてるだろう。
(おしまい)
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