~ユノ~
銀髪の男、チャンミンの恋愛対象は『男』だという。
おとこ、男、男、男、男、男、男、♂、おとこ、おとこ、おとこ、OTOKO...。
俺は男...!!!!
...もしかして俺、狙われてる!?
突然、俺のテーブルについた時点で不自然だ。
「好みだわ」って射止められたんだろうか?
固まってしまった俺に、チャンミンは泣いてしまった。
...マズいな、傷つけてしまったかな。
初対面の他人にカミングアウトした結果、ドン引きされたのだ。
泣いてしまっても仕方がないか。
「これで涙を拭けよ」
両手で顔を覆ってしまったチャンミンに、おしぼりを差し出した。
チャンミンは素直にそれを受け取り、そっと目頭を押さえた。
その拭き方が上品で、女の子がメイクを崩さないよう涙を拭く風に見えて、俺の目にはチャンミンが女っぽく映ってしまう。
白シャツにレザーの超細身のボトムスに身をつつんでいる辺り...いかにも『それ』っぽい(偏見の塊だな、俺)
「......」
チャンミンは頭を上げ、ごしごし目をこすってから、にこり、と笑った。
うわぁ...いい笑顔じゃん。
つい見惚れてしまい、あぶないあぶない、男によろめきそうになってしまった。
チャンミンは俺に対して、やたら前のめりだし、気を付けないとこの男に食われてしまうかもしれない!
と、自分を叱りつけたが、さっきがぶ飲みしたアルコールのせいでぐらり、と視界が揺れた。
これ以上は控えた方がいい、この後の自分に責任が持てない。
つぶれてしまったら、この男にホテルに連れ込まれてしまうに決まってる!
「...ユノ、大丈夫?
顔が真っ青。
外の空気を吸おうか?」
「いや、平気だよ。
チャンミンこそ飲みたければ、もっと注文しなよ。
すみませ~ん!」
チャンミンの前の空になったジョッキを指さし、追加の酒を注文しようとした。
この奇妙な雰囲気をかき消したいと思ったのだ。
もっとも、気まずく感じているのは俺の方だけかもしれない。
「これと同じもの...ハイボールでいい?
焼酎?
オッケ。
焼酎をお願いしまーす。
え?
ボトルで?
オッケ。
銘柄は何でもいいよな?」
注文を終えた俺は姿勢を正して、目前のチャンミンと対峙した。
俺のカミングアウト、チャンミンもカミングアウト。
互いにデリケートな内容を共有したおかげで、ぐっと距離が狭まったのは確かだ。
「...つまり、俺たち二人とも、チェリーってことか、ハハハ」
何かを誤魔化したい時の俺の癖、ピアスをいじった。
「ユノもピアスしてるんだ。
ほら、僕も」
チャンミンは真ん中で分けた長い前髪を耳にかけ、自身のピアスを披露してくれた。
互いのカミングアウトまで、見ず知らぬ男の接近で緊張していた俺だったから、今になってチャンミンのピアスに気付いたのだ。
「これ、もしかしてダイヤモンド?」
「うん」
こんなピアスを付けている男なんて...堅気じゃないに決まってる!
職業は何なんだろう?
「ずっと前、付き合ってた人からもらったんだ」
「チャンミン...前に付き合ってたっていうのも、男だったんだ?」
「...そうだよ」
「フラれたって言ってたよね。
そいつも、男だったんだ?」
「当ったり前でしょう?」
チャンミンは人差し指でつん、と俺の腕を突いた。
(ひぃっ)
チャンミンの行動に、俺はつい腕を引っ込めてしまった。
鳥肌が立っていた。
さっきまで慰めようと肩をさすってやっていた俺が、カミングアウトを受けて突如、態度を変えてしまって、失礼だったかな、と思う。
嫌がってるわけじゃないぞ、の意を込めて、引っ込めた腕をテーブルの上に戻した。
チャンミンは気分を害した風でもなく、俺の顔をニコニコ笑みを浮かべて見つめてくる。
俺もぎこちない笑みを浮かべる。
第3ボタンまで外したシャツ、ぴっちぴちにタイトなボトムス...派手な髪色、整えられた眉毛...男のものにしては細い指...そして何より、男にしておくのは勿体ない『美貌』
恋愛対象が同性と知ってしまうと、チャンミンの見た目は「いかにも」だ。
この手の奴に会うのは25年の人生、初めてだった。
「びっくりした?」
「うん」と、俺は正直に認めた。
「気持ち悪いと思った?」
「...うん」と、これも正直に認めた。
拒否感は否めない、受け入れたふりはよしておこうと思ったから。
いつか、何かしらのタイミングで、嫌な顔をしてしまいそうだから...こういう生理的なものは隠し切れないものだろうから。
...ん?
チャンミンとは今この酒の場だけのつもりだったのに、今後も会うつもりでいるのか?
「気に入った。
ユノが気に入ったよ」
メロンソーダのグラスを持った手が、チャンミンの両手に包まれた。
「!」
払いのけそうになるのを、ぐっと堪えた。
偏見は...駄目だよな、うん。
俺は童貞だけど、手を握られることくらいどうってことないのだ...ハグやキスまでは出来るのだ...ただし女子限定。
「やだな。
警戒しなくても大丈夫だよ。
そりゃあ、僕は傷心中で寂しいけどね。
だからって、ユノをどうにかしようなんて考えてないから」
チャンミンの言葉に俺は、安堵した。
今夜ひと晩、酒を酌み交わすだけの仲だ...のつもりでいたけれど。
予定が変わりそうだった。
俺はチャンミンという男...恋愛対象が同性だというこの男の生態に興味津々になっていた。
だから、ひと晩だけだなんて、つまらないなぁと思ったのだ。
(つづく)
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