(4)虹色★病棟

 

 

夕飯までの2時間を、何をして過ごそうかな、と考えた。

 

昼寝をしようか、中庭を散歩しようか、読書をしようか。

 

夕刻前に昼寝をしたら夜眠れなくなるし、散歩は午前中にたっぷり2時間したし、食堂の本棚の本はあらかた読みつくしてしまったし(新刊が届くのは来週)

 

ベッドに仰向けになって寝転がる。

 

ユノのことを想った。

 

ユノはどうしてここに入る気になったんだろう?

 

僕は、といえば...。

 

胸の奥底の小箱がカタカタっと振動したのが分かった。

 

僕は目をつむり大きく深呼吸をして、その揺れがおさまるのを待った。

 

しばらく大人しくしていた小箱が久しぶりに反応し出して、僕はむわぁっと嫌な気持ちになった。

 

深呼吸を繰り返す。

 

胸に手を置いてゆっくり、ゆっくり息を吸って吐いて。

 

焦ってパニックになったら過呼吸になってしまうから。

 

小箱の振動が止んだ後も、じぃっと見守る...僕を怖がらせようと突然動きだすことがあるから。

 

「ふぅ...」

 

どれくらいの時間が経過したのか、まぶたを開けた時には、窓の外が薄暗くなっていた。

 

全身にかいた冷や汗は乾いたが、後ろ髪は濡れていた。

 

シャワーを浴びてさっぱりさせたくて、時計を確認すると17時45分。

 

(わっ!)

 

夕飯の時間まであと15分じゃないか!

 

(ユノ!)

 

勢いよくベッドから起き上がった。

 

(その前に...)

 

ドアノブにかけた手を離し、僕は引き返してクローゼットの扉を開けた。

 

「どれにしようかなぁ...」

 

引き出しに詰まったいろとりどりのパジャマ。

 

濃紺と薄青のグラデーションの窓外を見、今夜はバミューダ色のパジャマに決めた。

 

 

 

 

こんこん。

 

パジャマの袖で隠した手で、ドアをノックする。

 

突然、外開きのドアが開き、あやうく顔面衝突するところだった。

 

「遅い!」

 

ドアの向こうには、恐らく仏頂面をした(ゴーグルとマスクのせい)ユノが仁王立ちしていた。

 

ユノはさっきと同じ、白地に水色ストライプのパジャマを着ている。

 

除菌グッズを入れているのか、ユノのパジャマのポケットは、膨らんでいた。

 

ユノったら、僕を待っていてくれたんだ。

 

思わずくすりとしてしまった僕に、「何が可笑しい?」ってムッとしたようだった。

 

「何も可笑しくないよ。

僕のひとり笑い。

さあ、ご飯を食べに行きましょう」

 

ユノの手を取りそうになって、僕はその手を引っ込めた。

 

とっさの行動にも神経を使わないと。

 

ばい菌嫌いのユノを面白がって、嫌がることをしてからかったりするのは、もっと駄目だ。

 

ユノは正気で本気だ。

 

これまで周囲から遠巻きに観察され、こそこそ陰口をたたかれ、ばい菌にふりまわされる不自由な生活を送ってきたはずだから。

 

僕だって、ここに来る前から、セーラーカラーのワンピースを着て街を歩いていたんだ(すれ違う人たちの、不気味な生命体を見ているかのような顔といったら!)

 

食堂はステーションの隣にあるから、僕の案内なんていらない。

 

それなのに、ユノは僕を待っていてくれて嬉しかったのだ。

 

食堂への廊下を、僕はユノに先立って歩き、ユノは後方2メートルの間隔を取って僕の後をついてくる。

 

「お前はこれをしろ」

 

ユノはパジャマのポケットから取り出したものを投げて寄こし、僕はそれを取り落としそうになってヒヤリとしたけど、無事キャッチした。

 

1枚ずつパックされたマスクと手袋だった。

 

「僕も!?」

 

「当然だ。

俺の隣でうろちょろしたかったら、お前もそれをしろ」

 

「うろちょろって...酷いなぁ」

 

素直にマスクと手袋を装着した僕とユノは、肩を並べて歩いた。

 

変だなぁと思ったのは、潔癖ならばユノだけがシールドを張ればいいことだ。

 

自身のプライベート空間に招きいれる時は、来訪者に着替えや手洗いを要求して当然。

 

僕までマスクや手袋をする必要がないんじゃないかなぁ。

 

でも、そこまでしないといけないくらい、ユノはばい菌を恐れているってことか...。

 

僕はばい菌扱いされても、気を悪くしない。

 

僕だって変だから。

 

ユノの横顔をちらり、と覗った。

 

初登場の時はコートを着ていて、今はパジャマを着ているから身体のラインはよく分からない。

 

コートの裾から伸びた膝下はまっすぐ長かったし、小さな頭のせいでゴーグルがとても大きく見えた。

 

「...なんだ?

俺の顔に何かついてるのか?」

 

その声が震えていて、ゴーグルの下の切れ長の眼が真剣だった。

 

(しまった!)

 

きっと、何か異物が付いているのではないかと恐怖しているユノに、僕は慌てた。

 

「大丈夫。

な~んにも付いてないよ。

安心して」

 

「驚かせるなよ」

 

安堵でふっと力を抜いたユノの肩を、なだめるように叩きそうになる手を引っ込めた。

 

「...ユノさんってかっこいいなぁって。

見惚れてしまって...。

じろじろ見ちゃってごめんね」

 

「ふん...」

 

恥ずかしくて仕方がなくて、廊下を歩くふわもこファーのスリッパに視線を落とした。

 

なぜこんな風に、大胆な発言をできるかというと。

 

ぴりぴりと張ったユノのシールドの中...つまり心に近づくには、ストレートな表現をしてあげなくちゃ破れないと、彼の部屋を訪れた時思ったから。

 

なんとなく...。

 

それに、マスクで口元が隠れているせいじゃないかなぁ。

 

震える唇やきゅっと上がったり下がった口角を見られなくて済むからだ。

 

ユノだってそうじゃないかな。

 

 

(つづく)

 

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