(3)虹色★病棟

 

 

 

真っ赤なドアが気に入らないユノ。

 

「気に入らないなら、ペンキで塗っちゃえば?」

 

「え?

そんなことしていいのか?」

 

「うん。

ここは自由だよ。

家具はネジで留めてあるし、カーテンとシーツは所定のものじゃないといけないけど...それ以外は好きにしていいんだ。

ユノさんだって、変な機械をもちこんでるじゃないの?」

 

消毒液入り蒸気を出す加湿器、脱臭・除菌効果が見込めるオゾン発生器のことだ(他にも何かありそうだ)

 

「そうだな」

 

「ステーションでペンキを借りてこよう」

 

「ペンキがあるのか!?」

 

「うん。

大抵のものは揃っているよ。

刃物やロープやライターなんかの危険なものは駄目だけど」

 

「ふぅん。

暴力沙汰が起きたら困るよなぁ、確かに」

 

「ここにいる人たちは大抵大人しくて礼儀正しいから、その心配はないけどね」

 

「洗濯の後にしよう。

お前もペンキ塗り、手伝え」

 

「人にものを頼む言い方じゃないなぁ。

あ、ここが洗濯室」

 

案内しても、ユノは廊下に立ったままだ。

 

ドアノブに触れたくないんだな、と察した僕は、バスケットにあった除菌シートで拭き清める。

 

ホント、面倒くさい男だなぁと思ったけど、僕は誰かのお世話をしたくて仕方がなかったから、全然苦にならない。

 

「どうぞ、王子様」

 

片手を胸にあて、うやうやしくお辞儀をしてみせたら、「俺をからかってるのか?」と、眉間にしわを寄せたユノ。

 

可愛い。

 

ユノはばい菌嫌いだけど、実は人懐っこい質なんだろうなぁ、と僕は思った。

 

僕の言うことにいちいちつっかかってくるけど、僕を遠ざけないもの。

 

洗濯機の中をのぞいたユノは、僕の予想通り思いっきり顔をしかめていた。

 

「雑菌とカビの温床だな」

 

「乾燥機にかけたら滅菌されるんじゃないの?」

 

「その乾燥機が汚れてたら意味ないだろう?」

 

「乾燥機の中も熱風で菌は死ぬよ。

ユノさんって、細かい男だねぇ」

 

異常なほどばい菌を恐れるのは、実はユノ自身の精神を守るためのシールドなのかな、と思った。

 

洗濯ものをたたむ為のテーブルを、除菌シートで清めた上でバスケットを置いた。

 

ユノは比較的綺麗な(これは、先月設置されたばかりの新品なのだ)洗濯機を選ぶと、洗濯槽にシュッシュとアルコールスプレーをたっぷり吹きかけた。

 

「女の恰好してたお前だって、変人だ」

 

人並みの間を縫って、僕の瞳に鋭い矢先の視線を飛ばしていたユノ。

 

しっかり僕の姿を認めていたんだ。

 

うふふ、嬉しい。

 

でも、ワンピースを着ていた事情を説明し出すと長くなるんだよね。

 

「女装が趣味なのか?

よし、これくらいでいいか」

 

ユノは洗剤を投入し、洗い物を入れないまま洗濯機を回し始めた(スプレーだけじゃ足りないんだ。資源の無駄遣いだな)

 

「そう言われても仕方がないけど...。

...着たいから、着ているだけだよ」

 

僕は頬を膨らませ、スリッパ履きの足で床を蹴った。

 

リノリウムの床は、洗剤の粉やほこりで汚れている(今週の当番は掃除をさぼっているな)

 

(ユノはスリッパを二重に履いていて、部屋に戻ったら絶対に消毒するんだろうな。

 

それどころか、汚れたスリッパを室内に持ち込みたくないと言って、外側に履いたものは廊下に置きっぱなしにするかもしれない)

 

新入りとのファーストコンタクトでは、綺麗で可愛い恰好でいたかっただけだ。

 

ニュースを聞きつけた昨夜は、どのワンピースにしようか鏡の前で、とっかえひっかえ試着を繰り返した。

 

星屑が散った青いワンピースに決定した時には、深夜過ぎだった。

 

「男の恰好だってするさ。

その機会がないだけだよ。

ここではほとんどパジャマでいるし...。

たま~に、スカートが履きたくなる...それだけだよ」

 

ユノは潔癖過ぎて日常生活に支障が出たから、ここに来たわけじゃない。

 

僕だって、女装趣味があるからってここに来たわけじゃない。

 

壁にもテーブルにもよりかかれない、ましてや椅子にも座れず、両腕を組んで立ちんぼだったユノ。

 

組んでいた腕をほどき、ふっと肩の力を抜いた。

 

ゴーグルの下の両目からも、鋭い光がふっと和らいだ。

 

「悪かった。

馬鹿にしたわけじゃない。

...お前もいろいろあったんだな」

 

「...まあね」

 

少しだけ怒っていたけど、ユノの優しげな口調のおかげで機嫌を直した。

 

「...ユノさんもでしょ?」

 

「ああ」

 

「キツイ時だね。

ここに来たばかりだから、一番キツイ時だね。

泣いちゃうね」

 

「ピークは過ぎたよ...」

 

眼は悲し気なのに、マスクの下では口角を上げているだろう...そんなあやふやな笑みを浮かべているんだろうなぁと思った。

 

 

 

 

僕の予想通り、ユノは二重スリッパの外側の方を自室の前で脱いだ。

 

「じゃあな」

 

そう言って、僕を廊下に残したままドアを閉めようとするんだ。

 

「待ってよ。

ペンキ塗りは?」

 

僕の手にはペンキの缶と刷毛。

 

「疲れたから、寝る。

ペンキは明日だ。

お前も手伝え」

 

「僕は『お前』じゃない。

チャンミン、チャンミンだよ」

 

「はいはい。

チャンミン。

これで満足か?」

 

「夕飯前に迎えに来るね」

 

「俺は子供じゃない。

食堂くらい一人で行ける」

 

「まあまあ、そう言わないで。

ルールも教えてあげたいし...それに...」

 

ユノは、部屋と廊下の中間に立った状態で、僕の言葉を待っている。

 

急に恥ずかしくなって、僕は腕を後ろに組み、この場にはない小石を蹴る。

 

このいかにもな仕草は、照れた時の僕の癖。

 

「ユノさんとおしゃべりしたいなぁ...って」

 

「お前って...チャンミンって変わってるなぁ。

俺なんて退屈だぞ?」

 

「ううん」

 

僕はゆっくり首を振った。

 

「...僕。

ユノさんと友だちになりたいんだ」

 

ユノはじぃっと僕を見る。

 

そして、ぷいっと顔を背けた。

 

「あっそ。

じゃあな」

 

「待って」

 

僕の手はユノの手首を捕らえていた。

 

案の定、ユノの顔色はさっと青ざめ、僕の手を払いのけようと腕を振った。

 

凄い力だ。

 

振り払われまいと僕は握る手に力を込めた。

 

「手袋をしてるから。

後で消毒すればいい」

 

「お前は俺の嫌がることを平気でするんだな」

 

ユノの言葉は無視して、僕は「握手しよ?」と言った。

 

ユノの潔癖症を直そうなんて思わない。

 

ユノなりに事情がいろいろとあるんだろう。

 

小さい頃のトラウマとか(本で読んだことがあるんだ)

 

ユノはずっとこのままかもしれないし、いつか克服するかもしれない。

 

僕は構わない。

 

僕だってワンピースを着るのをやめたくないし、他にもいっぱいある。

 

忘れられない哀しい思い出もある。

 

ユノはしばらく無言だった。

 

僕は右手を突き出した。

 

僕と握手できるかできないかで迷っていたんだろう。

 

僕は辛抱強くユノを待つ。

 

ユノの視線は医療用の青い手袋をした僕の手と、白の布手袋の上にビニール手袋を重ねた彼自身の手の間を行ったり来たりしている。

 

部屋に戻ってすぐ消毒をすればいい、との結論に至ったのだろう。

 

おずおずと差し出されたユノの手を、僕はぎゅっと握った。

 

瞬間、僕の手に包まれたユノの手がビクッと強張った。

 

固く緊張したユノの手を上下に振った。

 

「僕をよろしくお願いします」

 

ユノは素早く手を引き抜き、くるりと僕に背を向けた。

 

「じゃあな」

 

「うん。

後でね」

 

真っ赤なドアがバタンと閉じた。

 

僕の心はふわふわっと上昇した。

 

色白のユノの首が赤くなっているのを、見ちゃったもんね。

 

積極的な僕。

 

ユノは潔癖症の美男子。

 

胸がドキドキした。

 

 

(つづく)

 

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