(5)虹色★病棟

 

 

 

 

「え...。

お前のメシ...」

 

「ん?」

 

隣に座ったユノは、僕の食事がのったトレーを見て驚いたようだった。

 

隣、と言っても、椅子2つ分離れたところにユノは座っている。

 

スタッフたちはユノの為に、ビニール製のカバーにくるんだ椅子を用意していた。

 

念入りに除菌ティッシュで拭き清めたそこに、ユノは腰を下ろした。

 

「ユノだって変だよ」

 

ユノのトレーには、ミネラルウオーターのボトル、コンビーフの缶詰、プラケース入りのレトルト米飯、インスタントスープ。

 

マスクを顎下に下ろしたユノは、スプーンとフォークの袋を破りながら、「どこが?」と、眉をひそめて言う。

 

なるほどね、誰かが作った食事とスタッフが触れた食器が嫌なんだ。

 

「そんなんで栄養が偏るよ?」

 

「サプリメントとプロテインドリンクを飲んでいるから、これでいいんだよ。

俺のことはどうでもいい。

お前のメシこそ、異常だよ」

 

「そう?」

 

僕は米飯を飲み込んでから、自分のトレーを見る。

 

「全部、白じゃないか?」

 

そう。

 

僕の料理は全部、白いのだ。

 

牛乳、具なしのクリームシチュウ、ヨーグルトドレッシングをかけたホワイトアスパラ、塩を振っただけの米飯...。

 

「色が付いたものは嫌いなんだ」

 

むっとした僕は鼻にしわを寄せて、そう答えた。

 

シチュウを念入りにかき回し、人参の欠片を見つけると、ペーパーナプキンの上にスプーンですくいあげたそれを落とす。

 

自分が変だってことは分かってる。

 

分かってるけど...治らないんだ。

 

「悪かったな。

僕だって嫌いなものはある」

 

「ワンピースといい、ど派手な色のパジャマといい、お前にも拘りがあるみたいだけど。

それ以外のものは、嫌いってことじゃないか?」

 

「嫌いなものなんて...意識したことないよ」

 

僕は好きなものだけを、身の回りに置いておきたいだけなのだ。

 

「ユノだって、除菌にこだわってるでしょ?」

 

口にした後、「しまった」と思ったけど、予想に反してユノは「まあな」と気を悪くするでもなく答えた。

 

「白いばかり...。

そんなんだから、なまっちろい顔してひょろっとしてるんだ。

俺のプロテイン分けてやろうか?」

 

コンビーフを米飯の上に開け、スプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜたものから、僕は目を反らせた。

 

時間差で気付く。

 

ユノが僕にプロテインを分けてくれるって!

 

へぇ、いい奴じゃん。

 

「牛乳で割れば、限りなく白に近づくぞ?」

 

「ユノさん。

ありがと。

優しいね」

 

僕とユノは顔を見合わせて、微笑みあった。

 

マスクを外したユノはやっぱり、綺麗な男の人だと思った。

 

似た者同士の僕たちは、仲良くなれそうだ。

 

 

 

 

「起きろ!」

 

ドアをドンドン叩かれ、その大きな音に僕は飛び起きた。

 

寝坊?

 

朝食の時間は...あれ、まだ5時じゃないか。

 

僕は目をこすり、顔を出したばかりの朝日が薄いグレー色のカーテンを透かす様をぼうっと眺めていた。

 

よかった、今日は晴れなんだ、昨日は雨が降っていたからね。

 

傘をさしてのお散歩は、パジャマもキャンバス製スニーカーもびしょ濡れになってしまう。

 

「...ふあぁぁぁ」

 

眠い...大あくびの後、こてんとベッドに横倒しになってしまった時、

 

「チャンミン!

起、き、ろ!!」

 

ドアのノックは、ガンガン音にエスカレートしている。

 

「!!!」

 

ここでやっと、ノックの主がユノだと分かった。

 

僕はベッドを飛び降りた。

 

「スタッフに怒られるよ」

 

(僕らの部屋がある第1通路の面々は早朝体操の会メンバーが大半で、この時間は中庭に下りていってしまっていて、ユノの騒音に腹を立てる者たちが不在で助かった)

 

ドアの向こうに、昨日と同様、透明ゴーグルと黒マスクをしたユノが立っていた。

 

パジャマも昨日と同じ、白地に水色のストライプ柄のもの。

 

ドアをノックするなんて、思い切ったことができたのも、二重にした手袋のおかげ。

 

「...ねぇ、まだ5時だよ?

起きちゃったじゃないか。

朝風呂に入りたいの?」

 

わざとらしくあくびをしてみせたら、ユノは僕にティッシュペーパーの箱を投げつけた。

 

「これを付けろ」

 

それはティッシュペーパーじゃなくて、箱入りマスクだった。

 

「それから...」

 

ユノはもうひとつの箱を僕に投げて寄こし、「まったく...普通に手渡せばいいのに」と呆れながら、キャッチした。

 

ユノの場合、それが難しいってことは理解しているつもりだけどね。

 

「これも付けていろ」

 

「わかったよ」

 

僕は紙箱を開封しマスクを1枚、手袋を1双取り出し、ユノに見張られている中、きっちりと装着した。

 

「朝っぱらから何?」

 

僕を叩き起こした上、謝りもせず、マスクや手袋を強要するんだもの、寝起きの僕はご機嫌斜めだ。

 

マスクの下で僕はぷぅと膨れていて、僕の目が苛立っているとユノは察したようだった。

 

「...悪かった。

失礼なふるまい、許してくれ」

 

敬礼みたいに頭を下げられて、僕は慌ててしまった。

 

「やだ、ユノさん...頭を上げてよ。

寝起きで頭が回ってなかっただけだよ」

 

ユノの横柄さは、我が儘を通しているだけのものじゃなく、ちゃんと相手の反応を見たうえでジャイアンになってるみたいだ。

 

「そっか、ペンキ塗りだね」

 

 

「ああ」

 

ユノは心底イヤそうに眉をひそめて、

 

「あの色は好かん」

 

と、真っ赤な自室のドアを忌々し気に見ていた。

 

 

 

 

 

「...チャンミン。

なんだなんだ、このド派手な色は?」

 

ユノは僕の仕事ぶりを背後から見守っていた(刷毛に触るのが嫌なユノの代わりに、僕が全行程担う羽目になった。

 

無心になれる作業もいいものだ。

 

刷毛を滑らせると、その後に鮮やかな色の道ができる。

 

「赤の補色は緑でしょ?」

 

30分もしないうちに、真っ赤だったドアは艶やかなシトロングリーンに塗りつぶされた。

 

 

 

「緑はリラックスできる色なんだって」

 

「へぇ...」

 

「ユノの心の傷も癒えるといいね?」

 

ふり返ってウィンクして見せた。

 

しばし黙りこくったのち、ユノは「ああ」とほほ笑んだ。

 

 

 

(つづく)

 

 

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