【60】NO?

 

~僕の心配事~

 

~民~

 

 

チャンミンさんは香水をつけない人だ。

 

チャンミンさんの汗の匂いがふわっと香ってきた。

 

チャンミンさんは気にしているけれど、私にとってほっとする香りだ。

 

(おじさんみたいな匂いがするって、からかってしまうけれど)

 

「ご迷惑じゃありません?」

 

「リアさんが...」と言いそうになるのを飲み込んだ。

 

「迷惑なものか。

今日は僕も早く帰るから...そうだ!

どこか飲みに行く?」

 

「うーん...。

おうちでのんびりしたいです」

 

チャンミンさんのおうちでデリバリーしたピザを食べながら、ごろごろのんびりしたかった。

 

「この階なら空いてると思う。

僕が見張っていてあげるから、トイレに行った方がいいよ」

 

チャンミンさんは立ち上がると、私の方へ手を差し出した。

 

チャンミンさんの手を握って、腰を上げかけた途端。

 

「あれ...あれれ...?」

 

「民ちゃん!」

 

膝ががくがくして力が入らず、立ち上がれない。

 

「腰が抜けたみたい、です」

 

苦笑いをした私はチャンミンさんを見上げた。

 

心配そうな、困ったような、優しい顔。

 

今頃になって、ピリピリに張り詰めた緊張が解けたのはきっと、差し出されたチャンミンさんの手がとても頼もしくて、安らかな気持ちになったからだ。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

床にへたりこんでしまった民ちゃん。

 

「あれ?

あれれ?

おかしいですね」

 

眉を下げて、困った顔で僕を見上げていた。

 

緊張が解けたんだろう。

 

笑ったり照れたりしていたけれど、実は全身コチコチに気を張っていたんだろう。

 

そんな民ちゃんが可愛らしくて、今すぐ彼女をかき抱きたい気持ちが押し寄せた。

 

だけど公衆の面前で、いきなり抱き寄せられたら民ちゃんを驚かせてしまう、と理性が働いた。

 

足元に目をやると、かかとに血がにじんでいて、僕に無理やり引っ張ってこられてさぞかし痛かっただろうに。

 

民ちゃんの身体にぴったりくっ付くくらい近くに、僕は再び腰を下ろした。

 

僕の薄いワイシャツ越しに、民ちゃんの体温が伝わってくる。

 

「もうちょっと休んでいようか?」

 

「その方がいいみたいですね、へへっ」

 

民ちゃんの小さな膝が小刻みに震えていた。

 

その膝をさすってあげたくなったけど、こぶしを握ってその気を抑えた。

 

ユンの前から民ちゃんをさらうように引っ張り連れてきた行為が、大人げないと今さらながら恥ずかしくなってきた。

 

ユンに弱みを握られてしまったかもしれない。

 

一体何事かと目を丸くしながらも、面白そうに傍観する余裕の表情だったからだ。

 

民ちゃんを見る。

 

真っ白なまつ毛が妖精のようだった。

 

上半身はコルセットだけだ(一度試着したけれど、僕の身体だとファスナーが閉まらなかった。民ちゃんの方が華奢なのだ)

 

細い首やむき出しの肩に散らした細かいラメが、チカチカと光っている。

 

全面スタッズのコルセットに隠された胸元に視線を落とす。

 

以前目撃してしまった民ちゃんのお胸の映像が、僕の頭にぼわーんと浮かんでしまう。

 

膨らみのない(民ちゃん、ごめん)白い肌と綺麗なピンク色の2つの突起...。

 

「ユンさんはびっくりしたでしょうね」

 

「え?」

 

僕は慌てて視線をずらした。

 

危ない危ない、反応してしまうところだった。

 

「私とチャンミンさんがそっくりで...」

 

僕らは顔を見合わせた。

 

「あああーーーー!!」

「あーーー!」

 

僕らは互いを指さす。

 

「お兄さんはいる?って聞かれて...そういうことでしたかぁ!」

 

僕の方も「弟はいるのか?」と尋ねられた時のことを思い出した。

 

ユンは民ちゃんのことを念頭に置いて、そう僕に尋ねたに決まっている。

 

ユンは民ちゃんのことを、男だと思っているのだろうか?

 

それとも、女だと思っているのだろうか?

 

「妹ならいます」と答えたから、ユンは混乱しただろう。

 

取り乱した僕を見て、「過保護な兄」だと思ったに違いない。

 

ちょっと待てよ...。

 

ユンの僕に注ぐ熱い視線を思い起こす。

 

ユンはきっと、両方いける口だ。

 

男みたいなのに実は女の子だなんて、ユンが喜びそうなケースじゃないか。

 

民ちゃんが危ない、と思った。

 

 

(つづく)

 

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