~チャンミン~
さっきロビーで目撃してしまった民ちゃんの緩んだ顔から推測するに、民ちゃんはユンのことを信頼しているようだった。
民ちゃんが楽しく仕事をしているのを、僕の邪推から「辞めろ」なんて言えない。
でも、忠告だけはしておいた方がよい。
幸い僕はカタログの仕事でこれから1年間はユンと関われる。
見張っていよう。
民ちゃんの腕をつかむ直前、僕が視線の端で捉えていたユンの目つき。
民ちゃんのことを、いやらしい目で見ていた。
僕は男だから、よく分かる。
そのことに民ちゃんは、全然気づいていないんだから、全く。
僕はやれやれと小さく首を振り、そして話題を変えようと膝を叩いて民ちゃんを見る。
「そうだ!
週末は部屋探しに行こう、な?」
「はい」
リアのことは脇に置いておいて、あの部屋を出る準備を進めよう。
「帰っておいで」と言ったけれど、あの部屋はもうよそよそしい空気をはらんでいる。
民ちゃんが留守の間、ひしひしと感じた。
あれ以来、日付が変わる前に帰宅するようになったリアと同じ空間にいて、息がつまった。
ポケットの中の携帯電話がけたたましい音を立てた。
『先輩!
どこにいるんすか!?』
腕時計を確認すると、約束した時間が過ぎていた。
「悪い!
10分もしたら行けるから」
「ごめんなさい!
引き留めてしまいました」
結果発表が行われる旨のアナウンスも流れた。
「私も行かなくちゃ、です」
「立てる?」
「はい」
立ち上がった民ちゃんのお尻についつい目がいってしまう。
今度は、バスタオルから丸見えだった民ちゃんの生尻を思い出してしまった。
スケベ親父なのは自分の方じゃないか。
靴擦れが傷むのか民ちゃんはサンダルを脱いで裸足になっていた。
民ちゃんの背に手を添えて喧噪の中に降り立った。
「いい結果だといいね」
「結果なんてもう、どうでもいいです...なんて言ったらKさんに怒られますね。
ここまで勝ち残ってきたこと自体が、凄いことなんですから。
このステージに立てたことだけでも誇らしい...なんて野心がなさ過ぎですね...」
裸足で立つ民ちゃんの、黒いペディキュアがいつもの民ちゃんだった。
非現実的な装いと濃いメイクをした民ちゃんも、確かに心痺れる。
でも僕は、スッピンの(民ちゃんは化粧をしないんだ)民ちゃんが気に入っているんだ。
うっかり間違った方へ行ってしまわないよう、身近で見守ってあげたいんだ。
だから、急に大人の女性のように変身してしまわれると、僕は困る。
「じゃあ、またね」
僕は民ちゃんに手を振る。
「あの!」
民ちゃんに呼び止められて僕は振り向く。
両手をギュッと胸の辺りで握って、内股気味で立つ民ちゃん。
アンドロイドな装いに、幼さの残る頬を緩め、大きな丸い目で僕を真っ直ぐに見つめていた。
「今日はありがとうございました。
チャンミンさんに見てもらいたかったんです。
だから...とっても嬉しかった...です」
じわっと涙が浮かんできそうなのを、ぐっと堪えた。
「どういたしまして」
民ちゃんの視線を感じながら、僕はエントランスを抜けた。
涼しい館内から1歩足を踏み出すと一気に熱気に包みこまれ、僕は現実に戻る。
後輩Sが窓から手を振っている。
仕事をサボってしまった。
真面目な僕にはあり得ない行動だった。
(つづく)
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