「ただいま~」
「おかえり~」
エプロンで手を拭き拭き、チャンミンは出迎えた。
土産もので膨らんだ紙袋を携え、2週間ぶりに騒々しくユノは帰宅した。
お久しぶりのユノの興奮っぷりと言ったら!
当然こうなる。
「今夜の俺はすごいぞ~」
猛々しくなったユノユノに、いつものチャンミンならむしゃぶりついていた。
ところが、チャンミンはどうも浮かない表情だった。
「...チャンミン?
どうした?」
「...僕、風邪を引いたのかなぁ?
今日は一日、熱っぽくて...」
早々と全裸になったユノに対し、額に手を当てて見せるチャンミンは下着もジャージパンツも穿いたままだった。
ユノは「大変だ!」と仰向けの姿勢から、腹筋力で勢いよく跳ね起きた。
「や、離してよ!」
チャンミンの制止なんておかまいなしに、額に手を当て、唇を押し当てて確かめた。
「...ん?
熱なんてないじゃん」
「でもっ!
身体がだるいんだ...」
「ふ~ん」
「だから今夜は...無理...みたい」
「女の子の日?」
チャンミンが気乗りがしない時は、そう言ってチャンミンをからかっていた。
いつもなら、「ユノの馬鹿!」と枕を投げつけて、ベッドからユノを追い出して、その夜のユノの寝床はソファとなるはずなのに。
「そうみたい」
ユノのジョークにのっかって、チャンミンはお腹をさすっている。
「2日目だから、腰がだるいし、お腹も痛いんだ。
風邪ひいたみたいに、具合が悪いんだ」
「ふ~ん...」
疑わし気に、ユノは目を細めた。
「...俺に隠し事してるだろ?」
(ドキぃ)
すっと目を反らしたチャンミンに、ユノはニヤニヤ。
「白状しろ。
俺に目視確認されたくないだろ?」
「...うっ...」
鼻先が触れ合わんばかりに、顔を寄せたユノから間近に睨みつけられ、ユノの唇は笑いをこらえている。
(あ~あ。
ユノにはバレてる)
観念したチャンミンは、事情を説明し始めた。
・
その日の午後のことだ。
(お腹が痛い...)
チャンミンは下腹をさすり、くの字になって横たわっていた。
今日が休日で助かった。
「...うぐっ...」
下腹を襲うぎゅるぎゅるに、チャンミンはトイレに駆け込む。
トイレとお友達になってしまったのには、理由があった。
・
長期出張中のユノが戻ってくるまでの2週間。
部屋を散らかす者も朝っぱらから騒々しい者もいない。
念入りに部屋の片づけと掃除にいそしみ、「メシはまだか?」と急かす者もいないから、レパートリーを増やそうと凝ったレシピにも挑戦できた。
3日目くらいから、寂しくなってくる。
着くたびれた服を清掃用に小さく切ってぼろ布にし、扇風機の羽根を洗い、ニットの毛玉とりをし、中身とケースがバラバラのCDやゲームソフトを元に戻した。
返却日を10日も過ぎたDVDを発見し、延滞料金をたっぷり支払わされたり、チャンミンに内緒で取り寄せたとみる小道具に赤くなり、ユノお気に入りの俳優が出演するドラマを録画予約した。
5日目くらいには、不在に慣れてくる。
メンズランジェリーのサイトでユノが喜びそうなものを注文し、入浴ついでに自身を慰めてみたり、大量に余らせた料理を冷凍保存したりした。
同棲期間10年目ともなれば、寂しさを紛らわせる術に長けた、留守番の達人となっていた。
チャンミンはそれなりに、おひとり時間を満喫していた。
ところが、予定よりも3日早く帰ってくるという。
しかも今夜!
チャンミンは慌てた。
昨日はデリバリーしたLサイズピザを平らげていたし、夕食ではとびきり辛い唐辛子料理を食べていた。
(仕方がない!)
使いたくはないが、今夜の為に無花果を使わざるを得ない。
気合を入れすぎて、3個連続で無花果したのがいけなかったらしい。
お腹は痛いは、肝心なところはじんじんするはで、チャンミンは半べそ状態だったのだ。
・
「そうだったのか」
チャンミンの説明に、ユノはうんうんと頷いている。
恥ずかしくて仕方がないチャンミンは、身体を丸め卵になっていた。
座った姿勢が辛かったからだ。
「...ごめんね」
「俺のために頑張ってくれたんだよな。
よしよし」
ユノは右手でチャンミンの尻を撫ぜ、左手でチャンミンの頭をくしゃくしゃした。
「待ってろ」
全裸のままで寝室を出たユノは、大きくかさばった紙袋を持って戻ってきた。
ユノが投げてよこしたそれを、チャンミンはぼすんと受け止めた。
ストロベリークリームでコーティングされた上に、カラースプレーが散っているデザイン。
「...ドーナッツ」
「今夜は5ラウンドくらいはやりたいなぁ、って。
激し過ぎて、チャンミンをガッタガタにしちゃうだろうなぁ、って。
満員電車はいいとして、会社の椅子が辛かろうと思ってさ。
超可愛いやつを見つけたんだ。
俺からのプレゼント」
「...ユノ」
「気に入ってくれた?」
「うん!」
素直に喜ぶチャンミンに、「こういう無邪気なところが可愛いんだよなぁ」と、交際期間が長かろうと関係なく、ユノはチャンミンに惚れ直すのだった。
「はうっ!」
ユノの驚きの叫び。
チャンミンはもう一度卵の姿勢になり、ユノの両腿の間に顔を埋めていた。
ちゅぽんっと唇を離して、チャンミンはにっこり、妖艶に笑った。
「アイスキャンディーを舐めたいなぁ、って」
「舐めろ舐めろ」
ユノは呻いて、反らした上半身を両手で支えた。
「そのアイスキャンディーは何味?」
「う~んとね」
アイスキャンディーを頬張りながらチャンミンは答えた。
「バナナ味。
すんごい大きいバナナなんだよ」と。
「チャンミンのアイスキャンディーも後で舐めてやるからな」
「齧ったりしないでよ?」
「溶けないように、優しく舐めてやるよ」
(おしまい)
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