「へえぇぇ。
チャンミン...小説書いてるんだ。
...へえぇぇ」
「どうせ、キモイ、とか言うんでしょう。
帰宅してからの僕の楽しみを笑わないで下さい」
ぷいっと顔を背けてしまったチャンミンを、「まあまあ」と俺は肩を叩いてなだめた。
「笑ってないだろう?」
「キモイって思いました?」
ちょっとだけそう思ってしまったけど、漏らすわけにはいかない。
「思わない。
いいんじゃないの、趣味も大事だ。
俺はこれといった趣味がないから、羨ましいよ」
「ふうん」
「どんな小説を書いてるんだ?
BLって言うと、男同士の恋愛だろ?
歴史もの?推理もの...なわけないか、恋愛ものだよな?」
「当然でしょう。
ボーイズラブなんですから。
LOVEです!
主人公のお相手は、ユンホさんなんです。
主人公の恋が成就したところにさしかかってます」
「はあぁ!?」
「あ、言っちゃった」
うっかり口を滑らしてしまった風に口を押えてるけど、今のはわざとだ。
「お、俺が主人公のお相手だって!?
...で、小説の中の俺は何をするんだ?」
「恥ずかしいから...内緒です」
真っ赤になった頬を両手で包んで、イヤイヤするみたいに首をすくめている。
(「キャー、恥ずかしぃ!」って女子がよくやる仕草だ。か、可愛い...)
「そう言わずに、教えてよ」
好きな奴は好きさ余ってからかいたくなるものだ。
「恥ずかしいです」
一部の女子たちに人気があることは知っていた(俺の妹がBL愛読者なのだ)
俺はその類のものを読んだことは当然、ない。
(一般的な反応として、『気持ち悪い』と思っていた)
男同士の恋だなんて、チャンミンが初めてだったんだ。
「恥ずかしいことなんだ?
へぇ...興味あるなぁ?」
「駄目です...。
は、恥ずかしい」
「そう言わずに、教えてよ」
「ユンホさん、きっとドン引きします」
嫌がるのを無理やり聞き出すのもなぁ、と反省し「しつこくて、ごめん」と引き下がった。
そうしたら、それまで俺に背を向け、身をくねらせていたチャンミンは、俺の方をバッと振りかえった。
「ひどい!」
「?」
「ユンホさん、知りたくないんですか!?」
「...え?」
眉はひそめられ、眉間にくっきりしわが寄っている。
「知りたかったけど、チャンミン嫌がってたじゃん。
だってさ...」
俺はここで言葉を切ったのは...チャンミンが喜ぶことを口にしてやろうと思ったのだ。
「『好きな奴』には嫌な思いをして...」
「ユンホさん!!」
俺の愛の言葉は、チャンミンの鋭い声で覆いかぶされてしまった。
「僕の趣味の話は興味ないんですか?」
なるほど...。
本当は話したくてたまらなかったのに、あっさり引き下がってしまった俺を咎めているらしい。
(難しい...チャンミンの扱いは難しい...。
チャンミンの「駄目、嫌」は、「YES、Please」の時もある。
それから、「駄目、嫌」と言っている間は、しつこめに「まあまあ、そう言わないで」と追及の手は緩めるな...と、心のチャンミン録にメモをした)
「興味津々だよ。
俺は...」
言葉をここで切ったのは、チャンミンの機嫌を直そうと、彼が喜びそうなことを言ってやろうと思ったから。
「『好きな奴』のことは何でも...」
「どうせ僕の話はつまらないですよ!!」
再び、俺の愛の告白はチャンミンの言葉で上塗りされてしまった。
「つまらなくないよ」
「ぼ、僕は、ユンホさんには全てを知ってもらいたいのに...」
「知りたいよ。
教えて?
チャンミンが書く小説に俺が登場するんだろ?
どんな風なのか教えてよ?」
「...内緒です」
チャンミンはきっぱり言い切ると、「ユンホさんもピーナッツ、食べます?」と、きた。
コントのように、ずこっとしてしまった俺。
「教えてくれるんじゃなかったの?」
「ユンホさん相手でも、こればっかりは教えてあげられません。
秘密です」
チャンミンのお相手はやっぱり難しい。
ピーナッツをポリポリ食べている彼の横顔を、しみじみと眺めたのだった。
・
「ホテルまであとどれくらい?」
「え~とですね...2時間くらいですかね」
ビシッと整えられていた七三分けが乱れ、はらりと額に落ちたひと房を撫でつけてやった。
(飲み過ぎて気持ち悪いと言い出した者がいて、近辺のトイレを探し、バスを止め、背中をさすって介抱し...といったひと騒動があったのだ)
内股で座るチャンミンの太ももに乗せられた、彼のこぶしを包み込むように手を重ねた。
「ユ、ユンホさん!
み、皆に見られてしまうでしょう」
俺の手を払いのけ 通路側に身体をひねって背を向けてしまった。
その両耳は真っ赤になっている、か、可愛い...。
「大丈夫。
見られっこないさ」
俺たちの席は、一番前(添乗員チャンミンのため)
すぐ後ろはクーラーボックスとつまみの入った段ボール箱置き場になっている。
覗き込まない限り、俺たちが何をしているかまでは背もたれに隠されている。
そうじゃなくても、後ろの方では酒盛りでワイワイ賑やかだ。
バスでの社員旅行というのは、どこの会社でも似たようなものなんだな、と思った。
「......」
チャンミンは手の平を返すと、指と指とを絡める恋人繋ぎをした。
「お疲れさん」の気持ちを込めて、その指に力を込めた。
チャンミンも握り返す。
「ユンホさん」
「んー?」
「次のトイレ休憩で...」
「うん?」
「チューして下さい」
「......」
「チュー...」
「いいよ。
ついでに頭も撫ぜてやるよ」
「......」
「......」
「ユンホさんっ。
...好きです」
「......」
思いがけない言葉を投げかけられた時、俺たちには数秒~十数秒無言タイムがある。
俺の場合は、驚きのあまりのフリーズタイム。
チャンミンの場合は、俺からの言葉が心に染み入る感動タイム。
(つづく)
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