「実行委員!」
「こっちにビールが回って来ないぞ!」
「つまみは乾きものだけかよ~」
可哀想に。
チャンミンは「ぱしり」になってる。
集合場所に着くなりチャンミンは、オフィスの冷蔵庫で冷やしておいたドリンクの運搬から、点呼、出発時間になっても現れない者への連絡入れと大忙しだ。
座席割りに文句たらたらの面々。
「部署ごとに固まらないようにするための席順です。
出発時間が30分遅れております。
ひとまずこの通りに乗っていただいて、次のトイレ休憩の際、交代でもなんでもしてください」
(30分遅れてしまったのは、我が部署のA子の遅刻による。
「ごめんなさ~い」と、手を合わして舌ペロ。
男性社員の9割は彼女を許した。
残りの1割は俺とチャンミンだ)
バスの席割りは、チャンミンの根回しのおかげで俺は彼と隣同士となった。
(俺たちは同じ営業部なのに、実行委員チャンミンの判断は時と場合によって柔軟になるらしい。ただし、俺限定)
...隣同士になったのだけど、酒が入って我が儘になった社員たちに呼ばれるたびに席を離れることもたびたび。
落ち着いて世間話も出来ず、さりげなく手も握れない。
(周囲の目を気にしながらのいちゃいちゃは、ときめきも興奮も倍増だったなぁ、高校時代を思い出したりして...)
きっちり手を抜かないチャンミンに甘えて、委員の者たちも役割のほとんどを彼に任せっぱなしにしていたんじゃないかと推測される。
定時きっかりに帰るチャンミンだったのに、役目を完ぺきに果たすため、昼休憩や終業後に旅行会社との打ち合わせ、経理部への報告、異議を申し立てる他委員の説得、余興の景品の用意...。
『恋の媚薬事件』以前のチャンミンについては、今ほど彼の行動を注意深く観察していたわけじゃないから、旅行の準備に奔走する姿はほとんど知らない。
ご丁寧に『旅のしおり』まで制作していたチャンミン。
修学旅行かよ...でも、からかう気持ちは全くない。
チャンミンの一生懸命さと生真面目さに、心の中でそっとハンカチで涙を押さえるのだった。
その力作も開かれることなく、大抵はシート前の網ポケットに突っ込まれていた。
「どれどれ」とページを開くと、15分刻みのスケジュールが組まれている(チャンミンらしい)
ところが、立ち寄る先々で気ままに行動する社員たちのせいで、予定は後ろ後ろへとズレ込んでいる。
(社員旅行とはそういうものだ)
この様子だと、プランの3分の1は省略され、ホテルへは夕飯時間ギリギリ前に到着するだろう。
工程表を睨みつけ、ブツブツつぶやくチャンミンの脇を突いた。
「お茶でも飲んで一息つけよ。
お疲れさん。
カリカリしても仕方がないさ」
クーラーボックスからよく冷えたお茶を取り出し、チャンミンに手渡した。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて受け取ったお茶を、チャンミンはごくごくと一気に半分飲んでしまう。
喉が渇いていたんだな、頑張っていたもんな。
「ホテルに着いたら俺も手伝ってやるから、チャンミンは休んでいろ」
「...そんな。
ユンホさんに悪いです。
それに...」
「それに?」
「僕を手伝うカッコいいユンホさん。
女性の誰もがユンホさんに惚れてしまいます。
ああ~っ、どうしましょう!
もう惚れてしまった人、惚れかけている人、いっぱいいます。
まず、営業のA子さんでしょ、Bさんでしょ。経理部のCさん。ユンホさんが交通費と接待費の精算を忘れるたび、わざわざ営業部まで来るんですよ。ユンホさんに会いたいからです。企画開発部のDさん。ユンホさんにわざわざ意見を求めに来るでしょ。品質管理部のEさんとFさん。ユンホさんにわざわざ仕様変更のお知らせするために営業部に来るんですよ。メールでいいじゃないですか。広報のGさん。ユンホさんの新規営業についていったじゃないですか。受注センターのHさん。定期納品のものなのに、わざわざ確認に来るじゃないですか。ユンホさんを見る目が妖しいです。あれは女豹の目です。それから製造部のIさんにJさんにKさんでしょ。彼女たちは、ユンホさんが倉庫に顔を出すのを楽しみにしてるんですよ。きっとその日は、お化粧が濃くなってると思います。先月入社してきたばかりで、美人と呼び声が高い管理部のLさんでしょ。
ユンホさんに懸想してるんです!
彼女たちは僕ら1号車に割り振りませんでした」
「チャンミン...。
お前、実行委員の特権を悪用しまくってるな」
「あ、悪用だなんて、そんなこと...」
その語尾は消え入りそうで、うつむいて手指をもじもじとさせている。
か、可愛い...。
「それからそれから、E社のMさんとF社のNさん」
「うちの社員じゃないだろ?
この旅行について来てるわけないじゃん。
結婚してる人が大半じゃん」
「いいえ!
マンネリ化した夫婦生活。刺激が欲しいんです。不倫!夫は単身赴任。欲求不満がたまった身体の火照りをユンホさんのテクで冷ましたいんです。夫に内緒のアバンチュール...燃えるわぁ。ああ...ユンホさんの逞しい身体に組み敷かれたい...って」
ああ...チャンミンよ。
「どうしてそこまで話が飛躍するんだ!?」
「ユンホさんこそ、否定しないんですね。
モテてることを認識しているんですね」
「認識も何も。
詳しすぎてビックリだよ」
チャンミンのことだ、全社員の名前は把握しているんだろうな。
「ほとんどチャンミンの妄想だよ」
チャンミンが挙げていったメンバーのうち1人くらいは、もしかしたらいるかもしれない。
もっとも俺は鈍感だから、告白でもされない限り気付かない。
「Bさんには確か、婚約者がいるはず」
チャンミンの顔がたちまち険しくなった。
「どうしてBさんに婚約者がいるって知ってるんですか!?」
「ちらっとBさんが漏らしていたから」
「ふう~ん。
...まさか!?」
チャンミンの目が大きく見開き、俺の二の腕をぎゅっと握った(もの凄い握力だ)
「Bさんを狙っていたんですね!
...浮気です。
僕という恋人がいながら、酷いです。
やっぱり、女性がいいんですね。
どうせ僕にはおっぱいはないですよ。ぺったんこですよ。可愛くないですよ。ユンホさんより2センチ背が高くて、余分なものがくっついてますよ。堅物で面白みがなくて、しがない事務員ですよ。お弁当を作るしか能がなくて、スポーツなんて筋トレだけですよ。地下アイドルを追っかけてて、同人誌を作ってコミケで売ってて」
「同人誌!?」
初耳だった。
「はい。
BL小説を書いてます」
「びーえる!?」
「...あっ!
言っちゃった!」
しまった、とチャンミンは自身の口を両手で覆った。
意外だったけど、納得してしまう俺。
...となると、それなりの知識はあるわけだ。
ちょっと頼もしかったりして......こら!
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]