「集合時間は16時30分です。
6時じゃないですよ、4時です!
時間が押してます。
時間厳守でお願いします」
運転席後ろのマイクを取り、チャンミンは「時間厳守」を繰り返した。
「夕飯がありますから、買い食いは控えて下さい!」
酔っ払った彼らの耳には当然、入っていない。
彼らは通路をふらつき歩き、どやどやとバスを降りてゆき、車内に俺たち二人残された。
「チュー」のタイミングは今かな?と、顔を寄せたらチャンミンの張り手を食らってしまった。
「痛いよ」
ムッとした俺は頬をさすっていると、
「運転手さんがいるでしょう?」
俺の唇はチャンミンの人差し指で塞がれた。
「確かに」
「それでは、チューをしに行きましょう」
「はいはい」
シートベルトを慌てて外し、差し出されたチャンミンの手をとった。
「はいはい、だなんて、面倒くさそうな返事が気に入りませんが、許します。
僕はユンホさんにはアマアマですから。
ユンホさんが照れ屋さんだってことは、とっくの前にお見通しでしたから」
「バレてた?」
「ふふふ。
ユンホさんは分かり易い男です」
繋いだ手を離し、乗降口のステップを子供みたいにジャンプして下りた。
そうかもしれない。
俺の言うこと成すことに即座に反応する(と言っても、数秒~十数秒のタイムラグがある)、ど天然のチャンミンよりも、実は俺の方が照れ屋だ。
「チャンミンは分かりにくいからなぁ?」
「はい。
ミステリアスな男を目指しているので」
チャンミンは威張った風に答えた。
平日とあって空車が目立つサービスエリア。
とは言え、建物周辺はそれなりに混雑していた。
人目を気にせず「チュー」できる場所と言えば、あそこしかない。
ムードなんて一切無視だ。
実のところ、チャンミンと居て、アレしたいとかコレしたいとかいう欲求はほとんどなかった。
チャンミンが変わり者過ぎてそういうムードになりにくかった、というのもある。
それ以上に大きいのは、大袈裟に言うと俺には『ミッション』があった。
ウメコに仕込まれたものを、チャンミンが使用する前にくすねるというミッションが。
俺とム~ンな雰囲気になって、「今こそ使いどころだ!」と、チャンミンがその呪術の威力を発動させる前に回収しないといけないのだ。
相性は自然に任せないと!
呪術でゆがめられてたまるか!
(ウメコの趣味に合わせてたまるか!)
手を握ったり、軽いキスくらいならしたいなぁ...今はそんな程度だ。
社員旅行の場で、チャンミンとベタベタねちょねちょの関係になるのは気がすすまない。
出来ないことはないけれど、人目と時間を気にしながら行為にふけるのは、俺の理想ではないのだ。
だからこそ、チャンミンからアレを取り上げないといけないのだ。
「チャンミン!」
競歩のスピードで遠ざかっていくチャンミンを、走って追いかける。
「遅い!」
個室のひとつから顔を出し、俺を手招きする。
幸いなことに、利用客たちは「小」で、「大」ルームに注意を払っていない。
その通り、ここはトイレット。
個室に身を滑り込ませるや否や、ガチャンと鍵がかけられた。
直後、俺の頬はばちんとチャンミンの両手に挟まれ、マッチョな腕に引き寄せられた。
「チャっ...!」
ぶちゅりと俺の唇は奪われた。
「ん、んん~!」
この荒らしさに、「まさか!アレをもう使ったのか!?」とドキンとしたが、「それはない」と思い直した。
なぜなら、繁殖期の雄のようにフェロモンを発散していたのなら、密閉されたバスの中、酔いどれたちはチャンミンに吸い寄せられて、えらいことになってるはずだから。
俺たちのファーストキスは喫茶店のトイレット。
その次のキスも、会社のトイレット。
そして、今のキスも、サービスエリアのトイレット。
レモンの芳香剤香る、ムードなんてクソくらえなキッスだ。
「ふう、ふう...」
俺の顎はチャンミンの指に捉えられ、強引にこじ開けられて、彼の熱く分厚い舌が差し込まれた。
「...んっ...んぐっ」
俺の上顎をチャンミンにべろべろと舐められ、くくっと股ぐらが重ったるくしびれた。
チャンミンにのしかかられ、壁と両手をつっぱって上半身を支えた。
膝裏に便器が当たっていて、これ以上後退できない。
おかげで後ろにひっくり返らずに済んでいたからいいものの...。
くっ...純朴チャンミンのキス...やたらと上手いじゃないか!
「はあはあ...ぶちゅっ...んっ...はあ」
水洗ボタンを押した。
チャンミンの喘ぎ声が、なかなかの声量なのだ。
顔を右に左と傾け、重ね合わす。
俺の欲に火がついた。
チャンミンの頬を挟み、今度は俺の方が彼にのしかかる。
「んっ...んっ...」
チャンミンの下唇を食んで、吸い上げた。
俺の背にチャンミンのまっちょな両腕がまわり、俺たちの上半身は密着している。
力任せな性急なキス...女性相手では味わうことのできない激しいキス。
「...ユンホさん...チュッ...んっ」
そういえば...吹雪に閉じ込められた俺たちは、商用バンの中でもキスしたんだった。
もっともその時は、ウメコの呪文で虎になったチャンミンに襲われる格好で、唇をむさぼられた。
(恐らくチャンミンは記憶にないだろう)
日頃、色っぽい雰囲気になれずにいる俺たちは、なんだかんだ言って、キスだけは数回は交わしているではないか。
唇を離し、至近距離からチャンミンと目を合わせた。
潤んだ目、ぽかんと開いた口、きつく吸われたせいで赤くなった唇。
天然で変わり者のチャンミンが、うっとりと雌の顔になっている。
「...んっ」
ぐりりと押しつけられた2本...視線を落とすと、チャンミンのスリムパンツのファスナーが盛り上がっていた。
俺の方も同様だ。
「...ユンホさん...好きです」
とろとろの顔して、愛の言葉をささやかれたら、熱い吐息を拭きかけられたりなんかしたら(ピーナッツの匂いがする)...もう。
「俺も...」
「俺も?
はっきり言ってください」
「好きだよ」
「.................................................................................................................................................................」
そろそろみぞおちにパンチが飛んでくる頃だ。
ぐっと下腹に力を込めた...時。
どやどやと外が賑やかになっていた。
「!!」
「!!!」
ドア下の隙間には、年配男性らしき靴。
老人会だかツアーだかのトイレ休憩だ!
俺とチャンミンは顔を見合わせた。
「順番待ちしてるぞ!」
「『大』がしたいんだ」
「どうする?」
「どうしましょう...!」
(つづく)
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