社員旅行実行委員が心血注ぐものといえば、宴会タイムであろう。
ここは製造部門から営業部門まで、性格の異なる部署の寄せ集めだ。
彼らを全員まんべんなく楽しませることは困難だ。
ところが、俺の恋人チャンミンは皆の者を平等にもてなそうと必死だった。
景品をテーブルに陳列しては、ビールの本数を数え、適当に席につこうとする社員に正しい席を指示し、かと思えばマイクテストを行っている。
きりきり舞いのチャンミンの姿を、俺はヤキモキしながら眺めていた。
「ユンホさんは指一本、手出ししないでください!」と、ビシッと人差し指を突きつけ命令したのだ。
(理由は簡単だ。俺の勇姿を女性社員たちに見せるわけにはいかないんだとさ、くだらない...けれど、口には出さない)
それにしたってあまりにもチャンミンが可哀想だった。
開始5分前になってようやく現れた、残りの実行委員メンバーたちを手招きし、「チャンミンは体調不良らしいから、手伝ってやってくれ」と適当な嘘をついた。
自惚れだと思われても仕方がないが、俺はまあまあ営業成績もよく、社内では営業部はやはり花形部署にあたる。
そんな俺が手を合わせて頼めば、女性ばかりの実行委員3名は嫌だとは言いにくい。
(...なるほど。
チャンミンはいかにも女性に弱そうで、全てを押し付けられた風に見えた。
実際のところは、一切手抜きをしない堅物な彼に全てをゆだねた方が、スムーズに事が進むと判断してもおかしくない。
つまり、チャンミンは自らすすんで、一手に引き受けてひーひー言っているわけだ)
2卓に1本ずつビール瓶を、3卓に1本ずつウーロン茶を配るチャンミン。
屈むたびに浴衣の合わせから裸の胸が見えている。
バッタバタしていて、浴衣が着乱れていることに気づいていないらしい。
今度は俺の方がヒヤヒヤしていた。
かっちり固めた七三分けが乱れ、ナチュラルなヘアスタイルに戻っており、厚めにおろした前髪の下の両目は愛嬌たっぷりだ。
数ある趣味のうちのひとつが、筋トレだと話していた。
クソ真面目、垢抜けない容姿、ところが何気に鍛えていたりする。
ダサいスーツ姿が煙幕になっていたが、もともとの素材がいいため、シンプルでカジュアルな私服姿だと魅力が大爆発だ。
(まずいな...チャンミンは実はとてもいい男だとバレてしまう!)
女性社員たちにキャーキャー言われたとしても、俺への恋心がぐらつく恐れはないと、なぜか自信があったりする。
なぜか?
なんとなくそうとしか、今の俺には言えない。
その辺りの分析は後日に回そうと思った。
深く屈むと、帯を締めた下腹あたりまで丸見えじゃないか!
ヘソが見えてるじゃないか!
事務職なのに、無駄に割れた腹筋。
(由々しきことだ!)
そこにはウメコに仕込まれた物が見当たらないことを確認後、半端に余った数本のビールの割り振りに考えこんでいるチャンミンに耳打ちした。
「チャンミン、俺についてこい」
「ユンホさん!
席についててください!」
「いいから!
ちょっとこっちに来い!」
俺は会場外までチャンミンを引っ張ってゆき、彼の肩を抱いた。
(大丈夫、そこは配膳用エレベーター前で、わが社の者たちは誰もいない)
「頑張りすぎだぞ?
見ていて心配してしまう。
せっかくの旅行だ、もっと肩の力を抜けよ」
「でも...僕には役目があって」
「全部ひとりでやろうとするから駄目なんだ。
他の委員の奴にも仕事を振ってやれよ。
彼女たちにも役目をあげないと、な?」
「...ユンホさん」
「チャンミンがずっと出ずっぱりだと、俺がつまんないじゃん。
どうせ席は隣同士なんだろ?」
「寂しいんですね?」
「ああ。
それになチャンミン。
俺たちは『旅行中』なんだぞ?
仕事中じゃない。
飯も酒もここのスタッフさんが世話してくれるんだ。
お前は頑張るな、分かった?」
「...はい」
『チューしてください』とおねだりされる前に、俺は唇が触れるだけのキスをする。
チャンミンはぼんっと真っ赤に染まった頬を両手で扇ぎ、「先に行っててください」と俺の背を押した。
会場に戻ってみると、実行委員の2名が文句たらたらの社員たちの対応に困り顔だった。
ほぼ全員が揃った会場を見渡し、俺は深いため息をついた。
(チャンミン...お前ってやつは)
これまでの行程でも、チャンミンは実行委員の権力を乱用してきた。
挙げだしたらキリがないが、いくつかを紹介しよう。
宴会会場では、厳密な指定制でもくじ引き制でもなかった。
俺の席がチャンミンの隣だった点は予想通りだった...が。
「......」
宴会場の席割りに込められたチャンミンの意図がよめず、俺はしばし考え込んでしまった。
(つづく)
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