半年後、俺は高校を卒業する。
そして、父親の母校である大学に進学することが、我が家の長男が選択すべき進路だった。
俺にはそのつもりは全くなかったため、父親に反旗を翻すタイミングをはかっていた。
・
チャンミンが運転する車は、針葉樹林を貫く山道を下っていた。
密集した木々で日光は遮られ、常に薄暗い道だ。
山林を抜けると視界が突然開け、西に傾きかけた太陽の光が眩しくて、俺は目を細めた。
チャンミンの腕が助手席まで伸びてきて、グローブボックスを探りだした。
上半身を傾けたことで俺の鼻先に、夕日でオレンジ色に染まったチャンミンの耳があった。
サングラスをつかんだチャンミンは、運転席へと身体を起こした。
目の前を通り過ぎるわずかな隙をついて、俺はチャンミンの耳たぶを食んだ。
「わあぁぁ!
ユノ!」
チャンミンは悲鳴を上げ、車はぐらりと大きく蛇行した。
俺がとっさにハンドルを掴んだおかげで、トウモロコシ畑に突っ込んでしまうのは免れた。
「事故っちゃうじゃないですか!
もぉ!」
「立派な耳だったから、つい」
「びっくりしたじゃないですか!」
「ごめんごめん」
チャンミンのふくれっ面には媚びは一切ない。
純真そのままのチャンミンだから、俺は苦しむ羽目になるのだ。
ここ1年ほどの俺は以前よりも強烈に、チャンミンに触れたくて仕方がない。
舌先をくすぐるだけのキスとハグ...こんな程度の...親愛の情を伝えるだけの優しいものだけじゃあ...足りない。
でも、それ以上の行為は?
恋愛関係にある者たちは、どうしているのだろうか。
級友たちに尋ねることができない。
俺は男、チャンミンも男。
俺は人間、チャンミンはアンドロイド。
『禁断の』という言葉が頭をよぎる。
何度も何度も。
照れと恐れがあって、チャンミンに訊けずにいる。
触ってもいいか?
嫌じゃないか?
チャンミンのことが好きだから触れたいのに、世間の目はそう捉えてくれないだろう。
家庭用に普及しているアンドロイドは、人間たちのコンパニオン的存在だ..例えば配偶者や恋人代わりとして。
チャンミンと行為に及ぶことは十分可能だ。
...でも、チャンミンをずっと側に置いているのは、それが理由じゃないんだ。
...チャンミンと裸で抱き合うなんて...間違ったことをしている気がするんだ。
俺の葛藤を露とも知らず、チャンミンは屈託なく俺に触れてくる。
学習デスクに向かう俺の背を包み込むように身をかがめる...眠りに就く俺の額にキスをする...木立の下を手を繋いで散策をする...。
なんと幼く、ほのぼのと穏やかなことか。
俺の中でフラストレーションが溜まっていく。
・
俺たちの車はやがて田園地帯を抜け、学校のある隣市を目指している。
屋敷がそびえる山林が遠のいてゆく。
チャンミンが生まれた工場はあの山林の反対側にあって、ここから望むことはできない。
・
チャンミンはいつも、あと数キロで寄宿舎に着くという地点で車を停車させた。
そこは肥料倉庫の脇で、この道は学校に用事のある者しか通らない。
夕暮れ過ぎの時刻で、ライトを消してしまえば辺りは暗い。
俺たちの顔は吸い寄せられる。
唇と唇が重なり合い、熱く湿った息が鼻から漏れた。
互いの口内へ互いの舌をそろりと引き込んで、形と感触を味わうスロウなキスだ。
チャンミンのキスは、控え目な性格をそのまま表している。
だから、チャンミンを驚かせないよう、俺はたぎる欲望を全力で抑えているんだ。
ところが、今日のキスは今までと違っていた。
俺の太ももにチャンミンの手が添えられていた。
その手が、俺の太ももの上で動き出した。
どういうつもりでいるんだ?
男の生理がどんなものなのか、知らないはずはないだろう?
チャンミンは指先を、俺の脚の付け根へと滑らせていく。
そこより先は駄目だ。
キスに集中していられなくなった。
(つづく)
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