(1)19歳-初夜-

 

 

初めて彼に触れた時、俺は7歳になったばかりだった。

 

その肌は温かく、しっとりと人差し指に吸いついてきた。

 

俺を覗き込んだ1対の眼の美しさに、幼い心でさえ打ち震えた。

 

あの日、目にした全てのディテールを、俺はひとつ残らず挙げることができる。

 

初めて愛した人、20年近く俺のそばに居てくれた人...。

 

死ぬまで愛し続けるだろうこの人は、哀しいことに人間ではない。

 

 

 

 

欄干下の池を一面に、蓮の葉が覆っていた。

 

時刻は朝方で、辺りの空気は朝靄で淡く煙っていた。

 

薄い桃色の蓮の花が、あっちにぽかり、こっちにぽかりと咲いていた。

 

「蓮の花って、たった一日でしぼんでしまうんですって。

...儚いですね」

 

花には興味がない俺の返事は、「へえ」といった程度の、気のないものだった。

 

「美しいものは儚いものなのか、儚いから美しいのか...」

 

俺たちは欄干にもたれ、紙カップ入りの一杯の珈琲を交互に飲んだ。

 

俺はバゲットを脇に挟んでおり、チャンミンは焼き菓子の入った紙袋を持っていた。

 

休日の朝の、週に一度の贅沢だった。

 

「早く帰りましょう。

せっかく焼きたてなのに、冷めてしまいます」

 

「そうだね」

 

チャンミンの腰を抱き寄せると、彼は抵抗なく俺にもたれかかった。

 

そして俺の鎖骨に額を押しつけてきた。

 

俺の真横にあるチャンミンの眼が、熱っぽく揺らめいている。

 

わかったよ、と意味をこめて俺は頷いた。

 

近頃のチャンミンは、俺に甘えてばかりだ。

 

レンガ敷の靴音は徐々に早くなる。

 

街はまだ、眠りから覚めていない。

 

紙コップの珈琲がこぼれる前にと、一気に飲み干そうとして舌を火傷してしまい、

 

「あわてんぼうなんですから」とチャンミンが呆れていた。

 

「急かすのはチャンミンなんだぞ?」

 

アパートに到着する頃には、俺たちは小走りになっていた。

 

エレベーターの鉄扉がガシャンと閉まるなり、俺たちは互いの唇を重ね、口内を舐め尽くした。

 

バケットと紙袋は床に落ちる。

 

互いの前を押し付け合う。

 

チャンミンと肉体的な繋がりを持ったのは7年前、俺が19歳の時だった。

 

 


 

 

日曜日の夕方といえば、寄宿舎に戻る時刻だ。

 

正午を過ぎた頃から徐々に、俺は寂しく切ない気持ちに侵食されていく。

 

チャンミンと5日間、お別れになるからだ。

 

「まだまだ肌寒いですから、カーディガンも持っていきましょう。

カモミールのティーパックも持っていきましょう。

よく眠れますから。

ほらほら、ユノ!

肝心のノートを入れ忘れてますよ」

 

バッグに荷物を詰め込む俺の背後から、チャンミンの世話焼き言葉がポンポン降ってくる。

 

「俺はね、チャンミン。

子供じゃないの」

 

「ユノはいくつになりましたか?」

 

「知ってるくせに、さ。

18歳だよ」

 

チャンミンはいつまでも俺を子供扱いしたがる。

 

9歳だよ、12歳だよ、16歳だよ...俺は指折り、大人になるのを今か今かと待ちわびていた。

 

「チャンミンの寿命って...いくつなの?」

 

アンドロイドと聞くと、「永遠」の答えが相応しいだろう。

 

でも俺は、正しい答えを知っていた。

 

「世の中のものは全て有限です」

 

「チャンミンも俺とおんなじわけか」

 

「はい。

食事をし排泄をする。

呼吸をしているだけで、僕は老朽化していっています。

ユノも1分1秒とおじいさんに向かっているのですよ」

 

チャンミンは人差し指で山を描き、「あなたはまだまだ上り調子です」と言い、その指を頂点から斜め下に描いて「僕は下り調子です」

 

「そんなんじゃあ、アンドロイドの利点はないじゃないか?」

 

「ありますよ。

代わりはいくらでもある、という利点がね。

もしユノが望めば、新品の僕と交換できますよ」

 

チャンミンはたびたび、自虐的なことを口にする。

 

「馬鹿言うな」

 

吐き捨てた俺に焦ったチャンミンは、俺の鎖骨の窪みに額を押しつけた。

 

これはチャンミンが甘える時に決まってする仕草だった。

 

俺はチャンミンの後ろ髪を梳いてやる。

 

15歳の夏、チャンミンと心を繋げ合った日から、心の絆を強化なものへと深めてきた。

 

ハグと軽いキス...俺たちの関係は清いものだった。

 

けれども、18歳の俺はより深い繋がりを欲していた。

 

 

(つづく)

 

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